40.愁ー地底牢獄ー
石造りの廊下を歩いているのは、ほんの少しの間だった。
ここは複雑な作りになっているようなのだけれど、わたしは夜神に受け入れられているから真直ぐに玉座の間に導かれる。
「こんばんは。ドゥンケル様にお目通りを」
「いらっしゃいませ、クレア様。主がお待ちですよ」
玉座の間を守る兵士に声を掛ける。ここでもアルトさんの存在は気にならないようで、会釈までしている。……顔見知りじゃないよね?
思わず隣のアルトさんを伺うと、彼も不思議に思っているのか、その表情に戸惑いが載っている。
まぁいいか。兵士が開いてくれた荘厳な扉の先、そこには無骨な玉座に座る、濡れ羽色の髪をした夜神ドゥンケルがいた。
「こんばんは、ドゥンケル様。お久し振りです」
『久しいな、お嬢。して、その男は?』
あ、やっぱり顔見知りじゃなかった。ですよねー。
わたし達は揃って夜神の前まで進むと、頭を下げて挨拶をする。
「アルフレート=フライベルクと申します。クレア嬢の護衛の任を、エールデ様より賜っております」
『そうか、この娘の護衛は骨が折れるだろう。人一倍寂しがりやなのにそれを押し隠そうと――』
「ドゥンケル様までモーント様みたいな事を言うのはやめてくださいよぅ!」
何を言うんだ、この人は。わたしは慌てて夜神の言葉を遮った。
『照れずともいいだろうに。お前がエールデに保護されたのは聞いている。エールデで良いなら、俺の保護下でも良かっただろう』
「拗ねないで下さいよー。あ、こないだはお力を貸して下さって、ありがとうございました」
『アラネアの件か。あれくらい容易いから気にしなくていい……が、あの魔導具は見事だったな』
夜神はその無表情を少し綻ばせる。これは機嫌がいい証拠。
濡れ羽色の短髪に、漆黒の瞳。その頭には王の証たる冠が載せられている。装いは白シャツに黒ズボンと、仕立てはいいがシンプルなもの。それに纏う黒の長マントと王冠が、シンプルな服装になぜか似合っている。
「あの銀細工は、アルトさんが作ったんですよ。綺麗だったでしょう」
『ほう、中々の腕前だな。今度何か捧げて貰うか』
「有難いお言葉です」
いつもよりもアルトさんの言葉が固い。緊張しているのだろうか。そう思って顔を覗き込むと、表情も固かった。
「アルトさん、もしかして緊張してます?」
「……しないわけがないだろう」
「大丈夫ですよ、ドゥンケル様は優しい方ですから」
『冥界の王としては畏怖の対象になってもいいんだが』
「なに言ってんですか」
大袈裟に肩を竦めて見せるが、夜神ドゥンケルは懐が広くて情に篤い。ルールを作り、それに則った行動を好む人だ。
この地底界も冥界も、福利厚生がしっかりしていると、父が教えてくれた。
「さて、そろそろ向かうか。溜まったのか」
「ええ、ちゃーんと溜めてきましたよぅ!」
夜神は玉座を立ち、わたし達に手招きをする。それに従い歩を進めるわたしとアルトさんだが、彼は不思議そうに首を傾げるばかり。それはそうだろう、彼には何も説明していない。しかしこれはもう、直接見たほうが早いと思う。
「アルトさん」
「なんだ?」
「……あとでちゃんと、説明しますので」
「ああ。お前が話せる範囲で、話を聞こう」
逃げ道を用意されている気がする。この人はどこまでも優しい。
わたしは誤魔化すようにへらりと笑うと、夜神が発現させた魔方陣へと足を踏み入れた。
魔方陣が導くのは、神殿の地下。ひんやりとした空気が体を包む。
ここは牢獄。禁忌を犯した罪人が囚われる、戒めの場所。
しかしいま、この牢獄はあるひとつの牢しか使われていない。
わたし達はその場所へ向かっていた。
辿り着いた牢の鍵を、夜神が開ける。何の音もなく、鉄格子が横に動いて、入口が開いた。
そこに在るのは、黒く巨大な水晶。それに二人の男女が無数の鎖で縛り付けられている、異形だけが牢の中にはある。
二人の意識はない。死んでいるわけではない。ただ、永遠の眠りについているだけ。あの背中の水晶のお陰で、二人の生は繋がっている。
「……父さん、母さん、久し振り」
そう、ここで眠っているのはわたしの両親だ。
「……この人達が、お前の……?」
わたしの声に反応して、アルトさんが声を掛けてくる。わたしは笑って頷いたけれど、笑えていたかどうか。夜神が眉を下げたところを見ると、難しかったかもしれない。
「私の父と母です。禁忌を犯してですねぇ、ここに囚われているんですよ。囚われてっていうより、ドゥンケル様が保護してくれているようなものですけれど」
『俺は何も出来ていない』
「ふふ、ここで守って下さってる事は、ちゃーんと知っているんですってば」
わたしは牢の中に入って二人と向き合う。夜神に促されたようで、アルトさんも続いて入ってきた。
父は黒髪、黒い瞳。母は薄紫の髪に濃紫の瞳。わたしは母とまったく同じ色合いだ。閉ざされた瞼の下、二人のその優しい瞳を見ることは叶わないけれど。
顔立ちは父に似ていると言われていたが、わたしの記憶の中の父は結構目つきが悪かったと思う。二人とも美しくて、優しくて、仲睦まじくて、わたしを大事にしてくれる自慢の両親だった。
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