51.今日も今日とて人助けー雪山の狼①ー
わたしは空間を大きく開いて、簡易キッチンを収納に押し込む。少し力を入れるだけで、自分で入っていくのだから簡単だ。
そしてしまっておいたコート類を取り出すと、それで支度を始める。わたしからコートを受け取ったアルトさんも、外に出る準備を始めた。
帽子も手袋もして、よし。
手を差し出してきたアルトさんに、自分の手を重ねて握るとわたしは意識を集中させて転移をした。行き先はきっと雪の中なのだろう。寒いなぁ。
案の定というか当然というか。
わたし達は猛吹雪の中に立っていた。
「寒いってばもう!」
「全く落ち着く気配が無いな」
わたしは先程と同じように、また二人に結界を張る。
さてさて、呼ばれているのはどこかな……まぁきっともう一人の猟師さんなんだろうな。
気配を探ったアルトさんが、わたしに目をやる。踏み出そうとしているその先に、『生きたい』と願っている人が居る。わたしは頷いて歩き出そうとしたけれど、わたし達の手はまだ繋がれたままだ。
「先程よりも足元が悪いからな。背負った方がいいならそうするぞ」
「いえ、これでお願いします」
そうなんだけど、助かるんだけど。さっき猟師さんに勘違いされた後だから、なんとなく気まずいのはわたしだけですか。アルトさんが気にしていないものだから、意識するのも馬鹿らしいと思って考えるのをやめた。
「……これは、もう死んでいないか」
アルトさんが戸惑った声を落としたのは、それから数分歩いた先だった。
確認しようとアルトさんの背後から身を乗り出そうとするも、振り返った彼にそれを遮られる。
「見ないほうがいい」
「え、そんなに悲惨なんですか?」
「そういうわけでもないんだが。……死人を見るには抵抗があるだろう」
気遣われている。
有難いけれど、いままでもこういう場面が無かったわけじゃない。
「でも、確認しないと」
そう言うとアルトさんはそこから避けてくれる。未だ手を掴んだままなのは、わたしが気絶でもすると思っているのかもしれない。気遣って貰って申し訳ないんだけど、そこまで可憐な乙女でもないんだ。
雪に半分埋まっているのは、目と口をこれでもかと開いた猟師姿の男だった。手にはしっかりと銃が握らされている。顔は青褪めているし、その瞳には光がない。
亡くなっている。
「わたしを呼んだのはこの人じゃないですねぇ」
「奥にある弱い気配の方か?」
「そうです。……この人はきっと『死にたくない』と思ったんでしょうね。行きましょうか。この人にわたしがしてあげられる事はありません」
冷たいけれど、それが現実。
アルトさんは小さく頷くと、身を屈めて男の目元に手を翳す。その視界を閉ざしてやると、またわたしの手を引いて歩き出した。
「『死にたくない』と『生きたい』とでは、願いが違うのか?」
「そうです。わたしに届くのは『生きたい』『生きていて欲しい』という生への願い。『死にたくない』は届きません」
猛吹雪で体が揺らぐ。結界を張っていなければ、わたしも遭難していたかもしれない。
わたしの声に、アルトさんが不思議そうな顔をしている。
「『生を肯定』するか『死を否定』するかですよ。わたしには『生を肯定』する声しか聞こえないんです」
「なるほどな。そう言われたら明確な違いがある」
これも両親の禁忌とわたしの使命に関する事なんだけれど、これ以上はまだ言えない。秘匿しておかなければならないわけじゃない。ただの、わたしの心の問題だ。
「あれか」
ぼんやりとしていたわたしの思考を遮ったのは、どこか固いアルトさんの声。
そこにいたのは、美しくさえある、白くて大型な狼だった。
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