54.今日も今日とて人助けー雪山の狼④ー

 守神が高く遠吠えをする。するとその体が金色に輝き始めた。

 瞳と同じ、美しい金色の光。


『娘よ、我に名を付けぬか』

「え? それは……この唐突さだと、なんだか非常に嫌な予感がですねぇ……」

「俺もそう思う。クレア、帰るぞ」


 アルトさんはなかなかに、守神に対して辛辣だな。一応神様なんだけど。


『そう言うな。難しく考えずとも良い。付けるなら、で良いのだ』

「そうですねぇ……グロム雷鳴でしょうか」


 守神を包む金色の光が、雷のようで美しかったのだ。それを見て思ったままに伝えただけなんだけど。


『うむ、良い名だ。我はグロム、汝の剣たる雷鳴なり』


 守神が鷹揚に頷くと、その体を包んでいた金光が糸となってわたしの右手と繋がった。


『これにて契約は完了した。……ふむ、娘は面白い能力を持っているな。その能力があれば空間を渡って、あるじの元へ駆けつける事も出来るであろうよ』

「はい? ちょっと待って、全然追いつけない」

「お前と守神が結んだ契約は、お前の能力と相俟って召喚契約となったようだな」

「いやいや! 意味がわかんないですってば!」


 アルトさんが冷静に言葉を紡ぐけれど、どうしてそんなに冷静でいられるのか。名前か、そこに呪が繋がってしまったのか。……迂闊過ぎて眩暈がする。

 慌てるわたしと対照的に、守神は満足そうだ。


『我の力を揮える能力を与えるつもりが、召喚となったのは至極愉悦よ。そなたが願えばいつだって駆けつけよう』

「ありがとうございます……?」


 守神を召喚獣扱いなんていいんだろうか。

 大体、召喚魔法なんて既に失われた古代魔法だ。今回は魔法での服従契約というよりかは、わたしの能力でそうなってしまったんだけど……。


『小僧よ、そなたにも我の力をやろう』

「いや、俺は……」


 有無を言わさず、守神の光がアルトさんの右手と繋がった。

 その腕に巻きつくような光は、一際強く輝いたかと思うと、アルトさんの腕に吸い込まれていった。アルトさんは目を瞬いていたが、何かを感じているのか口元に笑みを乗せる。


『どうだ?』

「悪くない」


 手をぐーぱーさせて、何かを確かめているようだ。先程までの拒否はどこへやら、満足そうじゃないか。順応性高くない?


『命を救われて礼も出来ぬようでは、守神の名折れよ。そなたらは大人しく受け取るがよい』


 正直、勇者との問題があるうえに、兄天使の影がちらほら見えるこの状況で、守神の力を借りられるのは有難い。攻撃魔法がからっきしなわたしは、足手まといになる一方だから。


「ありがとうございます、守神様」

『我の名はグロムだ。そなたが付けた名よ、遠慮なく呼ぶが良い』

「では遠慮なく、グロムと」

『我と番う気になれば、いつでも言うのだぞ』

「こいつは嫁にならないと言ってるだろうが」


 わたしが否定するよりも早く、アルトさんが口を開く。わたしはただ笑って誤魔化すばかりだ。

 見上げた空は陽も落ちて、夕間暮れだ。


「グロム、わたし達はそろそろ帰ります。……あの猟師はどうしましょう」

『そのままにしておけば良い。山で死ねば山に還るだけよ』

「そう、ですね……」


 それが自然の摂理なのだろう。

 でもこの亡くなった猟師にも帰りを待つ人がいるかもしれないから、出来ればその亡骸だけでも返してあげたいとは思う。しかしこの猟師はグロムを殺そうとしたわけで……うぅん、割り切れないな。


『クレアよ、麓の村は情に厚い者ばかりよ。吹雪もやんだ故、明日にでもこの男を探しにくるであろう』

「……わたし、そんなに分かり易いでしょうか」


 守神の慰めは、わたしの心のもやもやを飛ばしてくれるようだった。心を読まれるのは御免蒙りたいけれど、分かりやすいのかな。見れば守神だけでなくアルトさんまで頷いている。納得がいかない。

 でもそれならば、亡骸だけでも戻してあげられる。この人がした事は許せないし、亡くなったのも自業自得ではあるけれど……家族の事を思うと話は別。


『この者の記憶を探る。何故、我を狙ったのか分かるかもしれぬでな。何か分かったらそなたらにも知らせよう』

「そうだな、頼む」


 この男がどうして守神を殺そうとしたのか。それが分かれば、この言い知れぬ不安も少しは消えてくれるかもしれない。

 わたしは頷くと、グロムの頭にそっと触れた。滑らかな毛皮は手触りがいい。


「グロムも気をつけて。何かあれば呼んでくださいね」

『うむ、そなたもな。未来の伴侶よ』

「嫁にならんと言っているだろうが。行くぞ、クレア」


 グロムに触れていた手を、アルトさんに取られてしまう。これは転移をしろということだろう。確かにわたしも体が冷え切っている。帰って温泉にゆっくりつかりたい。


「では、また」

『ああ』


 わたしはグロムに手を振ると、意識を集中させて神殿へ転移する。空間が揺らぐ間際に見た空には、欠けた月が一つ浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る