115.守りたい気持ちを、形に
「うん……さすがわたし、いい出来!」
わたしの独り言だけが部屋に響くのは、なんとも物寂しい。わたしは火鉢の横に厚地の毛布を敷き、そこに座って魔導具を作っていた。
夜も更け、お庭の灯りに照らされて雪が積もっていくのが見えた。しんしんと舞い落ちるような花びら雪。
わたしが今作っているのは、アルトさんに借りて結界を発動させてしまった腕輪の魔石だ。少し威力を控えめに魔力を流した碧石を、腕輪に嵌め込む。大きさは問題ないはずなんだけど、少しグラついているからこれはアルトさんに合わせて貰おう。
シュトゥルムの金ピカ鎧を吹っ飛ばしてしまったから威力は抑え目にしているけれど、結界を張るような事態が起きるなら吹っ飛ばしてもいいんじゃないだろうか。失敗したな、まぁいいか。
それからもうひとつ。
菜の花のような鮮やかな黄色の鉱石。それをオーバルの形に研磨してから、魔式を刻んでいったのだけど……これはわたしが独自で作った式なのだ。
アルトさんのヘアバンドに刺繍した式もわたしオリジナルのもの。それが上手く発動したのはわたしの自信に繋がった。
その自信が失われないうちに作った、今回の魔式は『転移』になる。この魔石を割るとわたしの居る場所へと転移が出来る。誰でも使えるわけではなく、グロムが魔力を使って割ると発動するようにしてある。これはそう、グロム用の魔導具なのだ。
守神が狙われている。
一度狙われたグロムだって、また襲われるかもしれない。そんな時にわたしのところに転移をすれば、少なくとも命を繋げる事は出来る。回復薬を持っていてもらうことも考えたけれど、その場を離脱した方がいいだろう。
魔石の上に穴を開け、そこに革紐を通す。細かい長さは人型になって調整して貰うとして……完成!
わたしは早速グロムへと念話を飛ばした。
火鉢にくべていた炭が、白くなってひとつ崩れた。
『主か』
「こんばんは、グロム。寝ていました?」
『いや、散歩をしていた。今日の月は冴え渡って美しい故にな』
「そちらは月が見えるんですね。こっちは雪が綺麗ですよ」
グロムの棲む山は、ネジュネーヴェの北にある。北の小国ルーランとの国境付近だ。
『して、どうした? 眠れぬのか?』
「魔導具を作っていたんです。グロムに持っていて貰おうと思って」
『我に?』
「ええ、いまそちらに飛ばしますね。……うまく飛ばせるといいんですが」
わたしは魔石に両手を翳し、目を閉じる。グロムとは念話で繋がっている状態だから、その所在を確認する事が簡単に出来た。
目を閉じているのに、大岩の上に座り月を眺めるグロムの姿が浮かび上がる。そこに向けて魔石を転移させると、グロムの目前にふわりと魔石が現れたのさえ目に映った。
『美しい魔石だな。首にかければよいのか?』
目を開け、ふぅと吐息を漏らす。うまくいって良かった。
「持ち歩くのに首から下げた方がいいかなと思ったんですが、グロムの着けやすい形でいいですよ」
『そうか。ではこのままで首に掛けよう。随分と複雑な式のようだが……』
「魔力を流してその石を壊すと、わたしの所に転移出来るようになっています」
『……ほう?』
「……緊急事態だけですよ」
わたしは不穏な気配を感じて、念を押す。
火鉢に目を落とすと、だいぶ炭が燃え尽きている。わたしは炭を足してから魔法で火を起こし、火力を強めた。
『くく、恋しい夜には慰めて貰おうと思ったのだが』
「はいはい、そんな時があったら言って下さいな。わたしの場所まで転移させますが、狼の姿でですよ?」
『ほう、呼んでくれるか』
「アルトさんと眠ってくださいね」
『……小僧とか』
げんなりしたようにグロムが声を落とす。それが無性におかしくて、思わず笑ってしまうとグロムも笑った。
「最近どうですか? 変な人が入ってきたりしていないですか?」
『我の山は問題ない。お前が助けた猟師が、村でも守神の重要性を説いているようだ。供え物が増えた』
「それはいいことですね。信仰が厚くなると、グロムの力も増すでしょう?」
『そうだな』
「……こないだ、シュトゥルムに行ったんです。森で魔物に襲われた人達を助けたんですが……その森は澱みが酷くて。守神の姿も最近は見ていないと、その人達が言っていました」
自分でも驚くほどに声が暗かった。
『守神が討たれたか』
「大きな鷹の姿をしていたそうですよ」
『……シュトゥルムの南か?』
「ええ、そうです」
『そうか。……やつも死んだか』
憐れむような声だった。物寂しげな、小さな声。
わたしはそれで失言に気付いたのだけど、わたしが謝るよりも先に口を開いたのはグロムだった。
『主が気にすることではないぞ。いつかは我の耳にも入ること』
「……すみません、グロム」
『謝るでない。その森は澱みが広がり、穢れて、魔物が溢れる場所となろうな』
「ねぇ、勇者が魔物を創造していた事を覚えています?」
『無論。我が屈辱の記憶だな』
「ふふ、わたしもですよ。マティエルにいいようにやられちゃいましたからね」
西方神殿近くの遺跡。
そこの地底に溜まる穢れを使って、魔物を創造していた勇者。
「守神を狙っているのが勇者だと、言い切るわけではないのですが。……あの魔物を創造していた勇者は、守神を狙う人と同じことをしていますよね?」
『そうだな。どちらも魔物を増やし、世を乱そうとしているな』
「勇者とその守神を狙う人と、全く無関係って事にはならないと思うんです。だって、あまりにもタイミングが良すぎるもの」
風に煽られて窓が揺れた。
そちらへ視線を向けると、先程まではなかった風が吹いてきている。強く、強く。
窓へ近づき、厚手のカーテンを閉める。間際に見た雪は風に流されていた。
「いま、勇者の事とか色々調べているんです。詳しくわかったら、グロムにも知らせますね」
『うむ。主、重々気を付けるようにな』
「ありがとう。ではそろそろ、おやすみなさい」
『いい夢をな』
念話が途切れると、近くに感じていたグロムの気配も消えた。
少し冷えた手を暖めようと、火鉢に手を翳す。熱はしっかり感じるのに、体の芯が冷えているようだ。これはもうお布団に入って、寝てしまった方がいいかもしれない。
きっと色々考えてしまうだろうから、違うことを考えよう。
明日は何のお菓子を作ろうかな。それともお買い物に行こうかな。
部屋の明かりを消すと、火鉢に残る炭だけが赤く煌めいた光源となる。
わたしはお布団に潜り込むと、冷えたシーツに体を震わせた。丸くなって目を閉じると、疲れていたのかわたしの意識はあっという間に落ちていった。
優しい夢の中に。
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