第5話 平和が訪れるはずだった
「やるしか……無いね」
重たい沈黙を破ったのはエリーで、その発言は力強さが籠った声で更に続いた。
「レッドコード……ファイアライズ!」
エリーの機体が赤い光を纏い出す……ファイアウエポンが持ってる武器を炎状態にするようにファイアライズは機体の全てを炎状態にするコード。
この時マギアスの操縦者の外見は変わらないみたいだけど……この状態になって初めてマギアスは結晶化したデバウアーに攻撃出来る炎をチャージ出来るようになる。
「エリー!」
そんな状態になったエリーを見て私はそう叫んでしまう……そしてマルティーさんとヴェネットさん、そしてマルスが発言した。
「ま、こんな無茶な作戦に参加してる時点で、命知らずだからね」
「躊躇いそうになったけど、吹っ切れた……ここまで来て引き返す選択肢なんて有り得ないし」
「そうだな……だが、全員でファイアブラスターを放ちマザーを撃破して全員生きたまま帰還する……意外と有り得る奇跡かもな」
「奇跡……か」
エリーがそう呟いた……。『奇跡』――
そんなものが存在するなら、あの時、私のパーティーは全滅なんてしなかった……以前エリーとこんな会話をしたのを思い出す。
「そっか……セリアはずっと冒険者パーティーと組んで気ままな旅してたんだ」
「エリーは何してたの?」
「ダンジョンに潜ってレムナントにもなった武器を手に入れたけど……その後は魔王軍討伐部隊に参加した」
「魔王かー……私がいた頃はまだ復活して無かったなぁ……」
「セリアの時は魔王は既に倒されてたの?」
「勇者が倒した後だったなぁ……確か女性だったような……」
「じゃあ、わたしはその前かもね……わたしが参加した部隊は魔王軍と衝突して……圧倒的な力の差を見せ付けられながら、全滅した。勝てないって絶望が当たり前なくらい、酷かった。こういう時って誰か生き延びてる場合ってあるから、転生直前のやり取りの際に確認したんだよね……あの時のわたしは奇跡という存在を信じていたんだと思う……だけど――」
淡々と語るエリーの言葉は少しの間を置いて、更に続いた。
「あの場に生き残ってる仲間は……誰もいなかった」
そんなエリーの言葉に圧倒されたのか、私は何も言えずにいて……そしたらエリーがまた発言したんだけど、この時のエリーは大声を出したわけじゃないのに何か強い感情が宿ってて……あの時感じた重たい空気は今でも鮮明に、思い出せる。
「この世界には……あるのかな、奇跡」
さっきのマルスさんの発言に対するエリーの呟きには、あの時と同じものを感じた気がした。
エリーは今、機体の両手を広げて合わせ気味にしてて、その間に火球が生成されて行ってるんだけど……そんなエリーを燃え盛るマザーは今度は乱雑な形状をした結晶を伸ばして襲い掛かり……次の瞬間、その鋭利な先端部分がエリーの機体を貫いた。
「エリー!」
思わず叫んだ私の声が管制室で響く。
やがて伸びて来た結晶は機体に触れてる部分から赤く染まり始め……まるで金属が熱せられたかのような様相を見せながら、結晶は赤熱しヒビが入って行き……程なく砕け散った。
そして大きく穿たれたはずのエリーの機体は何事も無かったかのように全体が赤い光でコーティングされてて、あとは佇むだけだった。
「噂には聞いていたが……本当に物理攻撃が通らなくなるんだな」
マルスさんがそう言ったけど……こうなるのは記録映像でなら私も見た事がある。
映像では炎状態になった武器に銃弾を撃っても素通りし、全体が炎状態になったマギアスにチェーンソーを当てても手応えが無いままチェーンソーは回転し続けてた。
「それに今のってマザーの攻撃を受けてもこっちは無傷のままで、攻撃した部分にダメージを与えられるって事だよね?」
マルティーさんがそう言うとエリー以外の部隊の皆が活気付き、一斉にファイアライズを宣言する中、エリーはチャージを継続……このチャージはさっきマザーが強襲して来た時も阻害されなかったから、全員がファイアライズした今、もう部隊の皆がマザーの攻撃を受ける事は無いと考えられる状況……ここでエリーが言った。
「わたしがファイアブラスターを撃って様子を見ます……他の皆はその後でお願い」
ファイアブラスターが有効なのは判明したけど今も集合を続けるマザーの水色の炎の総量を果たして削り切る事が出来るだけの威力が今の皆にあるのか……慎重に確認したいけどファイアライズしたから何もしなくてもエネルギーは減って行く……もう撃つしかない。
「結晶化マザーの中心部を狙うように射角指定をしました! 機体の向きを調節して下さい」
サンディがエリーにそう言った。
マギアスの中に外部デバイスを持ち込んで視界に情報を表示したりするなどのアプリ支援をする技術は確立してるみたいで、今回も各々のパーソナルデバイスにアプリがインストールされてる。
さっきからユズが全然喋らないけど、この任務中はクルジュの演算処理を手伝う事に専念してるから無駄口叩く余裕が無い状態……さて他の皆のチャージ状況はまだまだだけど、チャージが終わったエリーはこう言い放った。
「行くよ……ファイアブラスター!」
その叫び声が響く瞬間までエリーの機体を容易く呑み込める程に膨れ上がった深紅の炎の球体は、自らの大きさを更に易々と上回る直径でマザー目掛け……紅蓮の極大ビームを解き放った。
コア状態になったと思われるマザーは全ての炎が集合し切るまで動けないのかさっきから位置が変わって無い……マザーもエリー目掛けて水色のプラズマビームを放って来たけど、トマトとミニトマトくらい規模が違ったので障害にはならなかった。
丁度マザーは額に兜のような部分が広がり強靭な顎と鋭い牙が並ぶ獣の姿を炎で成してたものが次へ変形しようとしてて……そこをファイアブラスターが直撃。
その顔面を覆うまでとはいかない巨大な炎の波動がマザーに直撃すると、その部分は結晶化して赤を帯びて行き……表面が砕けると炎は勢いのまま更に突き進む……。
「マザーのエネルギー反応の数値減少……攻撃、効いています!」
サンディが嬉々とした様子を露わにそう叫ぶ……やがてクルジュが最適と思われる攻撃箇所を計算し、エリーのファイアブラスターの出力が衰えを見せ始めた頃――
「俺達も行くぜぇえええ!」
他の3名がどの方向から撃つかの指示と調節も終え、マルスさんがもう少しで発射出来そうな時にそう叫び、先にマルティーさんとヴェネットさんが放った。
「ぷっぱなせー! ファイアブラスター!」
「燃え尽きろ……ファイアブラスター!」
エリーのファイアブラスターを浴び続けた事で、水色だったマザーの炎の集合体は赤熱部分が広がってて……そこはまるで赤く染まったかのよう。
そこから更にマルティーさんとヴェネットさんのファイアブラスターが加わると、マザーの総量は抉られて行き、赤い部分がより一層広範囲になって……やがてマルスさんが叫ぶ。
「ファイアブラスタぁああー!」
部隊の中で最もマギアスのエネルギーを持ち、一番温存してたマルスさんのマギアスによるファイアブラスターは先行2名分を越えているのでは無いかと思えるくらい圧倒的な規模だった……今やマザーの表面全てが赤熱してて抉られた場所からもその赤い染色は広がり続けてる。
やがて皆のファイアブラスターが減衰を始めたけどそこへマルスさんのファイアブラスターがマザーを貫通し、程なく計測してたマザーの赤熱率は100%を迎えた。
「マギアス出現解除までの各機予測時間……マルスさん80秒、マルティーさん72秒ヴェネットさん68秒です! ……あれ?」
そう報告してた私は最後の方で張り詰めてた声が急に解け、素の声が出てしまう。
私が読み上げたのはクルジュを通して情報ウィンドウに表示された内容……さっきまで4名のマギアスの操縦者がいたのに、ウィンドウには3名の名前にしか無くて、エリーの……エレスタ・コルテーゼの項目が存在しない……。
唖然とした気持ちを抱えたまま、私は呟くように誰に向けるでも無く質問する。
「エリー……は?」
もう一度、同じ発言をしそうな口の動かし方をし始めた時、ユズの声が聞こえた。
「ルーちゃん」
私の見てるウィンドウに3枚ある画像の内の1枚が表示されてたので捲る。
1枚目はエリーの機体が表示されてて画像の隅には生体反応が健在である事を示すマークがあって……2枚目はエネルギー切れでマギアスが消えると共に近場の足場である結晶化したマザーの表面に着地したエリーの姿があり、生体反応マークは健在。
3枚目の画像は宇宙服らしきものの一部が僅かに確認出来る画像で生体反応マークは今までと異なる……超高温であるマザーの炎にここまで近付けば宇宙空間での活動を想定した服は容易く蒸発するよね。
3枚目の画像の閲覧を終えると今度は動画が送られて来て、パスワード入力画面があるけど4桁2列の下段は入力すべき数値が書かれていた。
うん……分かった、ありがとうユズ……この動画を元にさっきの画像を撮ったんだね……そしてパスワードがあるのは私が動画を閲覧する意志があるかを確認する為だけに添えられたもの……。
「マザーデバウアーのコアに亀裂が走って行きます!」
あー……サンディ、ごめん……いま任務中だったね……ここから更にマザーに変化があるかもしれないよね……ちゃんと状況を観察してオペレーターの務めを果たさなきゃ……私じゃ大した戦力になれないけど戦うエリーの姿が見れて、エリーの戦いを支えられるから、こうしてオペレータしてるんだったよね……。
水色の宝石のように輝いてたマザーの結晶体はもうすっかり真っ赤で……ファイアブラスターを浴び続けた末、見るも無残に変形してて相当体積を減らしてる……。
「マギアス出現解除までの各機予測時間! マルスさん28秒、マルティーさん20秒ヴェネットさん16秒です!」
「地面に着地しておくか……」
「爆発する……のかな?」
「うーん、これで終わりなら間近で見たい気も……」
何だか、誰がどの言葉を発したのか分からなくなって来た……マザーの結晶がヒビ割れて行く音だけが頭に響く……あ、音が止んだ……画面を見る限り赤いまま砕けてるみたいだけど意外と音は地味だね……破片と言うには大きな岩と言えそうなのもかなりあるけど、何かそのまま蒸発して行ったような……。
そのあと皆大きな声を出してたけど多分何かに対して喜んでる声だと思う……元気だなぁ……何だろう……。
目の前の景色はちゃんと視えてるのに暗い闇を眺めてるような気分に襲われる……部隊の皆も管制室の皆も騒がしくしてる気がするのに、何も聞こえない……私そのものが暗闇に閉ざされて行くような気分だ……ねぇ、エリー――
私を照らしてよ……このままじゃ私、見渡す限り黒く染まった空間の中を独りぼっちで過ごす事になっちゃいそう……ねぇ、エリー――
私の傍に来てよ……真っ暗闇で心細いの……ねぇ、エリー……お願いだから……。
エリーの声でわたしは生きてるよって言葉を私に届けてよ……そうすれば私はこの暗闇から解放される……もう、時間の流れさえ感じ取れないの。
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