13.護衛との買い出し
わたしはアルトさんと共に、町に買出しに来ていた。
屋台で使う軽食の材料だとか、最近淹れる機会が増えて消費が激しい珈琲豆、あとはわたし用の細々としたものを少し。自分ひとりでも問題ない程度の買い物になる予定だけれど、護衛の任を母神から賜るアルトさんももちろんついてきている。
正直、買い物くらい一人で行きたいんだけど……。厚意を無碍に出来ないもので、荷物持ち兼護衛として来て貰っている。
「この町はとっても賑やかですねぇ。治安がいいのは、大神殿のお膝元だからでしょうか」
町行く人の顔も明るい。商品だって萎びた物がなく、新鮮さを保っている。それが適正な価格で取引されているのは、本当に素晴らしい事なのだ。
物珍しげに周囲を見回すわたしの隣を、荷物を片手に抱えたアルトさんが歩いている。どれだけ荷物が増えても右手を空けているのは、いつでも剣を取れるようにしているのだろう。こんなにも穏やかな町の中でも、彼は警戒を怠らない。
「ねぇアルトさん。まだお時間いいですか」
「構わないが」
「先日お仕事手伝ってくれたお礼と、今日のお礼! お茶しましょう」
「いや、礼など」
「いいからいいから! 行きますよぅ!」
どうせ、不要と続けるはずの言葉は遮ってやる。わたしはアルトさんの背後に回ると、その背中をぐいぐいと押して目をつけていた小粋なカフェへ足を進めた。
彼と一緒に可愛さ満開なカフェに入るのも面白いと思うけれど、それでは流石にお礼にならない。町を歩くだけでも彼の美貌は人目を惹くから、そんなお店に連れて行ったら婦女子の視線が突き刺さってしまうだろう。
先程歩きがてら見繕ったカフェは重厚な見掛けをしているし、きゃあきゃあ女子は立ち入りにくいと思う。
アルトさんが肩越しに困ったように笑う。本当に嫌ならもっと強く拒むだろう。それならば構わないはず。そう判断してわたしは更にぐいぐいっと押し進めるのだった。
わたしが選んだカフェは、やっぱり落ち着いた雰囲気で婦女子が好んで入る可愛らしい場所ではなかった。髭を整えた渋いマスターと、常連客のような壮年から老年の男性が数人。カップをソーサーに戻す音、本を読む頁をめくる音、話し声も囁き程度でこれは非常に居心地がいい。
味次第だけど、ここは通ってもいいかもしれない。そう思いつつわたし達は注文を済ませた。
コーヒーにも色々な種類があるけれど、わたし達は店主のお任せにした。どうせならとびきり美味しいものを飲みたいのだ。
芳醇な香りを立ち上らせる温かな琥珀と、お茶請けのクッキーがわたし達の前に並べられる。ごゆっくり、と渋い声で告げたマスターが静かに席から去っていく。うん、素敵。
「気を遣わせたな、悪かった」
「アルトさんには助けられてますからねぇ」
「護衛としては連れ歩いて貰わないと困るからな、お前が気にすることではないんだが」
「それでも気にしちゃいますよぅ。それに、こないだのお仕事の時はすっかりお世話になっちゃったので」
わたしの言葉に不思議そうに片眉を上げる。思い当たるところがないといったところか。
カップを口元に寄せ、ふぅふぅと少し冷ましてから口をつけた。これは……美味しい。ナッツのような風味が鼻から抜けていく。コク深くて苦味もキレがある。この豆欲しいな、売って貰えるかな。
目の前のアルトさんもその味に満足しているようで、その表情を綻ばせている。ヴェンデルさんのように流暢に言葉を紡ぐタイプではないし、口数が多いわけではないけれど、この人は結構表情豊かだと思う。
「ほら、おじさんに杖を作ってあげたり。山を降りるのにまた怪我をしたら困りますもんね」
「ああ……あれか」
合点がいったというように、小さく頷く。自分の前に置かれたクッキーの皿をわたしの方に寄せてくるあたり、やはり甘いものは好みではないようだ。
「あの場所にわたしひとりじゃないって初めてで。いや、あの人達救助対象がいるから一人じゃないんですけど、うぅん、難しいな」
「伝わっているから大丈夫だ」
いつも一人で命を救ってきた。
一人で準備をして、一人で薬を飲ませて、一人で食事を作って食べさせて。一人で見送り、一人で片づけをして……ひとりの家に帰る。
それが当たり前だったし、不満なんてなかったけれど。わたしは思っていた以上に人恋しかったようだ。
エールデ様にはそれが伝わっていたのかもしれない。だからあんなに押しが強かったのか……いや、あれは彼女の性格か。
レオナさんとお喋りしたり、女性神官と刺繍に励んだり、見習い神官と掃除に勤しんだり。どれも一人ではなかった。それがどれだけ楽しいことか。
「アルトさんが来てくれて、良かったです。ありがとうございます」
「そうか」
深くは聞いてこない、その優しさに甘えた。
「……お前の持っていたあの回復薬は、凄い効き目だな」
「あれはわたしの母が調合した特別製なんですよ。内部損傷も治して、修復と再生を助けてくれます」
「凄いな」
「多少の傷ならわたしでも塞いだり、痛みをとったりは出来るんですけどね。それだけだとやっぱり命を繋ぐのは難しいので」
アルトさんはカップを静かにソーサーに戻した。この人は本当に一つ一つの所作が優雅だ。一体何者なんだろうと思う。
それを問うのも不躾かと思って、わたしは心の片隅に追いやった。お茶請けのクッキーを一枚口に運ぶ。うん、これも美味しい。あのマスターが作っているのだろうか。萌える。
「治癒魔法も使えるんだな」
「でも攻撃魔法はだめなんですねぇ。火も水も風も起こせるんですけど攻撃の術式に転化出来なくて。でも結界を張るのは得意なんですよ」
「家に掛けた結界も見事だった」
「ありがとうございます」
褒められて思わず得意になってしまう。攻撃力はないけれど、それでも身を守る術は持っているのだ。
わたしの様子を見て笑ったアルトさんはまたコーヒーを楽しみ始めたので、わたしもそれに倣ってこの時間を楽しむことにした。
穏やかな、秋の午後だった。
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