第27話 セリア・シトルーク

「これはあくまでも質問の回答の一環であって、提案じゃ無い……それを踏まえた上で聞いてね。セリアちゃん」


 こうして近くで姿を見せてからのレイチェルの声はちゃんとその場にいる方向から聞こえて来るようになってたけど……レイチェルが声色を一層重くして、続けた。


「今は根絶体の100%がこの世界に在る……それを1か所に纏めて、それを撃破すれば根絶体を完全に倒す事が出来るんだけど……それを終えた時点でわたしは力を使い果たしてしまう」

「そこをルー殿の助力で補う……そういうわけじゃな?」


 ルタちゃんがそう言って、レイチェルがまた発言。


「そう、なんだけど……その為にセリアちゃんに支払ってもらう犠牲が……余りにも大き過ぎる。こんなの選択肢として考えちゃいけない」


「いいから話して」


 エリーがいなくなった事実を何とか紛らわそうとしたのか、苛立った口調で私はそう言った……本当は平静さを保つだけで、もう限界……叫びたい。


「セリアちゃんが乗ってるブルーマギアスはね……本当は防衛歴五十年からじゃないとこの世界に現れないんだけど、根絶体の影響というかその弾みで出現しちゃった。そのイレギュラー要素を回収すれば世界の正常性は高まり根絶体を1か所に纏め易くなるんだけど……ここでセリアちゃんから、もう1つの要素を奪い取れば、根絶体と戦うだけの余力を残せるようになる」

「なるほど、わかんない」


 ユズが思考放棄気味な声でそう呟いたけど……私はこう返事した。


「具体的には何をすればいいの?」

「わたしが行う事に一切の抵抗をしない……それだけ。でもわたしがセリアちゃんに何を行うかを知れば、こんな選択肢、有り得ないって解る……その内容を言うね」


 そしてレイチェルは深呼吸でもしたかのような間を置いて、更に続けた。


「わたしとセリアちゃんの存在を統合する。その準備としてセリアちゃんに与えてた異世界へ転生する力を取り出し、その力を元手にセリアちゃんという存在を統合に適したものへと再構築する」


 レイチェルの言葉を受けて他の皆が騒然とし始める中、ルタちゃんだけはいつもの調子を崩す事無く、すぐにこう尋ねた。


「……それを行った後、ルー殿を元に戻す事は出来ると申すか?」

「出来ない」


 そう即答したレイチェルだけど……要するに私という存在を消費してレイチェルが根絶体を倒す為の燃料の足しにする……まぁ確かに酷い話にはなるね。


「ルーじゃないと、ダメなの?」

「ブルーマギアスのパイロットは今ならこの世界で唯一無二……この世界にいるマギアスのパイロットから1人選ぶなら、セリアちゃんが圧倒的な結果を得られる……と言うよりセリアちゃん無しで今この世界にいる全てのマギアスのパイロットを集めて同じ事をしても……半分どころか何倍したってセリアちゃん1人の場合に届かない」


 シュシュの質問にレイチェルがそう答えて……ルタちゃんが言った。


「この世界を救う為に自らが犠牲になるか、この世界を見殺しにして自らは助かるか……ルー殿にとっては何とも余りに酷な選択肢になってしまうのぉ」

「ここまで言えば選択肢として有り得ない事は伝わったよね……」


 それでもそのやり方で根絶体を葬れるなら、私1人が犠牲になるだけの価値が十分に有り過ぎるのは明白……そう考えてたらクレミーが言った。


「こういう時、コンピューター的にはルーちゃんが犠牲になるって案の一択になるんだよなー……私は次の世界でもルーちゃんと過ごしたいから反対だけど」


「次の世界って皆一斉に同じ場所に行くの?」

「また魔王や敵性存在がいてそれと戦う感じの世界に行く事になる……そしてわたしがサポート出来ないから、どの世界に転生するかはバラバラになっちゃう」


「じゃあここでこの世界を諦めても、またルーちゃんと一緒に遊べるって考えは持た無い方がいいんだなぁ……根絶体が次にどの世界を狙うかは不確かではあるけど、また今回と同じ条件が整うかも未知数……」


 ポチの質問にレイチェルが答えると、ポチがそう言って……今度はユズが聞いた。


「ルーちゃんが犠牲にならないと……この世界を滅ぼして皆を他所へ転生させる方法しか残らないの?」

「うん」


 レイチェルが目に見えて納得の行っていない表情でそう言い切って……少しの間を置いて、こう続けた。


「でもセリアちゃんが犠牲になる方が次善策だとか思わない……正しいとか間違ってるとかじゃなくて、選ぶか選ばないかって話なわけで……そんな犠牲を払うからには根絶体は確実に滅ぼさなきゃいけない――わたしという存在に替えてでも」


 だったら私を騙してでも統合案を強行すればよかったのに、こんなバカ正直に内情晒しちゃって……まぁいいや、私がレイチェルにしたい質問って1つしか無いから、いい加減、聞いてしまおう……私は言った。


「ねぇレイチェル。あのドラゴンに倒されたデモナスのパイロットは転生の対象になるの?」

「ラディサちゃんとラナちゃんは仮初の存在だから対象にならないけど……他の3機のパイロットなら、他のみんなと同じように異世界転生されるよ……あ、今デモナスの撃破が5機とも終わった」


 それはこの世界で死んだエリーが他の世界で生き延びる事を意味していた……だったらもう、私の回答は1つしか無い――


「ルー殿。とても人の身ひとつで背負えるような問題と責任では無い。この話に関する記憶を消し去った上で次の世界へ行く案を選んでも、誰もお主を――」


 ルタちゃんがそんな事を言ってくれたけど優しいね……ありがとう……それじゃあ返事をするとしますか……私は断言するように、こう言い放った。


「レイチェル。私はあなたの話を全て信じる――だから私の存在を存分に使って」


 一番驚いた表情をしたのはレイチェルだった。


 そんな動揺を残したままの口調でレイチェルは私に言ったので即答した。


「解ってるの……? セリアちゃん、死んじゃうんだよ! それもヒトとは掛け離れた死に方で……神である存在と1つになろうとし始めた時点で、もう戻す事が出来なくなる。根絶体を倒せても、セリアちゃんはわたしと一緒に消滅する……何にも残らないし、何にも得られ無いんだよ!」


「残るよ。エリーが生きてる世界が」


 泣き叫ぶようなレイチェルの言葉を余りにも冷静で躊躇いも無く返したから、周囲の皆を呆然とさせちゃったね……そんな中、ルタちゃんが独り言のように呟いた。


「数多の世界の為では無く、たった1人の子女の為だけに己の全てを投げ出せると申すのか……」


 そうだよルタちゃん。世界を救う為に我が身を犠牲にする……そんな大層な理由何かじゃなくて、私はただエリーの未来を守りたい――


 それが出来るなら私がどうなっても構わないってだけの話……その辺を少しは皆に説明するかな……私は喋り始めた。


「元々あの日の崩落事故で終わる命だったのに、それがレイチェルのおかげで第三の人生まで与えられて、エリーに巡り合う事が出来て……やっと好きって感情を知る事が出来た。だからここで私の人生が終わっても、身に余りあるくらい幸せだったっていつまでも言える……それくらいエリーは私を満たしてくれた」


 エリーの事を話してたら何だか暖かい気持ちが湧いて来て……更に発言を続けたらここ最近で一番優しい口調になってる気がする。


「だから私はこの命を、存在を……エリーの為に使いたい。エリーがいないまま生き永らえても、それ以上満足の行く最期なんて……何度転生したって訪れない」


 こんなところかなって思いながら辺りを見渡すと……皆、止めても無駄だねって顔になってて……レイチェルの表情にはまだ迷いがあるみたいだけど、やがて悲しさを漂わせながら一言だけ、レイチェルが呟いた。


「ごめんね」


 とりあえずレイチェルの傍まで歩いて覚悟が決まってる事を示すかな……私が向かい始めると皆が話し掛けてくれた。


「ルーとのお茶会、いつも楽しかった」

「キャラ名が必要なゲームする時はルーちゃんの名前付けていっぱい遊んじゃうからね! その時はセリアって名前にしてもいいでしょ?」

「こんな事になる何てなぁ……今までありがとう、ルーちゃん」


 シュシュ、ポチ、クレミーがお別れの言葉を贈ってくれた……とりあえずポチのは返事が必要だね……私は言った。


「うん。いっぱい遊んであげて、それじゃあ高姫せり――」

「ルーちゃん! 今日までありがとう! ルーちゃんの事……忘れないよ!」


 私の発言が途中でユズの元気な声により遮られた……締まらないなぁ。


 さっきまで新曲を歌ってたうららは、また今までの曲と映像を繰り返すようになってるね……うららの曲を本格的に意識して聴くようになったのは最近だけど、今日はこんなに聴きまくれて、よかった――


「余に出来る事はこれくらいかのぉ。高姫たかひめ星理愛せりあと申したな……死地へ赴く覚悟と、勝利を掴み取る確信が……お主には有るか?」


 ルタちゃんは本当に気が利く子だなぁ……前の世界では王様だった人物から、こんな言葉を貰える何て、素敵だね……単純にこう返そう。


「あります」

「そうか……ではくがよい! セリアよ!」


 そんな様子を見て、レイチェルが私に声を掛けて来たので私は発言する。


「……いい?」

「その前に、ちょっと叫ばせて……その後それっぽい仕草をしたら、準備完了」


 それじゃあ誰もいない方を向いて、大きな声で叫ぼうか。


「エリー! 好きって感情を教えてくれて……ありがとー! じゃあ私、これで行くね。あなたに出会えて本当によかったよ、エリー……」


 エリーで始まりエリーで終わる言葉……それを私の人生最後の台詞にしたかったから、もう私は何も喋らずにレイチェルの方を向いて軽く頷くよ。


 やがてレイチェルの姿が消えると私の意識は白とも黒とも付かない何かで覆われて感覚があるようで無い、そんな感じになった――


 少なくともこれはヒトが死ぬ時の感触とは違うものなんだろうね。

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