24.今日も今日とて人助けー娘の願い④ー

 キッチンに戻って、ポットに新しい紅茶を用意する。トレイにはアルトさん用のカップも載せて、空間収納からスツールを一脚取り出したところでアルトさんが近付いて来た。何も言わずに運んでくれるから、わたしはそれを追いかけるだけだ。

 ニーナちゃんのお母さんが握っていたカップをそっと取り、温かな紅茶で満たしていく。アルトさん用のカップにも同じものを注ぎ、スツールに座る彼の前に置いた。


「すみません、取り乱しました」

「気にしないで下さい。回復したばかりなんですから」


 自分のカップにも紅茶を注ぐ。立ち上る湯気を見ているだけで、温まってくるようだ。この家には暖房道具もないから、きっとニーナちゃん達は苦労をしているのだろう。


「いままで仕事は何をしていたんだ?」

「少しですが治癒魔法を使えるので、診療所で働いていました。ですが急に先生が行方不明になり、診療所は閉鎖になってしまったのです。……他に働き口も探したのですが、なんだか急に治安が悪くなって仕事自体が見つからないのです」

「なんだかきな臭いですねぇ」


 お医者様が行方不明。治安の悪化。国が乱れていく気配さえ感じる。

 こんな場所に幼いニーナちゃんとお母さんを残していくのは憚られる。


「ここはレイル王国で間違いないか」

「はい。王都の下町になります」


 アルトさんの見た街灯の紋様や、霞んで見えた王城は間違いなかったのか。


「この国を離れる覚悟はあるか? あんたの働き口と住居を提供してやれる」

「え、ええ……ニーナと共に暮らしていけるのなら、どこにでも行きますが……」

「ネジュネーヴェ王国の西方の町に、エールデ教が運営している診療所がある。人手不足だからすぐにでも雇って貰えるだろう。神殿が隣接しているから、そこに部屋を借りるといい」

「それは大変有難いお話なのですが、そこまでして頂く訳には……」

「お母さん、お話を受けた方がいいですよ。ニーナちゃんの為にもね」

「そう、ですね……」

「国を移る諸々の手続きは、エールデ教の者がやってくれるから任せるといい。上手く取り計らってくれるから心配いらない」


 お母さんは恐縮しているが、ニーナちゃんの為にもこの町を離れたほうがいいのは事実だ。ネジュネーヴェは王様の髪の毛がちょっとアレになる程に勇者に困らせられているけれど、エールデ教に身を寄せれば安全なのは間違いないのだから。


「準備が出来たらすぐに行きましょう。送っていきますから」

「でも、ここからネジュネーヴェまでの馬車がすぐ見つかるか……」

「わたしに任せてください。お母さん……今更ですが、お母さんのお名前は?」

「すみません、名乗りもせず。わたしはティアナといいます」

「名乗ってないのはわたし達もですねぇ。わたしはクレア、あっちの気のいいお兄さんはアルトです。さぁティアナさん、早速準備しちゃいましょう!」


 今更ながら自己紹介をして、ティアナさんを追い立てるように準備をさせる。いまだ戸惑うようなティアナさんだったけれど、それでも席を立って奥の部屋に向かった。

 さてさて、その間に片付けちゃいますか。


 使ったティーセットや、先程の食事で使った食器などを纏めてシンクで洗っていく。アルトさんが手伝ってくれるので、時間はさほどかからなかった。

 パンを入れていた籠もしまって、テーブルクロスとスツールもしまって。


「アルトさん、ティアナさん達を保護してくれてありがとうございます」


 大きく開いた空間収納にキッチンを押し込み、外したエプロンもぽいっと収納に投げてしまう。外していた剣を腰に携えたアルトさんがわたしにローブをかぶせてくれた。フードをかぶって金具を留めると、同じように彼も身支度を整えている。


「気にするな。ここに置いておくわけにもいかないからな」

「ニーナちゃん、喜んでくれますかねぇ」

「一番嬉しいのは、母親が助かった事だろうさ」

「ふふ、いい事すると気持ちがいいです」

「……お前は本当に、楽しそうに人を助けるんだな」

「はい? それがわたしの使命ですもん」


 なにを言っているんだ、この男は。

 それがわたしの使命である事は知っているだろうに。しかし、わたしが『対価』をしっかり受け取っている事を思うと、これは純粋な人助けといえるかは怪しいところ。それをアルトさんに話すつもりは今のところはないけれど。


 ちらと胸元を覗き込むと、水晶が輝いているのが分かる。こどもの願いは純粋だ。レオナさんを助けた時のように、輝きで満ちている。



「お待たせしました」


 小さな鞄を一つ腕にかけ、古びたコートを羽織ったティアナさんが現れた。後ろからはストールを巻いて眠るニーナちゃんを抱き上げて、アルトさんがついてきている。


「忘れ物はないですか?」

「はい、後は置いていってもいいものばかりなので……」


 確かにキッチンの調理器具などは、不要だろう。身の回りのものさえあればいい。それにこれからはお仕事に就いて、必要なものはその都度買い足せるだろうから。


「ではわたしと手を繋いでください。アルトさんはこれから向かう神殿を思い浮かべてくださいね」

「わかった」


 わたしの左手はティアナさんと、右手はアルトさんと繋がった。

 西方の町にある神殿。それはわたしの知らない場所だから、アルトさんに頼るしかない。目を閉じると瞼の裏に、美しい庭園と神殿が見えてくる。

 意識を集中させて、あとは飛ぶだけだ。浮遊感に、ニーナちゃんが小さく呻いたのが聞こえた。


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