114.お茶を一緒に
神殿に帰還したわたしは、アルトさんに教えて貰いながら魔力で鳥を練り上げた。加減が分からずに力一杯やってしまって、わたしの体躯程もある巨大なものが生まれてしまったのはご愛敬。
わたしの後ろで笑いを堪えていたアルトさんに手伝って貰って、その鳥を手の平サイズにまで落ち着かせたら、薄紫の綺麗な鳥が出来上がった。その鳥に言葉を吹き込んで飛び立たせたわたしは、初めて行う鳥のやり取りに胸が熱くなったのだ。友人とのやり取り……そうだ、今度はレオナさんにお手紙を書いてみようか。
同日の午後、わたしは厨房の一角を借りてお菓子作りに励んでいた。
料理人さんに分けて貰った林檎を使ったケーキだ。生地にはバターと砂糖で煮詰めた林檎を角切りにして混ぜ込んでいる。型に流したら、バターと砂糖とレモン汁で煮詰めた薄切り林檎を、薔薇の花になるよう並べていって……。
ふわりと香るバターと林檎の匂いに誘われて、双子神官が厨房の扉から覗いてきている。その様子が二人そっくりで、思わずわたしは笑ってしまった。薔薇にお砂糖を振りかけてオーブンで焼いたら出来上がりだから、そうしたらお茶にしよう。あの双子神官は、出来上がって食べるまではここを離れないだろうから。
焼き上がった薔薇のケーキは、自分でも上出来だと胸を張れるほどだった。シロップを最後に塗ったら艶も出ていい感じ。
お皿とフォーク、紅茶も用意してくれている双子神官の働きっぷりに笑みが零れてしまったのも仕方がないと思う。
ヴェンデルさんにもお裾分け……と思ったら、ライナーさんが持っていってくれるようだ。……補佐官のライナーさんは、執務室にいなくていいのかな? なんて思ったけれど、深くは追求しないことにした。
アルトさんはどこに居るかなと探しに行こうかと思ったけれど、ふと思い立ってヒルダに飛ばしたように魔力で鳥を練ることにした。『食堂に集合!』と伝言を持って飛び立った鳥は、物凄い勢いで厨房を飛び出してしまった。
「んん、美味しい! 食べちゃうのが勿体ないって思うくらいに綺麗だったのに、これは食べない方が勿体ないですね!」
「中にも林檎が入っているんですね。これも甘くて美味しいです」
早速とばかりに食べ始めた二人。二人とも美味しいと言ってくれて嬉しいけれど、二人の一口がとても大きい。次はもう少し大きいピースに切った方が良さそうだ。
「おい、クレア」
わたしの飛ばした鳥の足を掴んだアルトさんが食堂に現れた。どことなく不機嫌そうだけれど、原因は逆さ吊りになっているその鳥だろうか。
「アルトさん、ケーキを焼いたんで一緒にお茶しましょう」
「それはいいが……お前の鳥が俺の頭に突っ込んできたぞ」
「いやぁ、随分な勢いで飛んでいったとは思ったんですよねぇ」
解放された鳥はわたしの肩にとまると、その体をゆっくりと光粒に変えていく。光はわたしの体に溶けていった。
「アルト様、早く食べないと無くなりますよ」
「無くなるのはお前達が食べているからだろう」
ライナーさんの言葉に苦笑しながらアルトさんがわたしの隣に座る。用意しておいたコーヒーを彼の前に置くと、その目元が少し和らいだ。
「アルトさん、どのくらい食べられそうです?」
「少しでいい。薔薇か、綺麗だな」
甘いものが苦手なのに付き合ってくれるのは律儀な性格だからか。それとも……なんて自惚れてしまいそうで、わたしは無心でケーキを切り分ける。
アルトさんが食べきれるくらいの大きさに切ってお皿に載せたついでに、残ったケーキを二等分にして双子神官のお皿に載せた。二人の表情が揃ってぱあっと輝くものだから、堪えきれずに笑ってしまった。
さて、わたしも頂こう。
一口大に切ったスポンジに林檎を乗せてお口に運ぶ。うんうん、美味しい。さすがわたし! 最近ゆっくりとお菓子作りもできていなかったから、何だか気持ちがすっきりした感じもする。わたしはやっぱり料理が好きなのだと改めて実感した。
「美味いな」
「それなら良かったです。次はスノードームみたいなケーキが作りたいですねぇ」
「食べたいです!」
「私も御相伴に預かっていいですか」
即座に反応してくれる双子神官に笑いながら頷く。大きく切ったピースもあっという間に二人のお口に消えていって、こうやって綺麗に食べてもらえるのは気持ちが良かった。
「アルトさんもその時は付き合ってくださいね」
「ああ」
そうは言っても甘いものが好きではないから、彼にはもっとビターなチョコレートを用意しようか。お酒の入ったチョコなんていいかもしれない。
そんな事を考えながらわたしもケーキを完食すると、レオナさんが厨房からケーキを持ってくるところだった。その後ろからはライナーさんがお菓子の箱をいくつも抱えているのが見える。隣のアルトさんが小さく溜息をついたのが聞こえて、わたしは肩を揺らしたのだった。
レオナさんとライナーさんがお菓子やケーキをテーブルに並べて、わたしが紅茶のお代わりを用意した時だった。
窓をすり抜けて黒い鳥が食堂へと入ってくる。それはヒルダの魔力を纏っていた。艶めく羽を優雅に広げ、わたしの腕にとまった鳥はヒルダの声で話し始める。
『クレア、元気にしているようで何よりだ。先日作って貰ったモーント様の一角獣のお陰で、オアシスの浄化も進んでいる。貴方達のお陰だ、本当にありがとう。それで、わたしに聞きたい事があるとの話だが……すまない、これより精霊の国に向かう予定なんだ。帰城次第連絡をする』
わたしが黒鳥の頭をそっと撫でると気持ち良さそうに目を細めた鳥は、その姿を霧散させた。指先にはまだ温もりや羽毛の柔らかさが残っている。
「うぅん、待ってるしかないようですねぇ」
「クレアさんは最近忙しかったですし、少しのんびりしたらいいですよ」
レオナさんがチョコレートケーキを切り分けてわたしに差し出してくる。それを両手で受け取ったけれど……大きい。お皿もピースも大きい。食べるけど。
「いつものんびりしているんですけどねぇ」
「ではもっとのんびりしたらいいですよ」
ライナーさんもそう言ってくれる。ケーキを食べるフォークが、いつのまにか大きいものに変わっている。
ぽん、と頭に温もりを感じてアルトさんを見ると、わしゃわしゃと髪を乱されてしまった。
「今は休むことだな」
本当にこの人達はわたしに甘い。甘いを通り越して過保護なくらいに。それでもこの優しさが、穏やかな雰囲気がすっかりと体に馴染んでいるのも本当で。
わたしは泣きたくなるのをごまかすように、ただ笑うばかりだった。
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