41.愁ーわたしの本当の目的ー
アルトさんは両親に挨拶をするよう、胸に手を当て頭を下げる。それが何だか嬉しくて、笑みが零れた。
「わたしが人助けをするのって、両親のためなんです。二人は禁忌を犯して、ここで眠りにつく事になってしまった。……本当はその存在さえ消えてもおかしくない程の罪なのに、ドゥンケル様を始めとする神様達がこうして守ってくれています」
「それだけの禁忌とは一体……」
「ふふ、それはまだ内緒です」
わたしは自分の口元に人差し指を添えておどけて見せた。正直、そうやってふざけていないと今にも泣いてしまいそうだったから。
「わたしが助けられるのは『生きたい』『生きていて欲しい』という、強い生への願いだけ。その願いを叶えて命を繋ぐと、その人達からは『生命の願い』が溢れるんです」
ワンピースの、胸元のボタンを外していく。
「おい、なにを……」
アルトさんの声が上ずっている。確かにいきなり服を脱いでいるとしたら、動揺もするだろう。だけどわたしが晒したいのは肌ではない。
わたしの胸元には虹色の水晶が埋め込まれている。
「これ。わたしの体に埋まっているんですけどね、これに『生命の願い』が溜まっています。これを溜めるのがわたしの目的。……わたしはただの善意で、人助けをしているわけじゃないんですよ」
自嘲に口端が歪む。
アルトさんが何か言いかけたが、わたしは首を振ってそれを遮った。
水晶を露わにしたまま、わたしは両親へ向き直る。水晶の前で両手を組み、目を閉じて祈りを捧げる。
どうか二人の罪をお許しください。
どうか二人の鎖を解いてください。
水晶が強く輝くのが、目を閉じていても分かる。
わたしの胸から立ち上った光の塊は、黒水晶に吸い込まれていった。
パキン、パキン……と澄んだ音がする。それを合図にわたしは目を開けた。
両親を拘束している鎖が三本、ヒビが入ったかと思うと淡い光を放ち、そして消えていった。
『三本か、よくやったな』
牢の向こうから夜神が声をかけてくる。
三本。確かに思ったよりも多かったけれど……まだまだだ。まだ両親を拘束する鎖は無数にある。二人が解放される時はまだ遠い。
胸元の水晶はすっかり輝きを失っている。またこれを満たさなければならない。あとどれだけの時間がかかるのか、わたしには予想もつかなかった。
いつもこの瞬間は虚無感に襲われてしまう。いつになればこの贖罪は終わるのか。禁忌の子であるわたしがそんな事を思ってはいけないのだけど、途方にくれてしまう。
呆然としているわたしを見かねたのか、アルトさんがわたしの胸元を直してくれた。ボタンを一つずつ丁寧に留めていってくれる。わたしはぼんやりとその指先を見ていたのだけど、頭をわしわしと撫でられて我に返った。
「すみません、ちょっとぼうっとしちゃって……」
「頑張ったな」
わたしを見つめるアルトさんの瞳はどこまでも優しい。その温かな東雲色に、泣きたくなってくる。それを何とか堪えて、わたしはにっこり笑って見せた。
牢から出ると、また夜神がしっかりと鍵をしてくれる。
これは両親を守る為の牢だからだ。
『また来年だな』
「そうですねぇ、来年はもっと鎖を壊せるように頑張ります」
『三本は今まででも一番じゃないか?』
「頑張ったって、褒めてくれてもいいですよ」
茶化して見せると夜神は眉を下げて笑い、わたしの頭をおもいきり撫でてきた。髪が乱れるんだけどなぁ。でもこの人は、両親がまだ家で暮らしていた時にも、こうやって頭を撫でてくれた。懐かしい思い出に胸の奥が締め付けられる。
「あ、そうだ。ドゥンケル様に聞こうと思ってた事があったんだった」
『何だ?』
「何で、父さん達って悪魔なんて呼称なんですか?」
『悪魔だからだが』
当然の事に言う夜神は首を傾げている。わたしも同じように首を傾げた。
「悪魔って、神様を貶して人を堕落させる存在でしょう?」
『そうだ。悪魔は混沌から生まれ、人を堕落させて混沌の中に沈ませようとする。……お前の父も混沌から生まれた悪魔だ』
「……堕落させる悪魔」
『俺はその悪魔を指導し、改心させて働かせている。改心しないものはそのまま悪魔の本能に従い地上へ出てしまっているがな』
「はい?」
わたしは思わず隣のアルトさんを見た。アルトさんも意味が分かっていないようで、戸惑いを隠せないでいる。
「悪魔を改心」
『そうだ。悪魔といえど心と知能を持つからな、話も通じる。そこで改心した者を俺の補佐官として、地底界と冥界の管理を手伝わせている』
「……福利厚生もばっちり」
『当然だ。退職してはいたが、お前が生まれた時にも出産祝いを出している。オスクリタの勤務していた冥界からで、俺個人とは別でな』
「わぁ、ほんとに手厚い」
予想以上に手厚い福利厚生だった。どうして父が冥界を退職する事になったのかとか、冥界についても色々聞きたいところだけど、そろそろ時間だ。
『また来年、オスクリタの事について教えてやる。だからしっかりやるようにな』
「はい!」
夜神が手を翳すと、足元に白く光る魔方陣が現れる。これに入れば、また月の泉に帰れるのだ。きっともう地上では朝を迎えている。
『お嬢。……お前の影に不穏な気配がある。充分に気をつけるようにな』
「へ? 影?」
『アルフレート、お嬢を頼むぞ』
「はい、もちろんです」
「え、ちょっと……影ってなんです?」
夜神はわたしの問いに答える気はないようだ。無表情の癖に、いまばかりは少しばかり口元を綻ばせて手を振っている。
「もう! ドゥンケル様、ありがとうございました!」
諦めたわたしも手を振った。来年は父の事で質問攻めにしてやろう。絶対にそうしよう。
魔方陣の輝きが強くなり、わたし達の視界が光で覆われた。
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