あの日、海に捨ててきたもの

霜月秋旻

あの日、海に捨ててきたもの

「さあ皆さん、持ってきたゴミはきちんと持ち帰りましょうね!ここの海岸にゴミを捨てていった悪い子のところには、ゴミのオバケがやってくるそうですよ。わかりましたか?」


 先生の呼びかけに、元気に返事をする生徒達。どこの小学校だか知らないが、遠足でこの海岸を訪れたのだろう。その集団がいなくなると、さっきまで騒がしかった海岸が一気に静かになった。海岸に残っているのは俺とリサの二人だけだ。騒がしい小学生達が去ったことにより、さっきよりも、波の音がよく聞こえる。

「ゴミのオバケなんて、まさに子供騙しね。どうしたのタクヤ?今日元気ないよ」

 うつむいて黙々とカキ氷を食べる俺に、心配そうな顔でリサが声をかけてきた。

「そうか?」

「せっかくの久々のデートなのに、ずっと深刻な顔をしてるじゃない。さっきビーチサンダル失くしたから?それとも、別なことで、なにかあったの?」


 それから俺はしばらく黙った。言うべきか言わないべきか悩み、そして遂には覚悟を決め、俺はゆっくりと、口を動かした。

「…リサ、もう終わりにしたい。別れてくれないか…?」

 

 俺がそう告げると、彼女は手に持っていた炭酸ジュースの缶をその場に落とした。缶の口から、かすかに残っていたジュースが、彼女の涙のようにゆっくりとこぼれた。波は、押し寄せてはまた引いていき、それを繰り返す。どこか寂しそうな音を立てて。

「……そう…」

 彼女はなにも理由を聞かず、静かにそう答えた。まるで俺に別れを告げられるのを、薄々感づいていたかのように。もっとも彼女が涙ぐんでいるのか、どんな目をしているのか、彼女がしているサングラスに隠されてそれは見えなかった。それから俺は、彼女に謝罪の言葉を何度も告げたが、彼女はただ頷くばかりだった。そしてその場から、彼女は一歩も動かなかった。彼女が動き出すまで待ちきれず、俺は先にその場を去った。


 彼女が悪いわけではない。リサの他に、アカネという好きな女が出来てしまったのだ。そしてリサに対する恋愛感情が日に日に薄れ、ついには俺はリサと別れることを決意した。悪いのは、この俺だった。


 それ以後、俺がリサと会うことはなかった。



 それから九年の月日が流れ、俺はアカネと結婚し、実家から遠く離れた場所で娘と三人で幸せに暮らしていた。

 そんなある日の夜、奇妙なことが起こった。仕事から家に戻り、鞄を開けると、ジュースの空き缶やカキ氷の容器などの様々なゴミが、知らない間に入れられていたのだ。タチの悪い、誰かの嫌がらせなのだろう。しかしよく見ると、そのジュースの空き缶もカキ氷の容器も、数年前に既に製造中止になったものだった。最近捨てられたものではない。そんなものが何故、俺の鞄に入っているのだろうか。

 鞄に入っていたのは、ゴミだけではなかった。昔、海に行ったときに失くしたビーチサンダルや、見覚えのあるサングラスも入っていた。それを見た俺の頭の中に、だんだんと九年前の記憶が蘇ってきた。そう、ジュースの空き缶も、アイスの容器も昔、俺があの海岸で口にしたものだった。俺は気味が悪くなった。あの日だ。どれもこれも、あの日俺が、あの海岸に捨ててきたものだ。

 すると、俺の右の耳元でささやくように、背後から聞き覚えのある女性の声が、聞こえてきた。


 「なんであの日、私を捨てたの…?」


 その声に、俺はしばらく体を動かすことができなかった。冷や汗ばかりが出て、しばらくしてようやく、俺は後ろを振り向くことができた。誰もいない。下をみると、床に、白骨が散らばっていた。右手の部分が、俺の右足首を掴んだ状態で…。 



 そう、九年前のあの日以来、俺とリサが会うことはなかった。あるはずがない。九年前のあの日、俺が立ち去った後、リサはあの海で自ら命を……。




 あなたは海水浴へ行った時、自分達で持ち込んだものを、きちんと持ち帰っているだろうか?うっかり持ち帰るのを忘れてしまったもの、もしくは故意で置いてきたものなどは無いだろうか?もし心当たりがあるのなら、気をつけたほうがいい。さもなくば忘れた頃に……。

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