43.影を消すには

 剣戟が響く。

 勇者の名は伊達ではないと言った所か。その剣筋には迷いがなく、美しい程だった。その赤眼に殺気を宿し、明らかに急所を狙って剣を奮っている。

 しかし相対するアルトさんは口元に笑みを浮かべるほどだ。楽しんでいるのかと見えるが、その眼は冷え冷えとしていて全く笑っていない。正直、怖いほどに。あんなアルトさんが切りかかってきたら、わたしなら死も覚悟するだろうというくらいに怖い。


「意外と遅いんだな。実体ではないから、本気が出ないのか?」

「減らず口を……っ!」

「これでも結構、腹に据えかねているんだ。うちの神官にやってくれた仕打ちも、あいつに向ける執着も、正直どれも鬱陶しい」


 淡々と言葉を紡いでいるが、その声も凍て付くほどに冷たい。

 寒いのは雪の中に居るからか、それともアルトさんの発する怒りにあてられているからか。思わず身震いして、自分の体を抱いた。

 そうして二人を見ていると、アルトさんの剣が早くなっている事に気付いた。今までは勇者の剣を受けて流しているだけだったのに、今ではアルトさんの攻撃を勇者が受けている。しかも勇者の表情に余裕の色はない。


「終わりだ」


 アルトさんは短く告げると勇者の首を撥ねた。その剣に一切の躊躇はなかった。

 影を依代としているからか、血が噴き出るような事はなかったけれど。


 夢では胴体が真っ二つ。この場では首が飛ばされている。……わたしは勇者の死に様を一番多く見ているんじゃないか……なんて割とどうでもいい事を考えていたら。



 勇者の首が生えてきた。



「影に実体はないという事か」


 アルトさんが冷静に言葉を紡ぐけど、何でそんなに落ち着いているのか。首が生えてくる光景は見ていて気持ちのいいものじゃない。

 肉が蠢き、盛り上がる。不気味なことこの上ない。


「君、強いね。これでも剣の腕に自信はあったんだけどな。君の言う通り、この僕には実体がないからね……何度やっても殺す事は出来ないよ」


 生えた首を馴染ませるように、勇者は首をぐるりと回す。こっち見んな。


 この状態は中々に厄介だと思う。

 わたしの影を依代としているんだから、ここで転移をしたら勇者も一緒に来てしまうだろう。


 そういえば勇者は何と言っていた?


 『出てくるまでに時間がかかった』と言っていなかっただろうか。そうだ、出てくるなら夢への干渉が失敗した時でも良かったんじゃないか。それが出来なかったのは、夢の中でわたしの影に呪しゅをかけた後に、呪いの術式を組むのに時間が必要だったか。それとも単に魔力不足か。

 依代に意識を映すのにわたしの魔力を奪っているくらいだから、簡単な術式ではないはず。永続的に発動する呪術でも、またすぐに発動できるものでもないだろう。


 考えを纏めている間にも、二人は剣を交えている。

 アルトさんは剣だけではなく体術も使って勇者を追い詰めているけれど、適応してきているのか勇者も負けてはいない。先程までの圧倒的な戦いではなくなっている。

 勇者は死なないし怪我もしない。何度殺されたとしても蘇る自信があるだろう。

 いくらアルトさんの方が強いとはいえ、終わりが見えない戦いを続けるには無理がある。



 考えろ。


 ……とりあえず退ける事を考えよう。影への干渉が残っていても、再度術式に力を注いで具現化するまでには時間がかかるはず。時間稼ぎにしかならないけれど、稼げるものはとりあえず稼ごう。


 ……影を消すなら、光でしょ。


 わたしは目を閉じて、自分の魔力を確認する。

 減ってはいるが、体を巡る魔力には澱みもないし充分な量もある。少しは回復しているようだ。

 目を開けた先では、いまだに二人が切り結んでいる。

 わたしは両手に魔力を込めると、光の玉を作り出した。小さいけれどその明るさは折り紙つき。これをあいつにぶつければ……!


「よいしょーっと!」


 我ながら気の抜けた掛け声だったと思う。その掛け声で勇者に向かって光の玉を投げつける。

 アルトさんの名前を呼ぶわけにはいかないので、あの掛け声も仕方がない。


 アルトさんは視界の端で光球を捉えると、大きく後ろに飛んで距離を取る。勇者も逃れようと飛ぶけれど、逃がすわけがないってーの!

 指をパチンと鳴らすと球は弾けて、その一帯を真っ白な光で包み込んだ。

 目を閉じていても分かる閃光。痛みさえ感じる眩さ。思わず両手で目を押さえるも大した効果はないようだ。

 その光が収まるのを待って目を開けると、そこに勇者の姿はなく、わたしの影もいつも通りだった。


「光か。よく考えたな」


 キン、と高い音をたててアルトさんが納刀する。わたしは結界を解くと、敷いていたコートを手に立ち上がった。


「もうほんっとうに気持ち悪いというか、しつこくていやー! 何様なんですかね、あの人! 勇者様ってか! やかましいわ!」


 苛立つわたしに苦笑して、アルトさんは頭をぽんぽんと撫でてくる。宥められている場合じゃなかった。


「アルトさん、これはただの時間稼ぎです。影にかけられた呪はまだ生きているでしょうから、術式に魔力を注げばまた干渉してくるでしょう。だからいまのうちに神殿に帰って、干渉を断ち切る方法を探さないと」

「そうか、では急ごう」


 転移をすると分かっているアルトさんは、わたしの手を取る。飛ぶだけの魔力も問題ない。わたしは目を閉じ、エールデ大神殿を思い浮かべた。

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