第24話 終末が今日ならば

「イルロイドは索敵の際は該当条件が大きい方を優先しますが接敵時は距離を優先します。武器は要求される射程に応じてその都度選択され、明確な判断が出来なかった場合、乱数による移動を行い、その乱数は時に行動判断にも使われます」


 こんな事態になったのが内心申し訳無いのか、ラディサがイルロイドの行動アルゴリズムを解説してる……いよいよ体が意志に反して勝手に動くみたいな状態なんだろうなぁ……デモナスたちが自主的に持っていた理性が今はもう、機能しなくなった。


 とりあえず私は避難所に向かってる。


 リリサにバハムートを破壊されてしまうけど、避難所にはこの大都市の人口の殆どが集結してるから全て失ったら被害が甚大過ぎる……周囲の状況を探る為に配備された設備は破壊されてないから何処にイルロイドやデモナスがいるかはまだ把握可能。


 この先にいるデモナスがウェポンコードでイルロイドを次々と生成してるみたいだけど……現場に辿り着いた私はそのデモナスが呟く声を聞く事が出来た。


「とりあえず8体出した……まだまだ出せるなぁ」


 デモナスの外観を見ただけで誰かは判ってたけど、エリーの発言だったね。


「エリー……」


「あぁ、セリアだったんだ。今日の分はもう使い切ったと思ったら急にエネルギーが回復して溢れそうなくらい……だからとりあえずイルロイド生成して消費してた」


 そのイルロイドたちが避難所に向かった後に来たから今は私とエリーの2機が空中にいるだけ……リリサはまださっきのバハムートの位置から動いて無いみたい。


「話があるなら聞くよ。何かに意識を集中してないと体が勝手に動く……話してる間も攻撃して来るだろうから適当に防御してて」


 エリーはそう言いながら既に手にしてたあの鞭のように伸びる剣のレムナントで私を攻撃して来たけど……少し前に浴びせられ続けてた、あの猛攻と比べれば何でも無い……本当に無意識かつ無造作に攻撃してるだけなのが判る……さて、私は言うよ。


「元気そう、だね」


 もっと苦しそうにしてるかなと思ったけど、体が勝手に動いてる事を除けば平然とした様子……エリーの剣が届く距離を維持してれば、銃は出して来ないと見てる。


「さっきは自分では無い何かの意志が雪崩れ込んで来たから頭が割れそうだったけど……今は落ち着いてる」


 そう言うエリーの声も聞いてて落ち着くんだよなぁ……淡々としてるけど優しくて……それが今も損なわれてないのが嬉しい……こないだの話の続きをしよう。


「ねぇ、エリー」

「このまま目立った戦闘をしなければ今日はずっと活動してられそう……完全にエネルギーが切れたら意識が途切れて……ある程度回復しても真っ暗だからなぁ」


 何か大事な事を言ってる気がするから、もう少し続けてもらおう……私は聞いた。


「え? それって……?」

「その真っ暗な間は皆で1か所にいるみたいな感じになって、会話は出来るけど本当に真っ暗……自分の姿が視えるようになったらデモナスを喚べるようになるんだけどそうなるまでは眠ってるような感覚なんだよね……あ、そっちの話、いいよ」


 普段デモナスたちが何をしてるかという重大な情報を言ってるけど、せっかく私の目の前にエリーがいるんだから、私とエリーしか出来ない話がしたい……私は呼吸を落ち着かせながら、エリーにこう……何とか呼び掛ける。


「ねぇ、エリー」


 今度こそ勇気を出して思い切って、発言した……これがずっと、聞きたかった。


「これから奇跡が起きて、また私とエリーでカフェとかで話せるようになったら……私とエリー、どこまで仲良くなれるかな?」


 相変わらず反射的に私を剣で攻撃して来るエリーだけど……強化して無いから大した威力になって無いし、話し掛けてから頻度が減ってる……やがてエリーが呟く。


「それは恋人の関係を含むの?」


 呼吸がほんの一瞬だけ止まった、嬉しい気持ちを感じながら……。


 私が結局何の返事も出来ないまま、エリーは特に声の調子を変えずに更に続けた。


「女の子同士でそういう関係になるの……強い抵抗があるわけじゃ無いけど……相手にもよるね。セリアとだったら……」


 自分の瞳が輝いてるような気分ではあるけど、最後の方だけエリーの声は考え込むような感じだったし……この胸の高鳴り方は……どっちだろう――


「まぁ悪い気はしないけど……んー、と……真剣に考えるほどでも無いかな。わたしにとってはそれくらいの事でしか無い」

「それって……?」


 本当にエリーはいつも考えがふわふわしてて、形になってる時がなかなか無い……でも私の事に対しても、そうだって言うのなら……悲しい気持ちになる。


「興味が無い――は流石に違う。悪い気はしないけど……そこまでなんだよなぁ」


 そんなエリーの言葉が来たけど……少なくともエリーは私の事は嫌いじゃない、嫌いじゃないけど……その反対側の言葉までの距離が私が望んでるよりも、ずっと遠いから……もう少し、そっちに近付きたい……近付かなきゃ――


 でも、何て言えばいいんだろう……何だかんだでショックが大きい……私はエリーにとって特別な存在じゃ無い……ぼんやりと眺めてくれはするけど、注目してるわけじゃない……何かに気を取られれば忽ち眼中から消え去る……そんな位置付けでしか無いって事だから……。


 ここで何かを私が言い始めたとして……どう続ければいいんだろう……でも、このまま何も言わずに時間だけが過ぎて行くのは……イヤだ。


 大きな声でエリーに呼び掛けてみよう……そうする事で私の中にある余計な部分が弾けて、こうして悩んでるだけの自分よりはマシな言葉が出て来るんじゃ無いかって思いたくなって来た……叫ぼう――


 張り詰めた心を強引に抑えて、それが出来てるかも分からないまま、私は口を大きく開けて……もう少しで、あとひと頑張りで声が出せそうだった、その瞬間――


「イルロイドの群れに怯える諸君! この状況を絶望的と捉えるのは無理も無い……だが! そのまま何も行動せずにただ死を待つ……そんな道理は無い!」


 ジェシー大統領の声が大きく響き渡った……叫び損ねちゃった。


 気が付けば至る所にある街頭スクリーンから国会議事堂の中央にて独り佇み叫んでる大統領の映像が生配信されてて、台詞は更に続いた。


「そもそも我々がこうして敵性存在に襲われるのは今に始まった事では無い! もし四十三年前、最初の敵性存在に我らが祖先が何の抵抗もせぬまま座して死を待っていれば人類は疾うの昔に滅んでいた……だが、我々はこうして生きている!」


 相変わらず黒セーラー服を着た中学生の姿を置き去りにした張りのある声と気迫でその銀色の瞳に闘志を宿し、オーバーな身振り手振りで長く伸びた銀髪を振り乱しては熱弁を振るう大統領……そんな情熱の言葉と声が更に続く。


「自らを何の力も無い者だと定める者よ! もう生きる気力など湧かぬ者よ! そんな諸君らに活力を与えてやる! 例えこの日に無くなる命だとしても……最後の最後まで自らの心を燃え上がらせるがいい! それで明日を迎える事が出来たならば更なる生を築き上げろ!」


 ジェシー大統領こと天包院優華がそこまで言うと中継映像は切り替わり……そこにはファーストライブの衣装をアレンジした服装でステージ中央に立つ、うららの姿があった。


 程々の濃さのパステルピンクの瞳は両方とも閉じられてて……口元が静かに動くとこんな事を言い始めてた。


「もしも世界が今日滅ぶなら……みんなは何をしたい?」


 そして両目を見開き、厳かに佇んでたその姿勢を緩やかに動かし始め、言った。


「うららは……歌いたい。最後のその刻まで――」


 そしてうららはおもむろに口と体を動かし、更に言い放った。


「だから歌います。今まで頑張って作って来た曲をたくさん歌って、たくさん聴いてもらえたら……うららは嬉しい。それでは行きます、最初の曲は――」


 歌い始めたその音楽は悲しげな曲調だけど、その歌声と込められた感情が力強いからか、聞いてる側の感情まで沸き立ってしまいそう……絶望という舞台の上で希望の光が激しく荒ぶろうとしてるような……今の状況にピッタリな曲。


「ほえー……」

「圧倒されちゃうなー……あ、2曲目はじまった」


 ポチとクレミーがそう呟いて、始まった曲はテンポが早くて曲調自体も激しい……時間が急速に流れ始めたと錯覚して、その速度に引きずられるような……そんな流れに飲み込まれてる内に3曲目が始まって、今度はアイドルらしい可愛くてキラキラとした曲調と声……そんな中、エリーが呟いた。


「これは聴き入っちゃうなー……勝手に動いてた体がそれどころじゃ無くなったのか停止してる」


 確かにうららが歌い始めてからエリーのデモナスが私を無意識に攻撃する事が無くなった……他のデモナスも動きを止めてると考える事が出来るけどイルロイドの動きが止まるわけじゃなくて、避難所の内側にいるイルロイドの数が増えて行ってるのが判る位置情報……うららの歌を聴いてる場合じゃ無いけど、でも――


「釘付けってこういう事を言うんだろうなぁ……」


 私は不意に浮かんだ言葉をそのまま呟いてた。


 うららから目が離せない、うららの歌声を聞き逃したくない、うららの歌に浸っているという時間を壊したくない……私の心がそんな感情で満たされてるけど……これくらい私も魅力的になればエリーも私を意識してくれるかなって僅かにはある隙間で考えてる。


 結局、私もエリーも身動き出来ないくらい、うららの歌に夢中になって……8曲目を終えると、うららが歌うのをやめて発言した。


「ここまでの収録内容を一旦再配信するけど……うららの歌はまだまだあるから今日はもっともっと歌うよ……それじゃあ9曲目でまた会おうね!」


 そしてさっきうららが1曲目を歌ってた時の光景と音楽が流れ始めた……今更だけど私は行動を起こそうとして声を出す。


「ユズ。避難所の――」

「はい、イルロイドが攻め込んでからの避難所内の映像記録……他のマギアスが駆け付けて被害は抑えられた方だけど、現在の犠牲者の数は――」


 すぐにユズが私の知りたい情報を言って、少なくない犠牲者の数を私が聞いてるとエリーが呟いた。


「そろそろ発電所にも集まってるねー」


 流石に私までうららの歌に聴き入るのは問題だったなぁ……。


 いい加減、避難所と発電所のどっちに向かうか決めなきゃいけないけど……我儘を言っていいなら、エリーと離れたくない……何だかんだでさっきからずっと一緒にいるのが、こんな形だけど嬉しくて――


「素敵な歌だね」


 そう思ってると声が聞こえて来た。


 それも隣にいるかのような距離で話して来たような……でも私の傍にはエリーがいるだけで……疑問を浮かべながら辺りを見渡すと、上空にいた……あと、この声は聞いた事のある声だね。


「あれ? 視えてる位置に何の反応も無い?」

「音響、熱源、電磁波……そのデータに従えば、そこには何も無い事になってる」


「本物って事だね」


 ポチとクレミーとシュシュがそう言うと私は上空に浮かぶ存在を見上げる……背丈は私より低いけど、それを優に超える長さのピンク色の髪は所々が金色になってて、その両の瞳の色が水色と青の間を常に行き来するように変化してる事から、この女性が異質な存在である事を物語ってる。


 服は白く、ドレスよりもローブに近い形状で、相変わらずバカみたいに膨らんだ胸の下部分は難なく覆われてはいるものの……ホルターネックだから上部分はガラ空き同然……さっきの声を聞かなくても、ひと目で誰だか判る――


「えーと……確か……んー、もう少しで思い出せそう……」


 エリーが悩ましい声を出しながらそう呟いたけど、この世界に転生して来た者なら絶対に会った事がある存在の名を私は呟いた。


「レイ、チェル……?」


 半信半疑のような口調になったけど頭ではもう、確信してる――


 世界が危機に瀕した時、女神様が降臨して来た……ロマンチックと言うのは違うかもしれないけど、そんな展開がまさに今起きてる。


 次の瞬間、レイチェルのまだ幼さを宿した少女のような声が聞こえて来た。

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