第9話 ルタ様

 サーバーが切断されて中のプログラム型AIが死亡……そう聞くと電源ケーブルが切断されたようなイメージが湧きそうだけど、ラディサは都市の制御を担うAIだから、予備電源や発電機の備えは万全……そんなラディサの死因を切断にするには……ここで私はプラスチックの楊枝を取り出し、目の前の物体に近付ける。


 厚みがあって平べったい楊枝の先端は尖ってるので、私は事前に立てておいたお皿の上にある食べ物――羊羹に対し垂直に力を入れ、両断する。


 もしこの楊枝が金属の融点に到達する程の高熱を纏った刃で羊羹がAIのサーバーだったら……サーバー内部は一気に溶融して内部のデータも筐体も一気に全壊だね。


 要するに、本当に文字通り『切断』でラディサは死亡したんだけど……この事件は誰が何の目的で行われたのか以前に大きな疑問がある、それは――


「やはり気になるようじゃのぉ」


 突然声を発したのは私の目の前にいる人物で、年齢的にはまだ若い……そしてこのまま無視するような仲でも無いので、私は言う。


「エリーに続き、仲良く話してた友人まで……それだけでも腑に落ちないのに、前の世界でも怪事件ですよねこれ」

「遠隔召喚魔法という事になるのぉ……先程の映像をもう一度見せるのじゃ」


 どれだけ若いかと言うと8歳だったかな? ほどよい濃さの褐色肌でオッドアイの女の子……胸と背に関しては幼女相応の大きさで、背の低い私でも並べばお姉さんに見える。


 私は言われた通りパーソナルデバイスで投影した描画空間にラディサの事件直前の映像を読み込み再生する……。


 あの日はシュシュが事件に気付くやラディサのサーバーがある部屋の監視カメラをハッキング……やがてポチとクレミーも加わった末、映像の強奪に成功……しかもこれ、細かい所も可能な限り補間した鮮明な現場映像。


 部屋には広範囲をカバーする監視カメラ複数台が死角無く配置されてたんだけど、それらの映像全てを手に入れて立体映像を作成したのはAIたちの本気だね。


 テーブルの上で描画されたそんな立体映像には何も無い所からエネルギーを湛えた剣状のものが現れ、さっき私が羊羹にしたみたいに筐体を両断……それが終わると剣は消え、部屋の中には与えられた凄まじい熱量だけが残ってた。


 出現したのは剣単体じゃ無く、ロボットのような形状の腕の姿もあって色は赤紫を黒に近付けた暗清色で、色味の無いライトグレーによる人間型の手の部分もあったし右手だった……刀身部分は明るさが中途半端な青緑色で仄暗く輝き、黒い炎か気流のようなものも纏ってたから、何だか奇妙な感じまで……。


 そんな映像をループ再生……この立体動画を再生してるアプリなら、停止、拡大、スローも出来るし……ここで私は目の前で羊羹を頬張りながら映像を検証する幼女に目をやる。


 腰まで伸びた長い薄紫色の髪は癖毛によりボサボサした野性味溢れる髪型になってて……右目が金色、左目がオレンジ色……前の世界で王族が着るような服を踊り子のような軽装寄りにアレンジして動き易くしたものを身に着けてるのはいつも通り。


 ちなみに今日の私の服装は袖の長い黒猫パーカー……ラディサを追悼したい気持ちもあって、それに従った結果、喪服期間が延長された。


 暗清あんせいしょくを絵の具で作りたい場合、元となる純粋な1色に黒だけを混ぜればいいんだけど、ここで白だけを混ぜてれば明清めいせいしょくになる。


 どちらも灰色の要素が一切無い澄んだ色合いを放ち……この羊羹の両隣に暗清色と明清色の四角いゼリーを置いて見比べれば、どんな色なのか感覚が掴めるかも。


「色はたがえど、やはり……マギアスのマゼンタウェポンによく似ておる」


 見た目通りの幼い声でそう発言してるけど私が今いる場所はこの世界でも有数のロボット兵器産業を手掛ける『レヴァンテイン・インダストリー』の本社にある一室。


 同じテーブルの席で湯飲み茶碗抱えて緑茶を啜り始めた幼女の名はミスティルタ・ラネット・プルートニクス……ここの社長さんで、最近私が始めたバイト先のお偉いさんってこの子。


「新しい敵性存在なのでしょうか?」


 核融合発電所を襲撃したデバウアーのフラグシップを私が撃退する際に無人機体で駆け付け、うららのライブチケットをくれたのもこの子で……様かちゃんと呼ぶよう言われたのでルタちゃんって呼んでる……私の発言にルタちゃんが呟いた。


「さぁのぉ……前の世界は、ろーぷれのような世界じゃったが、この世界もゲームに基いたものであるならレギュレーションがあるはずじゃ。デバウアーを葬ってから、まだ半年も経っておらん……次の敵性存在が現れるまでは少なくともあと4年半あるはずなのじゃ。今回の事件がレギュレーションを無視したものであるならば……実に不可解じゃ」


 ゲーム世界であるならば固定されたルールが存在する……今回の事件は前に1マスずつしか進めないと定められたゲームの駒がそれ以外の挙動……例えば後ろや横に動いたり一度に2マス以上進んだり……レギュレーション違反ってそんな感じ。


 でも転生前の私との会話でレイチェルはこの世界をゲームのような世界だとは一度も言って無かった……少し考えて、私はこう言った。


「召喚魔法と言えば……クリエイトウェポンもその類ですよね」


 ロボット機体用サイズの重火器や武器をある程度呼び出せるクリエイトウェポンはマギアスだけが使える魔法じゃない……人型ロボット兵器に乗ってる者が宣言すれば魔石を持たない者でも行使出来る、武器召喚のようなもの……。


 魔石を出せる者なら武器を生成する速度は早まるんだけど、援護に回るなら事前に呼び出せるだけでも十分だし、この世界の誰もが使える魔法と言えなくもない。


「遠隔無人機体に音声越しでクリエイトウェポンを試してみたが……やはり人が乗っていてそのパイロットが入力行為を行うという条件は必須のようじゃ……何度もお主に協力してもらった結果が斯様なものとなり……すまんのじゃ」


 ルタちゃんはマギアスを呼べる私が遠くにいるオルハに音声を飛ばせば発動出来ると考えたけど……結果は私がオルハの足元で音声を飛ばしても発動せず。


 ちなみにオルハの由来はオルハリコン……前の世界にあった硬い金属はオリハルコンだけど、日本語での文字列と音の響きといい、間違い探しが務まる紛らわしさ。


 オルハは前の世界で実際にオリハルコン武器を手にした当時のルタちゃんがオルハリコンと周囲に連呼した時の悔しさと恥ずかしさをバネに生み出したと前に言ってたなぁ……社名のレヴァンテインだって本当はレーヴァテイン……それに関してはこんな会話もこないだしてたね……先ずは私がこう切り出してた。


「レヴァンテイン社って……わざとこの名前に?」

「うむ、レヴァンテインは地球に生きてた頃から余の中でも魅惑の存在じゃった……初めは誤った名前で呼んでおったが北欧神話とやらを紐解けど実際はどのような武器であったか記述が存在せぬ……その話を聞いて、余は一層レヴァンテインという存在と言葉を好きになってのぉ……とうとう二度目の転生先で立ち上げた会社の名前にしてしまったわ!」


 ルタちゃんは最初男性で前の世界でも男性……その時に見た褐色オッドアイの魔族の姿がやたらと気に入ってたから今回の転生での容姿を決める際、大いに参考にしたのだとか……その魔族の容姿を軽く聞いたけど、褐色の濃さも瞳の色も別物だった。


 さて、羊羹もこれが最後の1個……この世界は転生者が周知されてるから幼年期から転生していきなり就職したいと言われても対応出来るように法整備はされてる……だからと言って、いきなりこんな大企業の社長になるのはやっぱり異例。


 前の世界のルタちゃんは王様だったんだけど、その頃は暴君が猛威を揮ってた戦乱の時代。


 その暴君を倒してルタちゃんがあの世界最大の大陸の王になるまでの逸話は激熱もので……この世界ではルタちゃんの臣下だった転生者たちが証言を集めて本を出版するまでになったし、それを映画化した作品は転生して間もない頃の私も観てた。


 そしてルタちゃんのレムナントはその映画にも登場する当時のルタちゃん――マリウス王が臣下たちとの冒険の末に手に入れた魔法の剣で、その造形の美しさにも定評がある……幻影ではなく実体化可能なので、ルタちゃんがそんな剣を掲げて――


「余の前世はマリウス王であるぞ!」


 何て風にされればルタちゃんがやりたいと言った事を全力で協力したがる者はこの世界では後を絶たないわけで……前世で培ったものが凄い後押しになって起業が上手く行った感じだね。


 レムナントは実体化出来ても当時ほどの力が出せるわけじゃ無く、強度も一貫して玩具レベル……エリーのようにマギアスに乗って出せばサイズは機体準拠で一定ではあるけど割といい強度になったりはするけど……。


 ルタちゃんの剣は最初に会った際、私も見せてもらったけど、あの時は素直に感動した……重役の中には当時の臣下の転生者がいるみたいだけど、その人にはあの眩いものを見てるかのような感覚が……格段と強いものになってただろうなぁ。


 今のルタちゃんは幼女だけど、前の世界で大陸全土を治めた王としての力量を揮い優秀な人材に恵まれたのもあり、こうして大企業の社長が立派に務まってるって事になるのかな……さて羊羹食べ終わった。


「おぉ、食べ終えたか……広告に出てた安物じゃから本来は客人に出せる代物では無かったのじゃが……どうじゃ? 今からでも洋菓子を振る舞ってもよいのだぞ?」


 ルタちゃんがそう言ったけど……とりあえず今回の事件でシュシュたちが作成した立体動画データは公にしない方が要らぬ混乱を招かずに済みそう……でも必要な混乱なのかもしれない……これで終わるとは思えないんだよね……。


 そんな懸念を抱えて私はエリーの事を忘れた日なんて無いまま過ごして行き……やがて迎えた防衛暦四十三年……夏よりも私の15歳の誕生日が近いある日の出来事。


 マザーデバウアー討伐の第一人者とも言えるマルス・プラウニールが何者かに殺害された――


 それもラディサが死んだ事件とは無関係とは思えない形で……。

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