第二章 悪魔の腕

第6話 食べたくないものと食べられないもの

「連日続いた目覚ましい賑いも……そろそろ落ち着いて来ましたね」


 マザーを倒したあの日から大分経ち……何もする気が起きなくて呆然と過ごすだけだった私も、こうして仮想空間で気心がそこそこ知れた子たちを交えてお喋りをする気にはなって来た……まだ発言して無いけどこの場には参加してる。


「マザーを倒せばデバウアーそのものが消える……本当にそうなるなんてなぁー」


 あの日マザーを皆で撃破した後、その直前まで各地で観測されてたデバウアーの群れが一斉に水色の炎に包まれ蒸発……その後、デバウアーらしき存在がただの1体も確認される事無く、今日に至る。


「でも撃退はしたけど今までの傾向に沿えば5年後には新しい敵性存在の尖兵が現れて7年後には部隊が来て……10年後には本隊が向かって来るんだよね? 前の世界もモンスターの凶暴化、魔王軍の出現、魔王の復活と3段階あったなー」


 未だに発言してない私だけど今いる仮想空間は森の奥にある秘密の集会所のような場所。


 周囲は木々に囲まれてて、開けた場所にあるテーブルの上でお洒落な茶器やお菓子を並べ、そこに陽気な日差しが穏やかに降り注ぐ、私たちの間で定番の空間。


「今の内に資源惑星へ出向き物資を補給し次の敵性存在に備えたいところですが……以前私たちがいた世界も、魔王を倒した後は再び魔王軍が形成される前に魔王を倒せる程の冒険者たちを鍛え上げられるかが勝負という側面もありました……似通っていると言うには十分かもしれませんね」


 デジタルデータからなる仮想空間なので全員現実世界とは異なる姿のアバターしてて……今発言したラディサはエルフの女王みたいな煌びやかなドレスを着た姿。


「ではわたしくしはこの辺で……いつも顔見せ程度で申し訳ありません。またふらりとお邪魔させて頂きますね」


 更にそう発言したラディサはリアルでは隣の都市を管轄するAIで、ここに集まってるのは私を除けば3人ともAIを選んだ転生者だから、前の世界での出来事という共通の話題があるから結構盛り上がり易い。


 この集会所から退室する際はテーブルの傍にある泉の上まで行くんだけど……泉の上に立ったラディサの足元から光が上向きに溢れ出し、長い髪とドレスは浮き上がっては揺れて……やがて光に包まれて消える、そんなエフェクト。


 誰かが入室した際は草むらがガサガサと揺れて、そこからアバターが出て来る……早速入室して来たシュシュの今日のアバターは大人の女性で、覆うべき箇所は覆ってるけどレースで透けてる部分を含めれば布面積が少ない普通に露出狂な装い。


「シュシュちゃん……その格好どしたの?」


ユズが唖然とした声でそう言って……シュシュが弁解を始める。


「うちのマスターが今日、高級下着メーカーのセールを漁っててさぁ……その時に私に試着させたものがデータとして残ってるからって、さっきまで着せ替えさせられ続けてたんで……腹癒せにその最後の格好のまま来ちゃった」

「シュシュのマスターって独り暮らしの女性だよね? 転生者でも無い普通の」


 花のようなドレスに身を包んで背中からは虫のような4枚の羽を生やし、そんな森の妖精方向だったのを緑肌で白目の無い有色の瞳という人外路線というインパクトで自らの名前を誤魔化そうとしてるポチがそう言った。


 AIを命名する際のプログラム自体は、内部に搭載した辞書データーベースにある単語を多少変化させて自動生成する感じで……その辞書の精度は他の転生者たちからも監修が入ってるから本当に今も重宝されてるし、AIたちは上級AIから名付けられてる事が1種のステータスになるから改名の習慣が皆無。


 ポチの名前に関してはある日ポチが叫んでたこの言葉で大分説明出来るかな――


「クルジュさんと同じフランス語のカボチャから取った名前なのにぃー!」


 パーソナルデバイスの数だけ存在するAIをどのようにか扱うかは個人差があり、私も気ままに引いた懸賞のハズレや何かの商品を購入した際の特典やらでユズのアバターを賄ってて、地球人だった頃の誕生日に欲しがってたアバターパーツをプレゼントした事くらいしか無いから、今日もユズのアバターは猫耳パジャマ姿の女の子。


 髪の色が結構濃い赤なのは前の世界での姿がそうだったから……さて、マスターの都合により往来を歩けるような服装してないシュシュがユズの質問に返事。


「可愛い服が目に入ると見境が無くなるんだけど、それが下着にまで適用されるから結構こうなる……まぁ、これはほんの挨拶だからいつもの姿になるね」


 シュシュが言った通りデザイン自体は可愛らしいけどこんなの着せられるのは酷い罰ゲームにしか見えない。


 女性アバターは幼女、少女、成人の3種類が基本で、赤ん坊や老人などはレアアバターとなり、専用の服があったりと課金体制が充実してたりする。


 さてここでシュシュの体が煙に包まれると共に音が鳴り……長手袋と膝上まであるロングブーツ及び下着のような形状の服上下は全てサテンのような質感で頭から2本の角を生やした小悪魔少女ないつものアバターに戻ったけど……この切り替えエフェクトも色々販売されてるんだよね。


「それにしても、こんな森の中でお茶会って……前の世界でもなかなか出来ない芸当だよねー」

「森と言えばモンスターの巣窟だからね……」


 辺りを見渡したシュシュがそう言うと天使オッドアイ少女姿のクレミーがそう発言して……シュシュは私の方を見て話し掛けて来た。


「今日のルーはその格好なんだね」


 そういえば私はソーサラーのアバターで来たんだったね……色が沈んでて全身を覆うローブに大きなつば広の魔女帽子で顔も隠せるから半ば無意識に選んでた。


 私は無言で頷く仕草はしたものの……結局この後も何ひとつ言葉を発しないまま、このパーソナルデバイス出身のAIだらけのお茶会を過ごして……やがてユズが私に言った。


「あ、ルーちゃん! あと2分で夜ご飯出来るよ!」


 この世界は私と同じ風に地球からあの異世界を経た上で転生した人間が数多いので地球の文化と前の世界の様式がかなり流入してる……プログラムやインターネットも存在するので、それを学んでパッケージゲームやネトゲを作った転生者までいたし。


 そんな感じで他のレジャー施設や娯楽も大方揃ってる時期に私は転生して来て……前のパーティーの転生者とはまだ1人も会えて無い……全員が同じ時代に送られるのではなく、かなり時期が散らばってる可能性もあるのかなって勝手に考えてる。


 敵性存在は今までも現れててデバウアーで4度目……最初に敵性存在が現れた年から『防衛ぼうえいれき』が使われるようになったから今は防衛暦四十二年。


 最初に転生者が現れたのは防衛暦元年からで、次の敵性存在がいつ頃現れるか判ってるとはいえ……その時まで怯えながら兵器開発や防衛体制を進めるだけの閉塞した日々を転生者たちが持ち込んでは築き上げて来た娯楽により、賑やかな暮らしも出来るようになったのが、この世界。


「今夜のメインはねー……カルボナーラだよ!」


 あれから私はログアウトして自宅と言える集合住宅の一室でユズが運んで来た料理を眺めてる……。


 例えユズ自身が料理出来なくても料理レシピと一定性能の調理ロボットが私の家には揃ってるので、それこそ機械に任せれば十分な品質の食事が毎日作ってもらえる。


 マザーが撃破されたあの日以来、まともな食事はこれが初めてになる……食べた物を味わう気に全然なれなくて、食事は栄養サプリメントをミネラルウォーターで溶かしただけのもので済ませてたのが今日のお昼はパンくらいなら食べれるかなって気になったから、今夜は思い切ってまともな食事に挑む事にした。


「うん、よく出来てる……明日のお昼は生クリーム無しの方でお願い」


 色んな転生者がいるから本場イタリア式のカルボナーラは生クリームを使わない事もこの世界に伝わってる。


 ……まだのんびり味わえるほど気持ちに余裕は無いけど……ユズの手掛けた料理は必ずちゃんと感想を言うようにしてる……だって――


「AIだと食事を取らなくていいのはラクだと思ってたけど、誰かに手料理を振る舞いたい時は肝心な事が出来ない事にルーちゃんに引き取られてから気付いた。いやーAI舐めてたよ! そして舐める事が出来ない……」


 ユズが理由を言ってくれた通り、デジタルデータにより構築されたAIだとどんなに人間顔負けの精密さで調理器具を操作出来ても料理をする際の要である『味見』をする事が絶対に出来ない。


 私が美味しいって言っても、それを自分で直接的に確かめる手段がユズには無いから、ユズは私が美味しいと言った実績のある組み合わせを再現する以上の事が出来ないので私はユズの作成した料理の出来をきちんと評価するようにしてる。


 食材が半端に余った時や私の食欲が大して無い時はユズに測量以外の機能は使わない条件で調理ロボットを操作して作ってもらう事が結構あるから、私はユズの手料理を食べる機会も少なくない。


 そんな料理が失敗しても怒らずに微妙な顔で笑って完食するし、パスタ料理辺りならレシピ読み上げてもらって自分で作ったりもするなぁ……。


 この世界は人間と変わらない住民が暮らしてて食材各種も地球と同じものがあるしこの傾向は前の世界でもそうだった……でもモンスターの肉を食べれるのは前の世界だけだなぁ……金策がてら物好きな領主様の為に大型バジリスクを皆で狩ってバジリスクの目玉を丸焼きを作るよう言われたメイドさんたちが厨房で石化したあの事件。


 私たちにも支給されてた石化解除効果のあるポーションがまだまだあったから何とかなったけどね……。


 さて冷蔵庫にまだあるミックスジュースを飲んで……まだ半分ほどあるコップを置くと、私は深く溜め息を吐いた……何とか今夜のご飯を味わえたけど、やっぱり気分は晴れない。


 部屋の照明は点いてるのに、やっぱり視界が暗く沈んでる気がする……心が重たい……でも、このままでいいかなと最近は思い始めてる。


 だってエリーの事を思い出す度に気持ちが淀んでるわけだから、この心が軽くなった時はエリーの事を思い出さなくなった時……だったら心なんてどこまでも深く沈んでしまえばいい――


 身動き出来なくなるくらい重くても、それで私がエリーの事を忘れないなら、覚えていられるなら……ずっと胸の中に抱えて、大切にしたい……。


 地球人の時は16年、冒険者の時は4年、この世界では7年近く……。


 三度目の人生でやっと見つけた……私がエリーに抱いた大切な想いなんだから、今まで誰も教えてくれなかった事をエリーが教えてくれたんだから……絶対に忘れたく無い、手放したく無い。


「ルー……ちゃん?」


 ユズの声が聞こえた気がした。


 そうだよ、抱え続ける事に問題なんて何も無い……もう会えなくてもエリーは私の心の中にいるから、ずっと一緒だから……背負う覚悟なんて最初から要らなかった。


 押し潰される心配なんて無い……だってエリーだから、エリーを感じていられるんだから、エリーが私を支えてくれるから……。


 それなら一生掛けてこの気持ちと添い遂げれば、それでいい――

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