第16話 アメジストは砕け散るか
「……どうぞ」
エリーはあの剣と鞭が合わさったような武器すら出さず、ただ宇宙空間に佇み、そう呟いた。
問答無用で攻撃して来る事を覚悟してたから唖然としてしまったのと同時にエリーと会話が出来るという状況に感動しそうになって、私は黙ってしまう……そうしてたらエリーが更に発言した。
「セリア……だっけ? わたしと知り合いだったんでしょ……何だか信じられないと言うか……」
あ、話さなきゃ……何から聞こう……どうしよう……とりあえず口を動かそう。
「……生きてたの?」
「いや、一度死んでる……また転生させられた。でもあの胸の大きな女の人には会ってない」
違う、こういう事が聞きたいんじゃない。
「……記憶喪失なの?」
「記憶の全てにモヤが掛かってる……そんな感じ。当時の事を聞かれれば思い出せるとかあるかも」
そうじゃない……私が聞きたいのは……もう拙くていい、この言葉で行こう――
「私にまた会えて……どう思ってる?」
「んー……もう少し具体的に」
そうだね……こういうのも用意したんだし……私は近場に待機してた人型機体用の映像投影機をユズに操作してもらった。
高度を保って平面映像を投影する事に特化した感じの飛行型装置で、サイズはマギアスの手から見て小振りのミカンくらい……それが私とエリーの間まで来ると、私は言った。
「エリー……これを見て」
私の今の姿をバストアップでリアルタイム投影……そしてワイプ画面に私がずっと髪に着けてるアメジストカラーのレジンアクセサリを映し、かなり拡大……やがて私は更に言う。
「このアクセサリー……覚えてる? エリーの瞳の色はアメジストみたいにきれいな青紫色で……だからこのアクセサリーを見た時、思わず買っちゃって……それが嬉しくてエリーに見せたら、似合ってるねって言ってくれた……あの時のエリーの笑顔、優しい声、その時に感じた私の気持ち……ずっと覚えてる」
そう、あの瞬間からエリーの事を本格的に意識するようになった……鮮やかだったあの日の記憶とこの気持ちは……あれからずっと、色褪せる事が無い――
「んー……」
エリーがそう呟くと黙ってしまった……エリーはいつも次の発言に困った時、こうやって考え事をするように何も言わなくなってしまう……やっぱりエリーだ……何も変わってない……暫くするとエリーは素朴な表情と口調で、こう言った。
「でも、それ……わたしがセリアにプレゼントしたわけじゃないよね? だからわたしの気持ちが籠ったものじゃないし……青紫色なら何でもよかったんじゃない?」
例えば今まで私の頭の中で何かが動いてたのだとしたら、それら全ての動きが一斉に止まったような……そんな気分に私は襲われた。
「あとさ……今は姿が変わったから、わたしの瞳の色は青紫色じゃないんだ……でもこの話って、いま関係あるのかなぁ……」
引き続きエリーはそう言った……何かを迷惑がるような様子とかじゃなくて、見かけたものに対する感想を淡々と述べる……エリーの発言にはそれ以上の意味は無いんだろうけど……私にとっては大きな意味を含んでて、それがとても重くて、押し潰されそうな気持になって……私は何とか言葉を紡ぎ出そうとした。
「え、エリー……」
「それじゃあ、わたしからも質問させてもらうよ……でもこの質問って――」
そう言うとエリーは今まで微動だにしなかったデモナスを素早く後退させ、右手にあの鞭のような剣を生成して……こう呟いた。
「戦った方が早い……じゃあ、行くよ」
そんな状況を見て、ずっと横で黙ってたロージーが叫ぶ。
「ルーちゃん! 戦闘だよ!」
その叫び声が十分に響き渡る前にエリーはやや重たい口調でこう発言した。
「ブラックコード――メナスウェポン」
次の瞬間、エリーの武器は仄暗いけどまだ明るい部類の青緑色の光を纏って、武器全体からは黒い炎のようなものが噴き出し始めた……その間にロージーの戦闘態勢も整ってて、少し前にこう発言してた……映像装置はもう退避操作していいかな。
「レッドコード! マゼンタハンド! ファイアハンド!」
ロージーの機体の巨大な方の右手が炎状態となってエリーの機体に迫るけど……それには目もくれずエリーは私に向かって剣を振るって来たので回避。
一撃一撃が鋭くて、どれも私を機体ごと殺しに来てる……。
ユズには剣の軌道予測をしてもらい私は生成したサブマシンガンを当てて剣の動きを止めようと試みる中、ロージーの機体の炎の方の右手が迫ってたけどエリーはすぐ様それを回避し、また私を剣で攻撃……それをロージーの強化した左手で防いだけど結構傷が入ってる……盾として使い続けてたらすぐに限界が来そう。
そんな攻防を繰り返して……やがて回避し切れない斬撃が来たので左腕を犠牲にして回避……そこへマギアスの顔面部にエリーの機体の拳が来てクリーンヒット。
私はそのまま吹き飛ばされ、来るであろう追撃ルートをロージーの左手が阻む中、エリーはまた大きく後ろに距離を取って……やがてこう発言した。
「今のは……セリアを殴るのに躊躇があったというより、女の子であるわたしが女の子を殴る行為に対して抵抗があった感じだなぁ……何度も剣で切り裂こうとしておいて言う事じゃないけど……殴るのは、やっぱり乱暴かな」
「どういう理屈なの……?」
他愛も無く矛盾するその言葉にロージーが反応して、エリーが答えた。
「そう思っただけで特に深い意味とか考えとか、無いんだ……こんなところかな」
エリーと話してると、ぼんやりとした発言が目立ってて、そんな漠然とした空気を作り出してた所も私がエリーに惹かれた理由なのかも……そんなエリーの言葉が更に続いた……相変わらず、感情が読み取れないというか定まってない声色で。
「これで改めて質問が出来る……ねぇ、セリア」
「う、うん……」
何を言われるか怖くなって来た……さっきも予想して無かった事を言われたし……エリーとは傍から見れば友達くらいに見えるくらい何度も会って何度も会話した……エリーの事を一番理解してるのは私だって自負や傲慢の類もこっそりあった。
でもこうして話してると不安がどんどん募って来る……私は本当に、エリーの事を理解していたのかな――って。
「わたしとセリアは……仲がよかった……そうだよね?」
「うん」
「セリアはわたしの事を友達以上に想ってくれた……例えば恋人みたいに」
その言葉を聞いて、私の頭の中で何かが弾けたような感触に襲われた……エリー、じゃあ私の気持ちに気付いて……? 声が上擦って返事しちゃった……恥ずかしい。
「う、うん!」
「ここで問題となるのがさ、だったらわたしはセリアの事を……どう思っていたのかになるんだよね……それがずっと疑問だったんだ……だってこうして話をするまでセリアの事は全然覚えて無くて、思い出したところで特別な感情が湧いて来るわけじゃない……あのね、セリア」
エリーは少しだけ間隔を置いて更に喋り続けたけど、その間にあった沈黙が世界そのものが静まり返ったみたいで、私には恐ろしかった。
「さっき記憶全体にモヤが掛かったみたいだって言ったけど……大事な事はね、ある程度は覚えてるんだ……昔読んだ絵本の色鮮やかで描き込まれたイラスト、電車越しに初めて見た富士山、寝静まってたドラゴンが急に起き上がって翼を広げた時のあの派手で鮮やかな模様に驚いた感動……これだけは忘れたくないってものは結構しっかり思い出せるくらいは覚えているんだ……そして、わたしはセリアの事を最初は思い出す事が出来なかった」
そんな話、聞いた事無い……思い出を語るエリーの声はやっぱりぼんやりしてるけど声が一層優しかった……私の知らないエリーが、そこにいた。
「だからさっき試したんだ……セリアを殺す気で攻撃してみて、どこまで心に戸惑いが生まれるのか……漫画とかであるよね? 恋人が敵側に操られて、愛する者に刃を向けてそれが届きそうになる時……心の中で強い抵抗が起きて、その刃物が地面に落ちる……そんな感じの」
「あー、そして傍で操ってた敵が、バカな何故洗脳が解けたのだ! って叫ぶ」
急にロージーの声が割り込んで来たけど、ヒビが入って砕けそうな心がそれで少しは和らいだような気がしなくも無かった……エリーの言葉は続く。
「普通に殺せそうだった。最後まで刃を突き刺せそうだった……さっきの戦いでセリアごと機体を両断出来てても、今頃わたしは後悔してなかった気がする……さっきの拳だって、止まらなかった……とりあえず次があったら手刀でやる」
エリーが私に言いたい事……判って来た気がするけど、解りたくない――
「以上の事を踏まえるとさ、思うんだ……ねぇ、セリア・シトルーク」
認めたくないって我儘が、私の心の中でけたたましく叫ぶ。
「キミはわたしにとって……大切な
言われちゃった――エリーの言葉で、エリーの声で……。
告白はしてなかったけど、その前にいつかそういう事を聞こうとは思ってた……他の誰かと比べればエリーの心の中に私はまだいる方だって信じてた……そんな願望を抱くのは無謀だって衝撃が私の心の中を駆け巡っては纏わり付く。
――もうエリーが私の事を好きだって希望は砕け散り、絶望だけが残ってる。
そんな考えが私の心を蝕むように付き纏って来るから拭い去りたい、事実ごと――
「え、えーと……」
私が発言出来ないまま、ロージーが困惑した声を出した。
完全に部外者なわけだけど、それってエリーから見た私も同じ位置付けで……私はエリーの心の中の当事者になれない……そんなの嫌だよ、エリー。
「ガールズトークが賑わっていますね。わたくしも参加して宜しいでしょうか?」
他に考える事が出来たからかな……その声を聞いて私は、心に入って行くヒビが何だか痛くてそんな調子で壊れて行くような気分から抜け出せた。
「も、もう1体来た……」
ロージーが緊張感の無い声でそう言ったけど、傍から見たら緊急事態……私が左腕を負傷した中、デモナスがもう1体現れたんだから……そのデモナスが更に言う。
「もうわたくしが誰か気付いていますよね? ルー」
あの後、音声を比較したからね……すぐ判ったよ……私はまずこう言った。
「うん、元気そうだね」
そして私は青緑の色味を放つ黒いボディに手足部分がチャコールブラックのデモナスに対し、更にこう呟いた。
「――ラディサ」
エリーにサーバーを壊されたから、AIとしてのお試し期間を終え、何処かの世界に転生してのかなと思ってたけど……実際は人類の敵として過ごしてたんだね。
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