53.今日も今日とて人助けー雪山の狼③ー

「先程までの吹雪で凍死してしまったようですねぇ。あの吹雪もあなたが?」

『意図したものではないがな。この山と我は繋がっている故、死の縁にて天候も荒れたのであろうよ』

「あの人は、あなたが守神様だと知っていて銃を向けたんですか?」

『左様。奴が放ったのは魔力を帯びた銀の弾丸であろう。普通の弾では我を傷付ける事など出来ぬ。山の動物を狙うだけなら、何もそんなものを使わずとも済むだろうな』

「うぅん……山が荒れると分かっていて、どうしてそんな事を……」

『我が死に、この山が荒れるなど些事よ。しかし理を外れ、これを意図的に行っている者がおるやもしれぬ』


 守神の言葉に、アルトさんが眉を寄せる。きっとわたしも同じ表情になっていただろう。

 その地の守護を司る守神達がいなくなれば、この世界は一体どうなるのか。人は恵みを受けられず、神々でさえその力を失うかもしれない。それを誰かが起こそうとしているなんて、考えるだけで空恐ろしい。


『他国でも守神が狙われていると聞く。山であり森であり海であり、場所は様々なれど守神が倒れたその地には魔物が溢れているだろうな』

「そんな……」


 なんだろう、嫌な予感がする。

 背筋に冷たいものを押し当てられているように震えが走る。それに気付いたアルトさんがわたしの背に手を当てて支えてくれるけれど、彼の顔色だって悪い。


『人の子らよ、そなた達も重々気をつけるがいい。計り知れぬ何かが起きている』

「そう、ですね……ありがとうございます」

『して、そなたらに礼をせねばならん。何を望む?』


 一転して声色を和らげた守神が問うてくる。その太い尻尾が機嫌よく揺れて、たしんたしんと雪原を叩いていた。

 わたしはコートの下、ワンピースの更に奥、胸元の水晶を覗きこむ。守神なだけあって、水晶は力強く輝いている。すごいな、これ。


「わたしは『生きたい』という願いから溢れる『生命の願い』という輝きを集めています。すでに守神様からはその輝きを頂いていますので、もうこれ以上は結構ですよ」

『それは我の意思とは関係なく、溢れ出るものなのだろう。それでは礼にならぬ』

「えぇ……でもこれ以上はねぇ」


 そう言われても困る。でも守神としても引けないのなら、山の恵みである木の実をいくつか貰おうか。

 アルトさんに助けを求めて視線を向けるも、この件で口を開くつもりはないようだ。口端に笑みを乗せている。

 ここはアルトさんがお礼を貰うべきじゃないだろうか。ただ働きになってしまうもの。……いつもか。



『では娘よ、我のつがいになるか』

「はい?」


 番? 番ってアレですよね? 夫婦的な。

 わたしが目を丸くしていると、守神はうんうんと頷いている。

 レオナさんに借りた恋愛小説だと、ある種族は番を本能的に求める……とか情熱的な事が書いてあったけれど、神様の場合はどうなんだろうか。


『我の番となれば娘も神の一端を担う事になる。それだけの力を与えられるのは悪くあるまい』

「こいつは守神の力を欲していないだろう」

『小僧は黙っておれ。それを決めるのは娘であろうが』

「番とは夫婦関係だろう。力の有無だけで決められないと思うが」

『ふむ、それもそうか。では娘が我に想いを寄せれば良いだけではないか? 我は娘を伴侶にしても良いくらいに好意を抱いておる』

「はぁ? それは一方的過ぎるだろう」


 うん、見事なまでにわたしは置いてきぼりだな。

 わたしの代わりにアルトさんが言い合ってくれているから、わたしは浮かび始めた星を数えて落ち着きを取り戻そうとした。恋愛ごとにも疎いわたしには、求婚なんて初めての事だったのだ。……求婚だよね? ロマンチックの欠片もないけど。

 というか初めての求婚が守神様って、珍しい経験してるなぁ。


 ……なんて現実逃避は、アルトさんに肩を揺らされた事で終わりを告げた。


「クレア、お前は守神の嫁になるのか?」

「なりませんよ」


 ついて出た言葉は、わたしの本音だった。

 そうだ、わたしはやっぱり恋愛をして結婚がしたい。恋愛さえした事がないわたしでは、いつの話になるか分からないけれど。夢を見るくらいいいじゃないか。


「守神様、お話は有難いのですが、わたしにはまだ使命があります。番となってこの山に留まる事も難しいですし」

『そうか、それは残念だが……そうだな。では我はつるぎとなろう』


 剣? なんだろう、不穏な響きだけれど……。


 思わず後ずさるわたしだけれど、守神は笑みを浮かべているようだ。狼の姿でも笑っているって分かるんだな。

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