第4話 マザーデバウアー

「全員のエネルギー状況! マルスさん70%、エレスタさん77%、ヴェネットさん54%、マルティーさん48%」


 侵食されたスペースコロニーへの突入は成功し、マザーの反応は圧倒的だから何処にいるかは明らかで……居住空間になるはずだった広大なエリアの中央に、マザーはいた。


 概算表示されたマザーのデータを見たら胴体部分の体積だけで東京ドーム1.5倍分はある……それでも居住空間の広がり具合を感じるから、このスペースコロニーは首都規模の活動をしながら既に場所が判ってる資源星を目指す事が出来る代物だったわけだけど……完成する前にこうなってしまった。


「あれが……」

「マザー」


 マルスさんとエリーがそう呟いた。


 超巨大デバウアーは虫のような外骨格と外見を持つ外殻シェル、魚のような形状のヒレや尻尾のある遊泳フロート、主に肉食獣の外見を彷彿とさせる猛獣ビースト……それら3タイプの特徴全てを詰め込んだような姿をしていた。


 背びれのあるムカデみたいなものが脚無し頭部付きで何本も胴体部分に生えてるけど……これを触手とみなせば大きな頭が3つ、反対側に首の長い頭が7つあると言えそう。


 脚に関しては鋭い鉤爪が伸びた獣の足が大きな頭側に2本、首長側には節足動物の脚が見るからに強靭そうな肉付き具合で6本……2種類の脚はどちらも外側を向いてるから、どっちが前でもおかしくない。


 全体的に左右対称な形状だけど眼みたいな緑色部分の分布に関しては滅茶苦茶なのは相変わらず。


 大きな頭はデボン紀最大の怪魚ダンクルオステウスの顔を少し横長にした感じで、口の中で並ぶ牙は凄く立派で獣みたい……頭の上部が兜のように結構長く伸びてるけど、この形状は3つとも共通。


 反対側の7つの頭部の方はムガデ触手とかなり共通してるけど長く伸びた首が7本とも格段に太くて、額からは長い角が伸びてて頭部と一体化した形状で、ムカデ頭部の口と同様に上下に開いた口の中は鮫のような鋭い歯が並んでる。


「セリアくん。君が前居た世界ではこのような形をしたモンスターはいたのかね?」「こんなに複雑なの見るの初めてですよ……」


 司令官にそう聞かれ、私は呆れ声でそう答えるしか無かった……大きなモンスターが寝静まってるのを横目に皆で通過した事はあったけど、それでもこんなに途方も無いサイズじゃ無かった……これが、『マザーデバウアー』。


「ほんっとうにバケモンだな……まずは攻撃せずに様子を見るぞ」


 マルスさんがそう言ってたから30分後――


「全員のエネルギー状況! マルスさん69%、エレスタさん75%、ヴェネットさん53%、マルティーさん46%」


「たはー! どんどん湧いて来る雑魚たちの相手しながら戦うの大変だー!」

「コア持ち倒せば面倒な雑魚は掃除出来るけど、すぐに次が来るから放っておくのが無難かなぁ」


 私の報告にマルティーさんとヴェネットさんの発言が続く……マザーの出方や挙動を窺ってる間、他のデバウアーが部隊を引き連れて来て、その中にはコア持ちもいて残存エネルギーの大幅消費と引き換えに倒す事を迫られる。


 そんな状況を見て、この管制室のAI『クルジュ』はマザーのムカデ頭部が何度も熱線みたいに吐いて来るブラズマブレスを他のデバウアーに当てるよう私とサンディに指示内容を伝え、皆を誘導する事で今のところ消耗は抑えられてはいる……でも、マザーの戦闘データを収集して行く内に問題が判明……ここでマルスさんが言う。


「管制。マザーの再生能力はあれからどうなっている?」

「最初に遭遇した時を100%とした場合、現在のマザーの再生力――」


 そして私は更に告げる……現在浮上してる、この問題を……。


「100%……です」


 マザーがタイプ猛獣と同じなら、ブレスを吐く度に再生力が弱まって行く……それに従えば再生力は減ってるはず……だけど実際は端数切り上げじゃなくて、小数部の桁数をどこまで進んでも、ゼロ――


「マザーは内部でエネルギーをチャージした上で放出していると考えられます。大きなブレスを吐いた後はしばらくブレスによる攻撃は無いと見込めそうです」


 部隊の皆に動揺が走る中、サンディがそう発言した。


「そろそろ本格的に攻撃に転じたいところだな。ダメージを与え続けて再生力が弱まるといいんだが……」


 マルスさんが重苦しい空気を漂わせた口調でそう言う中、エリーが呟いた。


「じゃあ……あの首、落としてみる」


 そう言いながら大振りの剣を生成したエリーは叫んだってほどじゃないけど確かな力強さを感じるような声で……更にこう言い放った。


「レッドコード――マゼンタウェポン」


 そしてエリーが7本ある大ムカデの首部分の根元に向かい始めたのを見てヴェネットさんが叫ぶ。


「了解! クリエイトウェポン! ヘヴィマシンガン!」

「じゃあ俺とマリーは雑魚どもの露払いをする! 頼んだぞ!」


 マルスさんがマルティーの事をマリーと呼んで……その後はマルティーさんが狙った首の根元を銃撃で弱めて行き、空かさずエリーがマゼンタの剣で斬り掛かる。


 すぐに再生で塞がりそうになるけど、間髪入れずに同じ要領で追撃を繰り返し……ムカデ装甲を突破して内部の肉に到達してからは大分円滑に進み始め、遂に――


「マザーデバウアーの首の一部の切断に成功! 地面に……」


 サンディがそう発言。


 そのまま落下すると思った大ムカデ部分は次の瞬間、独りでに動き出して宙を遊泳し始めた……でも元の場所に戻る様子は無く、分離して行動するようになったと考えてよさそう。


 さてこの首が本体から一瞬で元通りに生えたら皆の士気はガタ落ち……ユズに頼んで再生速度の計測を準備……すぐに再生が始まったと思ったら首の根元部分を装甲で覆ってフタをした後、やっと首の方の再生挙動……その状況を見て、私は叫んだ。


「私個人の憶測ですが今ならマザーの再生力が低下している可能性があります……更なる追撃を早急に検討すべきだと思います!」


 マザーの再生力は支給性で今は欠損した首部分にその再生力を集中してるから、他の部位を破壊するなら今――


 そんな直感が過った勢いのまま言ってしまったけど、どうやら正しかったみたいでヴェネットさんが他の場所を攻撃した結果、再生力が約38%まで低下……サンディがその報告をするやエリーがまた力強い声で言った。


「畳み掛ける……レッドコード――ファイアウェポン」


 今度は生成したレムナントを炎状態にしてマザーの脚部分を鞭のような剣で集中的に攻撃し始めるエリー……隙を見てコア状態になったフラグシップも破壊して皆がマザーへの攻撃に専念しやすくなって状況は一気に攻勢へ……。


 マザーはあの巨体とは思えない速度で空中を動き回れるみたいだけど、クルジュの動作予測で回避も上手く行き、触手の方のムカデは何本も切断。


 切り離された部分は暫くは雑魚的の仲間入りしてるけど、マザーからの供給が無いからブレスは吐いて来ない……そんな感じでマザーへのダメージの蓄積は順調。


「全員のエネルギー状況! マルスさん61%、ヴェネットさん50%、エレスタさん44%、マルティーさん42%」


 私はそう報告したけど、エネルギーの消費も順調なんだよね……やがてマルスさんが言う。


「クリエイトウェポン! ヘヴィマシンガン……喰らいやがれぇええ!」


 今攻撃してる真っ最中の場所目掛け、全弾銃撃……それが終わった瞬間――


「マザーデバウアーの全身から高エネルギー反応! 全身が水色の炎へと変化して行きます!」


 そう私は報告……遂にマザーが結晶化し始めたんだけど条件ギリギリで結晶化させた場合のデバウアーは動き回って攻撃して来るし手間取ってると復活してしまう……そして今のマザーを瀕死まで追い詰めたとは思えない……サンディが叫んだ。


「マザーの形状、集合を待たず変化! 次々と形を変えて行きます!」


 デバウアーが結晶化する場合は大幅に体積が減るけど、それでも今回は東京ドームに入り切るか怪しい量の巨大な結晶が形成されるだろうね……マザーの全身から噴き出し始めた水色の炎は次々と集合し、見る見る体積を増やして行き……この段階から既に他のデバウアーと違った。


 至る所から流れ込むように集合して行く水色の炎は形状を絶えず変化させ、マザーの各頭部の顔だけでなく全てのタイプのデバウアーの顔へと次々と変化して行き、その目紛るしさは激しく暴れてるかのようにも思えたけど……。


 集合しつつある水色の炎の中から突然何かが飛び出し、自分が狙われてると分かったマルティーさんは回避に成功。


 蛇のような胴体と頭が噛み付こうとするかのように大口開けて伸びて来てたんだけど、その全体は水色の結晶……噛み付き損ねた蛇はすぐに炎となり、集合する炎の塊の中へと戻って行った。


「なっ!?」


 自分の機体サイズをひと呑みにするサイズの結晶体が、生き物のような形と動きで突然伸びて来たんだからか、ヴェネットさんが思わずそう叫んだ。


「管制! こいつがマザーのコア状態でいいのか?」

「セリアさん……どう思う?」


 マルスさんの質問をサンディがそのまま私に聞いて来たので私は見解を述べる。


「想定外の挙動を見せてはいますが、その判断でよいと思われます。あとは従来通りレッドコードによる炎で攻撃すればマザーの結晶体は撃破されるはずです」


 そう考えるしか無いんだよね……ここで黙って眺めてても回復が進んで、さっきの状態のマザーに戻ると考えるのが自然……すぐにマルスさんがこう叫んだ。


「出し惜しみは終わりだ! 総員、レッドコードで総攻撃! 最も効率的な攻撃方法の指示を頼む!」


 それに対し、すぐにサンディが言いにくそうな口調でこう答えた。


「全員でこの状態のマザーに……ファイアブラスターを浴びせる、で間違いない……です」


 炎状態になったマギアスが自らのエネルギーを集めて放つ極大のビーム攻撃……それが『ファイアブラスター』。


 レッドコードによる炎状態というのは、この世界の普通の炎とは違うみたいで……ファイアブラスターがどこまでの出力になるかは機体差が激しくて、その総量はマギアスを呼び出す際に使う『魔石』の大きさで推し量れる。


 この部隊の魔石の大きさは降順だとマルスさん、エリー……ヴェネットさんとマルティーさんは同じくらいで、それに次ぐリオーヌさんよりも私の魔石は小さい。


 今は皆のエネルギー状態が万全じゃ無いから最大出力が軒並み下がってるんだけど問題なのは今のエネルギー状況でファイアブラスターを撃てば確実にエネルギー切れになり、操縦者はこの空間に放り出される……その時、マザーが健在ならプラズマ化してる水色の炎の熱を浴びる事になり宇宙服じゃ到底耐え切れない。


 そんな状況下の中、私はオペレーターとしてこう発言するしか無かった……。


「現在の全員のエネルギー状況……マルスさん58%、ヴェネットさん49%、マルティーさん41%、エレスタさん38%です」


 次の瞬間と更に少しの時間……管制室と部隊の皆の間で、声を発する者は誰もいなかった。

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