第26話 魔王と個別面談

 エイデンは、一抱えほどある紙束と向き合っていた。本日は年に一度の面談だ。城の会議室を整え、王自らが使用者として面談に臨む。


「次の者、中へ」


 開ききった扉の方へ声をかけた。すると、シエンナが訝しむような顔を引っ提げて、エイデンと向かい合う位置に着席した。


「あら。お相手はクロウ様だと聞いてたんですが」


「今回は、急遽私が対応することになったのだ」


「そうですか。また何かやらかしたのですね」


 図星である。というのも先日、エイデンは名槍ケイポークを衝動買いしかけたのだ。御用聞きのノルムには内密だと伝え、後は何食わぬ顔で過ごすという完璧な計画だった。しかし搬入時での「このケイポークはどこに持っていきやすか?」という一言で露見、報告はクロウの耳にまで届き、敢えなく返却処分となった。


 そして話はそこで終わらない。金銭感覚を身に付けるという名目で、マンツーマンによる労使交渉の場を押し付けられたのだ。一応は参謀部より2名の補佐を付けられているが、サポートというよりは暴走を止める役回りである。


「それはさておき、話に移ろうか。シエンナの俸給は月に2600ディナだったな」


「はい、十分貰えてると思います。だから昇給ナシで良いですよ」


 これはエイデンも予想外であった。腹の中では、3000まではと考えていた矢先の言葉である。思わず身を乗り出す程に、心の在処を尋ねてしまう。


「どうした、遠慮などするな。ルーベウスなどは倍額を要求してきたぞ。さすがに却下したが」


「俸給アップよりも、経費を増やしてくれた方が嬉しいですね」


「経費か。目的は何だ?」


「控え室をもっと快適にしたいなと。気軽に摘まめるお菓子だったり、暇潰しの本があれば皆も喜びますから」


「本か、なるほどなるほど。では、ドクロの書やら殲滅魔法大全などはどうだ? お前たちが求めるなら明日にでも……」


「そんな尖った本は要りませんよ。冒険活劇あたりの娯楽本が欲しいんです」


「そうか。残念だ」


 奇書を手に入れる口実は呆気なく失われた。落胆する姿は、真正面に座るシエンナからよく見えた。


「陛下は早く倹約を覚えるべきですね。またクロウ様に泣かれますよ」


「あやつ、最近は血涙を流すのだ。青白い顔でそれをやられると、あまりにも不憫でなぁ」


「浪費癖を止めたら良いんです。それと、話を戻しましょうか」


 それからはいくつかの質疑応答があった。個人的な目標、不便や不満などを尋ねていく。シエンナからは、やはり「頻繁に呼ぶな」と返されたのだが、エイデンは満面の笑みで却下。そこで面談は終了となる。


「さてと。次の者、中へ」


「ンーー。失礼いたしまぁす」


 現れたのはレーネだった。エイデンは少しばかり身構えた。というのも、この人物は何をするでもなく、毎日延々と歌うだけなのだ。よって評価が難しく、給与もとりあえず一般兵と同額を支払っている。今のところ、不満を漏らしたという話は聞かない。


「では始めよう。俸給は3200ディナだな。昇給を望むか?」


「ンーー、5000ディナを希望しますぅ」


「難しいな。それこそ小国のひとつでも陥とすくらいの功績が無ければ……」


 エイデンは手元の資料を斜め読みしたのだが、すぐに眼を見開いた。特記事項に『敵船団の撃退』とあるのだ。それも年間で5度にわたり、人族による襲撃を撃退させていた。


「お前は海で何をしているのだ?」


「ンーー。たまにですが、北西の海まで出掛けますねぇ。船乗りさんはお歌が好きなのでぇ、沢山の船が見えたら、聞かせに行ってますぅ」


「……それで、どのような結果になる?」


「皆さん大喜びでぇ、船ごと海に潜ろうとするんですぅ。イルカさんみたいで可愛いですよねぇー」


「そ、そうか。もう良いぞ」


 認識に大きなズレはあるものの、武功に違いなかった。もちろん評価に値する。


「昇給は認めよう。だが5000は高すぎる。参考までに聞くのだが、何か使うアテでも?」


「ンーー、最新の加湿器が欲しいのでぇす」


「カシツキとは何だ?」


「部屋の湿り気をぉ、いい感じにしてくれますぅ」


「湿り気を、いい感じに……?」


「我が一族はとにかく喉が命ぃ。日々改良されていく装置を手にするにはぁ、それなりの資金が必要ですぅ!」


「ふむ、そういうものなのか」


 この男、興味の湧かない物には酷くそっけない。先ほどの奇書云々の食いつき様とは別人である。もちろん、悪意がある訳でなく、少しばかり己に正直なだけなのだ。


「ともかく昇給はさせる。しかし、具体的な額面は相談を経てからだ。追って正式な通達を送る事にする」


「わかりましたぁ。なにとぞ、宜しくお願いしまぁぁーーすッ!」


「伸びやかに答えるな、密室だぞ」

 

 ちなみにその後、彼女は劇場の建設も提案した。日々の娯楽になるだけでなく、練習場所にも困らないという主張だ。ひとまず回答は保留とし、次の面談に移る。


 それからも順調に事が運んだ。概ねの給与が微増か維持に留まり、要望も現実的なものばかりだった。それらを取りまとめるうちに、エイデンはひとつの共通点を見いだした。


「ふむ……、皆は暇を持て余しているのか」


 本だの劇場だのと、提案自体に幅はあれど、目的は全て同じだった。何かしらの楽しみを切望している。酒と雑談だけで過ごすのも、そろそろ限界に近い。それは使用人や兵士だけでなく、城下に住む領民達にも言えることだ。


「しかしだ。何か建てるにしても、本を何百冊と取り寄せるのも、相当に金が要るだろうな」


 エイデンがチラリと隣を見ると、補佐役の男は心苦しそうに肯首した。わざわざ試算するまでも無いらしい。千人規模のものでと考えると、何か与えるだけでも凄まじい金額になってしまうのだ。


「さてと。どうにか安価で、手頃な方法を考えねば……」


 腕を組み、落とし所を探っていると、入り口の方が騒がしくなった。慌てたような足音が止むと、その代わりに激しい息づかいが聞こえる。眼をそちらに向ければ、今にも倒れそうなメイドがひとり。最後の面談者である。


「遅れて、申し訳、ありません! 色々と、忙しくって!」


「構わんぞ。息を整えたら座るように」


「はい、失礼、します!」


 エイデンは苦笑を浮かべつつ、資料を手に取った。シエンナと同期である彼女は、待遇面でも同等に処理されていた。


「さてユーミルよ。俸給の2600から増額を望むかね?」


「そ、そうですね。ほんのチョビッとで良いので、上げてもらえたら嬉しいなー、なんて」


「ふむ。具体的には?」


「ええと、本音を言えば、300くらいですかね。でもダメだったら10とかでも全然良いんです!」


 目立った功績の無い彼女にとって、やや足の出る額面だった。真面目な勤務態度は評価できるが、月々300の増額を求めるには弱い。


「とりあえず理由を聞かせてもらおう。増額分で贅沢がしたいとか、故郷に仕送りがしたいとか」


「あのですね、自費で本を出そうかなーって考えてまして。格安で請けてくれる所を見つけたんですよ」


「本だと?」


「でも費用が足りてないんです。今まで貯金はしてたんですけど、2万ディナもかかるので。だから、少しでも早く作れるように給料を……」


「待て、その話を詳しく!」


 彼女の話をまとめると次のようになる。事あるごとに『創作話』を周囲に聞かせていたのだが、すこぶる評判が良いという。そこで記念を兼ねて、形に残してみようと決めたのだとか。


 エイデンはさっそく仔細を尋ね、補佐の者に試算をやらせてみる。すると一般的な書物を手配するよりも、遥かに安上がりである事が分かった。装丁やら執筆料などを浮かせた為である。この結果を受け、件の『暇対策』が思い付く。


「ユーミルよ、これは提案なのだが、文筆業に挑戦してみないか?」


「はえ?」


「具体的には、今現在の仕事を全て中止し、その代わり数多の物語を書き綴ってもらう。皆の娯楽となるような、心踊る作品を量産して欲しい」


「えっと、あの」


「待遇についてだが、俸給はひとまず据え置き、取材などに生じた金は全額支給するとしよう」


「えっと、えぇっとぉ……」


「そうだ。人間世界について紀行文、もとい手記なども書いておくといい。魔界で売ったなら良い金になるだろう。その売り上げは製本代に充てよう。金が余った場合はお前の取り分に、不足するようなら国庫から充填する。どうだ、良い話とは思わないか?」


 あまりにも急な話である。当然ユーミルは目を白黒させてしまい、理解が追いついていないようだ。それでもエイデンは、渡りに舟とも言える名案を逃す気は無かった。


「聞け、ここが運命の分かれ目だ。文豪へと至る道を進むのか、それとも、一介のメイドとして生きていくのか。これ以上ハッキリした選択肢もあるまい」


 ここでようやく、ユーミルの瞳に自我が宿る。眼力は相手を射抜くほどに強く、さながら戦場を駆け抜ける勇士のようだ。


「やります、やらせてください! こう見えて私、ホラと捏造だけは得意なんです!」


「そ、そうか。まぁ程々に、様子を見ながらやると良い」


「いつから始めますか!? もう今からでも動きたいんですが!」


「分かった。他の者には伝えておくから、すぐに着手してもらって構わない」


「よっしゃぁーー! やったるぞーーッ!」


 ユーミルが大股開きで駆け出して行った。一応は面談の途中なのだが、そのような事はもはや些事でしか無かった。


 こうして、細々とした個人の趣味が、瞬く間に国家事業のひとつにまで急成長を果たした。スポンサーがついた事で、製本作業は即座に実行され、ユーミルの処女作は陽の目を見た。初版の上中下3巻セットは好評も好評。噂は瞬く間に広まり、貸し出し待ちが多数生まれる事になる。


 しかし、ごく一部からはクレームがついた。なぜならこの作品は、エイデンを主役に据えたメロドラマであったからだ。上巻はシエンナがヒロインの身分差の恋、中巻はナテュルとの壮大な悲恋。そして下巻では、登場する全女性を取っ替え引っ換えの大ハーレムという構成になっている。さすがに固有名詞は改変されているが、読み手次第では丸分かりという有様だった。


 それでもユーミルの情熱は留まる所を知らない。妄想はかつて無いほどに炸裂し、原稿は山のように積み上げられていく。最初は苦言を呈していたシエンナも、いつの頃からか諦めを覚えた。


 そして幸いにも、彼女の作風がエイデンの耳に届く事は無かった。彼は奇書や魔術書の類にしか興味を持たず、恋愛やゴシップには見向きもしないからだ。そのおかげで、未来の文豪は着実に実績を伸ばす事が許され、筆は今日も存分に踊り狂うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る