23.今日も今日とて人助けー娘の願い③ー
アルトさん専用になった珈琲豆を適量挽く。立ち上る香りが心地よい。鼻をひくひくさせるニーナちゃんの側から離れたアルトさんが手を出してくる。
「代わろう」
「お願いします」
ちょっと力が要るので、代わって貰えるのは有難い。……というか、豆を挽くのはここ最近ではアルトさんの仕事になっているのだけど。
わたしは収納からサイフォンを取り出し、準備を進める。ろ過布を洗って絞ってろ過器につけてロートに設置。温めておいたフラスコにお湯を注いでランプに火を灯すと、豆を挽き終わった彼がサイフォンを見て表情を綻ばせた。
「出来たぞ」
「入れてくださーい」
お湯が沸騰した、いいタイミング!
一度火を遠ざけてからロートの中に粉を入れてもらう。フラスコにロートを差し込んで火を戻すと、砂時計を用意した。
「アルトさん、お鍋を混ぜていて貰えますか」
「分かった」
いまはサイフォンから離れられない。お鍋をアルトさんに任せると、お湯がロートに上がってきたので砂時計をひっくり返す。竹ベラで全体を攪拌させて層が出来上がるのを確認。よしよし、綺麗。
時計の砂が落ち終わると火を消して、また混ぜて……コーヒーが完全に落ち終わったら出来上がり! アルトさんのカップにコーヒーを注いで、お鍋の前の彼と交代する。
「ニーナちゃんと座っていてください」
「ああ、ありがとう」
アルトさんがテーブルに着くと、ニーナちゃんは身を乗り出すようにしてコーヒーの匂いを吸い込んでいる。うんうん、いい匂いだもんねぇ。
交代したお鍋の中では野菜がすっかり柔らかくなっていたので、牛乳を少しずつくわえて混ぜていく。焦げないようにかき混ぜて、とろみがつくまでかき混ぜて……塩と胡椒で味を調えたらシチューのできあがり。
それを深めのお皿に盛り付けると、カトラリーの入った籠と一緒にテーブルに向かう。
ニーナちゃんの前にそれを置くと、彼女の瞳がきらきらと輝いた。
「どうぞ、召し上がれ」
「……いいの? たべていいの?」
「もちろん。ニーナちゃんの為に作ったんですから、いっぱい食べてくださいね」
「ありがとう!」
にこにこ顔が眩しいなぁ。
アルトさんに食べるか問おうと顔を向けると、何も言っていないのに首を横に振られてしまった。言葉が無くても通じ合う仲ってか。
キッチンに戻って軽く片付けをしていると、奥の部屋からこちらを覗く女性と目が合った。不審な様子に警戒しているようだ。にっこり笑って手招きすると、おずおずと近付いてくる。
「ニーナちゃんのお母さん、お腹が空いているでしょう。シチューをどうぞ」
空気の読める男、アルトさんがカップを持ってテーブルを離れる。二人掛けのテーブルだからね。
空いたその席を勧めると、困惑したお母さんは言われるままに腰を下ろした。
「母ちゃん! おねえちゃんね、ようせいさんなんだよ! ごはんもとってもおいしいし、おにいちゃんもやさしいし、母ちゃんのことをなおしてくれてね! それでね! あのね!」
「ニーナ、妖精さんって……ええと、あなた方は……」
「まずはどうぞ召し上がってくださいな。魔力欠乏から復活したばかりですからね、いっぱい食べないと魔力を生み出せませんよ」
そう言ってお母さんの前にもシチューとカトラリーを用意する。パンもどうぞ、とにこにこ薦めると、空腹だったのかお母さんは素直にシチューを口にしてくれた。
「美味しい……」
「それはよかった。まだまだ沢山ありますから、お代わりも遠慮なく」
食べる邪魔をしてはいけない。
キッチンに下がると、シンクに腰を預けるようにして立っているアルトさんの隣で、わたしもコーヒーを楽しむことに決めた。
「ご馳走様でした」
「ごちそうさま……」
食事を終えるとニーナちゃんは、うつらうつらと船を漕いでいる。それはそうだろう、もう朝方にも近い時間だし。お母さんが心配で眠れていなかったみたいだし。
アルトさんはニーナちゃんの口元を拭うと、そっと抱き上げて奥の部屋に連れて行った。ベッドに寝かせてくるのだろう。
「あの、あなた方が助けてくださったと、ニーナが言っていましたが……」
「わたしはニーナちゃんの『生きていて欲しい』という強い願いに導かれて、ここに来ました。助ける術を持っていたのはわたしですが、彼女の願いが強かったからこそ、あなたを助けられたのですよ」
そう、わたしを導いたのはニーナちゃんの強い願い。
わたしはお母さんの前に温かな紅茶を出す。彼女はそのカップを両手で包むと、あたたかい……と呟いた。
同じ紅茶で満たされたカップを手に、わたしは今までニーナちゃんが座っていた椅子に腰掛ける。
「あなたは
「あの、魔力を食べるという……」
「そうです。あなたの原因は栄養失調からきているみたいですけどね。魔力を喰い尽くしたので、生命力を糧にしていたのでしょう」
「栄養失調が関係あるのか?」
いつの間にか戻ってきていたアルトさんが、壁際に凭れ掛って問うてくる。当然とばかりにわたしは大きく頷いた。
「
「お恥ずかしい話ながら、ここ最近仕事にありつけず、食事もままならない状態でした。ニーナにも辛い思いをさせてしまって……」
「食べられない事よりも、お母さんが居なくなってしまう事の方が、ニーナちゃんにとって辛い事ですよ」
「そう、ですね……」
ぽろぽろと静かに涙を落とす、ニーナちゃんのお母さん。わたしはエプロンのポケットからハンカチを取り出すと、それをお母さんに差し出した。受け取った彼女は涙を拭いているが、とめどなく溢れる涙は収まることを知らないようだ。
わたしは紅茶を一口飲んで、お母さんの気持ちが落ち着くまで待つことにした。遠くで鳥の声が聞こえる。夜明けの光が届くまで、きっとあと少し。
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