第8話 アンコールは突然に

「それにしても……うららちゃんのライブの特等席チケットなんて、よく手に入ったねー」

「これでシャツがこっちに届くように手配完了っと……あ、本当だよー。昨日チャットルームでマスターが行きたがってたよって答えたら、ルーちゃんがチケット見せてくれて……驚いちゃった!」


 買い物を終えたクレアとパーソナルデバイス越しのポチがそう言ったけど……その時の私はうららのライブチケットが2枚あるとしか言ってなかったんだよね……とりあえずこう返すのが適切かな。


「最近始めたバイト先のお偉いさんから貰ったの」

「あ、如何わしいお店ー?」


 クレアは冗談でそう言ったんだろうけど、そういう話は好きじゃないから不機嫌そうな口調で私はこう言った。


「……前の世界のとある娼館で働いてた女の子たちがどんな酷い目に遭ってたか……話す?」

「ごめん……」


 クレアが反省した声でそう言ったんだけど実はこの話、その街一番の情報屋が娼館に入り浸ってるので仕方なく皆で行って……その時に聞き出したかった情報が手配犯の居場所と若い新婚夫婦の夫の浮気調査。


 私たちパーティーが娼館に入ると気絶してる男性と部屋の隅で怯える男性がいて、更には腕に覚えがありそうな女性冒険者たちが争ってたんだけど……気絶してる男性が調査対象の夫で、その浮気相手は女性冒険者の片方で、怯える男性の顔をよく見れば探してた連続食い逃げ犯だった……要するにドタバタ系の話なんだよね。


 やがてスカイカーを捕まえて乗るとクレアがこんな話を振って来た。


「そういえばルーちゃんってお酒飲んだ事あるの?」

「この世界でも未成年の飲酒は禁止事項だけど……前の世界の話なら時効だから白状するとお酒の美味しいと評判の街まで来た時、お酒入りのお菓子を知らずに食べた事が……そう言えば酔い防止のマジックアイテムがあったなぁ」

「お酒の成分を放つ植物系のモンスターとかいるんだよね、あの世界」


 私が答えるとユズが会話に加わって来たけど、こういう話をしたら締め括りはこれだよね……ある程度会話が進むと私はこう言った。


「でもダメだよクレア。未成年がお酒を飲むのは……体質次第では成人しても飲めない場合だってあるんだし」

「はーい」


 そんなクレアの素直な声が響いたけど……お酒とは自分が酔う量を把握し、泥酔してやらかさないように自らを制御出来る者だけが飲む資格があるって力説してた人が酒場にいたなぁ……探してた野党のボスだったんだけど冒険者ギルドまで連行されてるのに最後まで気付かなかった……相当酔ってたんだね、顔赤かったし……。


「……未成年かぁ」

「ん?」


 会話が終わってスカイカーも静音仕様なので、あとは広告看板から流れる動画の音しか聞こえない中、唐突に私がそう呟いたからクレアが不思議そうな顔で反応したので今何を考えてたかを私は話した。


「いや……私、最初の世界では16歳の時に事故で、前の世界だと16歳で死んで、この世界ではもう一息で15歳……まだ二十歳どころか17歳になった事。無いんだなぁって……」


 前の世界では4年、この世界では7年だから、通算27年生きてる事にはなるけどそういう話がしたいんじゃない……私はまだ17歳未満の私しか知らないんだなぁって……そんな漠然とした感想が、ふと浮かんだだけ――


 それから時間は進み、所も変わってライブ会場。


 特等席だから最前列で今、大人気のアイドルうららのライブが観れる……例え私に興味が無い内容でも喜んでるクレアが見れるんだから、それでいいし……このネット環境が充実した世界で兼業アイドルでここまで来れた実力派によるライブが……観る価値が無いものだ何て有り得ない。


 この世界は動画配信環境が充実してるんだから趣味で歌って踊りたいだけなら動画サイトに投稿して満足する選択肢だってある……そんな中、どちらも本業だと文句無しで言えるくらい両立させてるのが、うらら。


 そんなうららのステージはヒビ割れた溶岩の間にマグマが流れてるような床が広がり、照明も鮮烈な赤が明滅……そんな中現れたうららの衣装は情熱さを身に纏ってるかのような赤いドレスで、その全身からは従来の色の炎が燃え上がり、黒く染めた長い髪を振り乱しながら歌ってるのは動的で激しく荒ぶるような曲。


 女性らしさを残したままの力強い声の旋律を会場全体に響き渡らせ……曲のリズムに合わせて照明が脈動し、合間の演出も1曲だけで様々なバリエーションがあって、それが曲毎に違い、一貫して『炎』をコンセプトに構築した演出だった。


 4曲目を迎え、今や足元の溶岩地帯のヒビは更に割れてて……激しい曲が流れる中マグマが噴き上がるステージになって会場の熱気と歓声は更に上昇。


 さっきクレアが新曲だとメッセージを送って来たけど……この日の為にこんな長い音楽を作り上げたのは驚きの一言だね……さて、曲が再び間奏に入った。


 演出は全て立体映像によるものとはいえ、うらら自身が燃え上がる姿、噴き荒ぶるマグマ、余りに激しく変化する照明演出……今の状況は過剰というか全体がバランスを失ってるような気がして、見てて不安になると言うか……。


 私がそう思ってると何処からかハープの音色がこの荒ぶる炎のステージへと混ざり始め……その音が目立ち始めるに連れ、ステージの演出は軒並み沈静化して行き……遂にはハープの旋律だけが響くようになった。


「このハープで弾いてるの……ゆっくりだけど、うららちゃんのデビュー曲だ!」


 そんなクレアのメッセージを受信……音楽と大勢の観客による声で沸き立つ会場だと隣にいても声で会話するのは不可能だって、会場に入った瞬間解ったね。


 ライブは屋内でやってるんだけど……ここは昔作られた避難所用施設を改修したものだから広大なスペースで2階もある……そんな座席が世界中から集まった観客で埋め尽くされ、全員がケミカルライトやペンライトを持参してるから、それだけでも凄い事が起きてる。


 未だにハープの旋律が会場を漂う中……突然、雫が1つ滴り落ちたかのような音が聞こえると溶岩とマグマの床部分が立体的な波紋を描くように動いて……それが鎮まるとそこには海の中を彷彿とさせるような海底の砂浜が広がり、さっきまで他のオブジェクトを描画してた場所には色取り取りの珊瑚たちが枝のように伸びてる……。


 やがて波紋の起点となったステージの中央から何かが迫り出して来て、それが衣装チェンジしたうららだとすぐ判ったけど……さっきまでのうららは映像だったって事だね……髪の色も本来の色に戻ってる。


 手に持ってたハープが消える頃にはうららは完全に浮上してて……透き通るような綺麗な声で歌い始めたのは、水のように清らかな旋律を奏でる、宝石のような曲。


 さっきまで真っ赤に燃え盛ってたステージは青が広がる静かで神秘的な海の底へと様変わりし、このギャップは凄まじいインパクトを生み出すし、こんな演出を誰が考えて誰がうららをここまでプロデュースしたかと言うと……うらら自身――


 うららの背はエリーより幾らか低く、やや長身……過剰に膨らんだ胸はレイチェルに迫るけど、及びはしないボリューム……絶対値的な話をすれば、やっぱりとんでもないサイズだね……。


 瞳の色はパステルピンクをある程度濃くした感じで、パステル調のスカイブルーの髪は今はヘアアレンジで大分束ねられてるけど……ボリューム具合から推察すると、相当長い。


 衣装のデザインは凄まじく凝ってて青と水色どっちがメインカラーか悩むけど……髪と衣装にあるリボンに関しては主にコーラルピンクとコーラルオレンジで構成してるかな。


 衣装デザイン、ステージ演出、作曲、作詞、プロデューサー業務……その全てをうらら個人だけで行ってるとは聞いてたけど……これ程のものを間近で見ると本当に、圧倒されちゃうね……年齢はまだ20歳になってないくらいだったような……。


 うららは転生者だけど、転生時にアイドル適性のある体を指定する事は出来ても、その体を運用してアイドルになれるかは別問題。


 私はこの世界を8歳指定で転生したけど、うららの活躍ぶりは度々見聞きしてたから、こうして眩いばかりに花開く様を目の当たりにすると感慨深いものがあるね……来てよかった――


 静かな曲調に合わせ、まるで水の中を流れるように優雅な舞いを観客たちに見せるうららだけど……思えばさっきの映像の時は動きが激しくて汗が飛び散ってたくらいだから、実際に踊ったものを映像化してエフェクトを追加してた感じなのかな……海の中での音楽は、このあと何曲も紡ぎ出されて行き……。


 そんなライブステージも第三形態に突入し、ステージの背景はオーロラで彩られ、空間はダイヤモンドダストのように煌き始め、それぞれが鮮やかな色を様々に放ってて……ガラスで出来た大きな階段のオブジェクトがそれらの状況を汲み取ってはあちこちが常に鮮やかな色で移り変わって行く……そしてまたも新曲。


 衣装も時折、頭上から落下して来るものと徐々に付け替えたり羽織ったりしてたから大元の服はそのままなのに今では大分表情が違うものに……リボンも別物になったなぁ……さて、今の曲で最後だったみたいだね……うららが手を振り、観客の皆へ向けて叫んでる。


「みんな、ありがとー! 麗乃うらの楽々らら、これからもアイドルを……精一杯全力でやります!」


 いずれ次の敵性存在が来るから、こんな風に何気兼ねなく娯楽を楽しむ何て贅沢な時間、日が経つ毎に過ごせなくなるから今の内。


 ……でもまぁ、これくらい強烈で圧倒的な輝きを見てしまったんだから……明日からは明るい服を着てお洒落したい気分になれるかも……面倒くさくなったら適当な服で済ませると思うけど。


 大丈夫、エリーの事は忘れない。


 いつだって思い出せるし、この気持ちはいつだって鮮やかだから……色褪せるなんて、有り得ない――


「アンコール! アンコール! アンコール!」


 あれだけ沸き上がってた観客たちは疲れる事を知らないのかってくらい、皆大声でその言葉を連呼してて、隣のクレアも目輝かせながら叫んでる……せっかくだし、私もアンコールって叫ぼうかな……そう思った次の瞬間――


「ルーちゃん! 大変……メッセージ見て!」


 コールの合間にユズがそう発声したので、しっかり聞こえた……早速、メッセージにあったニュース記事へ飛ぶと……そこにはこんな見出しがあった。


――AIラディサ、何者かの切断により消失。


「えっ」


 私は思わず声が出た……転生者によるAIは他のAIと違ってバックアップが出来無い。


 中に転生者が入ってるから人間として扱ってるとかじゃなくて、AI転生者は人間と同質の思考が出来て今までの人生の記憶を有している……それをデジタルデータに置き換えればパーソナルデバイスの容量では到底収まらない上に、そもそもデジタルデータに変換して保存する事が出来ない。


 ある程度近くに乗り移れる他の機器が無い時に本体もしくは電源供給を失えば、その時点で人間で言う死亡という事態になる。


 でも私が以前ユズに言ったように、AI転生者は転生者の記憶をコピーした仮初の存在だから……ラディサとなる前の転生者自体が死亡したわけじゃない。


 それでもあのお茶会で何度もお喋りを交わしたラディサという存在は確かにいたわけで……あのラディサに会う事はもう出来ない――


 そんな感じで「ラディサが死んだ」と認識した私はエリーの時ほどじゃ無いけど、呆然としてて……未だにアンコールの掛け声は続いてるんだけど……。


 そんな声の群れが頭の中でやたらと大きな音で響き渡っては反響するのが今は何か不気味な感触で……それに気を取られたからか、結局……私がアンコールの掛け声に参加する事が無いまま次の曲は始まった。

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