12.妹神官とのお茶会

「それで、王様との謁見はどうだったんですか?」

「地獄絵図でした!」


 いま、わたしは自分に宛がわれた客間で、レオナさんとお茶会を開いている。可愛らしい苺と蔦が描かれたポットに揃いのティーカップ。山積みになったマカロンと様々なプチケーキ、チョコクリームを挟んだクッキーに一口大の檸檬パイ。

 お茶セットを用意したのはわたしだけれど、お茶菓子は全部王家からの献上品。昨日の謁見後のお土産に頂いたそうだ。


 目の前に座るレオナさんは濃灰色のトゥカラに緑の胸当て、ウィンプルといった女性神官服を纏っている。ウィンプルのこめかみ辺りには、金釦を中央に臙脂のリボンが飾られていて垂れる金糸に良く似合っている。


「地獄絵図って穏やかじゃないですねぇ」


 わたしは湯気立つ紅茶を、レオナさんのカップに注ぐ。次いで自分のカップにも注ぐと部屋の中が華やかな香りに包まれる。少し冷えた指先を温めるようにカップを両手で包むと、じんわりと熱が沁み込んで来る。


「どういった話になったんです?」

「国王陛下と宰相様しかいない席だったんで、わたしがされた事は包み隠さず。殺されかけた話もぜーんぶ丸ごと、そのままお話してきました!」


 うん、いい笑顔だねぇ。

 レオナさんは手元の小皿に、ぽいぽいとお菓子を山積みにしていく。助けた時にも思ったけれど、この妹神官は甘いものが大好きなようだ。しかし太らないのだから、なんだろう……糖分を神気に変換する技でも習得しているのだろうか。


「もちろんクレアさんの事は伏せましたよ。エールデ様が現れてお助け下さったと、そういう事になってます。エールデ様もお名前を出していいって仰ってましたので」

「ありがとうございます。でも王様方も大層慌てたことでしょうねぇ」

勇者クズの悪名やら苦情やら抗議やらは、陛下達のお耳にも充分過ぎる程に届いているので頭を悩ませてるみたいですね。私が最後に拝見した時よりも生え際がだいぶ……アレでしたもの」

「あらら、それはご愁傷様です。それでも勇者を咎める事は出来ないんですか?」

「勇者の血筋は伊達じゃないって事ですね。力だけでなくて、政治的な面でも、なんだか色々面倒らしいですよ」

「そうなんですねぇ……いっそ戦争もやめてしまえばいいのに、それも面倒な何かが絡んでいるんでしょうね」


 漏れる溜息はこの先の行く末を嘆いてのものではない。恐らくお詫びの意味合いも含んでいるのだろうが、レオナさん達がお土産で貰ってきたお菓子が美味し過ぎるのだ。これを全部食べると太ってしまう。


「それで、エールデ教としての方針も伝えてきたんですか?」

「はい、ヴェンデル様がそれはもういい笑顔で!」


 想像がつく。そしてそれを目の前にした王様達の恐怖までも想像がつく。


「エールデ教は今後一切、勇者とそのパーティーに協力をしない。ただそれだけなんですけどねぇ……中立を保っていたうちが反対派に転じたのは、陛下方にとっては厳しいものらしいですね」


 レオナさんは小皿に山盛りにしたお菓子をひょいぱくひょいぱく食べている。食べるというより吸い込んでいる? ちゃんと咀嚼しているんだろうか。


「実際、旅をしている時にエールデ教は中立ながらも支援してくれましたからね。もちろん私がパーティーの一員だったのも大きいんですが。宿として神殿も提供して歓待してくれましたし、金銭的な面でも助けてくれました。次の町までの拠点に出来ていたので、エールデ教がそれを担わないとなると、他宗教に頼む事になると思いますが……それも中々難しいでしょう。なんせヴェンデル様は、他の神々を奉る神殿にも今回のいきさつをお話しになったそうですから」

「うわぁ、それはまたエグい事を……」


 二人で顔を見合わせ、うふふふと笑う。

 勇者クズもそのパーティーの女共も、レオナさんを殺そうとした非道の屑ですからねぇ。わたしは彼女を友人だと思っているし、その友人に対する悪行は許しておけない。

 実際にレオナさんが復讐を願うならそれを手伝うつもりではいたけれど、関わり合いになりたくないというならそれでもいいと思っている。


勇者クズは、レオナさんが生きていた事を知ることになるんでしょうか」

「そうなるでしょうね。でもクズだってあんな仕打ちをしていて、私に接触しようとは思わないでしょう。プライドはバカ高い男だったので、謝罪だって出来ないでしょうし」

「口封じとかされません? 勇者がパーティーの僧侶を殺そうとしたなんて、大醜聞ですよぅ」

「さすがにそこまで愚かでは……愚かかな? でも陛下が勇者クズに処罰を与えないのですから、私への殺人未遂は罪に問われる事さえないでしょう。それもあのクズは分かっているのですよ」

「うぅん、勇者クズだけじゃなくて王様もクズですねぇ」

「はっきり言っちゃうクレアさんが好きですよ」


 そこまでして魔王との戦争をしなければならないのだろうか。

 これは侵略戦争だ。それも人間が侵略をしている側。そこまでして手に入れなければならないのは、領土か、力か。なんにせよ犠牲になるのは高い場所に座る奴らではない。

 くっだらないなぁ、本当に。


「まぁレオナさんに危険がないならいいですよ」

「気をつけなくちゃいけないのは、クレアさんですからね」


 そういえばエールデ様がそんな事を言っていたっけ。

 でもまぁなんとかなるでしょう。


 私は紅茶のお代わりをそれぞれのカップに注ぐと、話を変えて、最近の流行を聞いたつもりだった。それなのにレオナさんの口から紡がれるのは流行の恋愛小説の話題ばかりで、げろ甘で砂糖を吐き潰しそうになったわたしは、それ以上お菓子を食べられなかったのでした……。つらい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る