14.勇者パーティーとの初邂逅

 町歩きから戻ると、大神殿の前で門番と揉めている一行が居た。

 門番は手にしている槍を二人で交差させ、一行の侵入を阻んでいる。


 一行の先頭で門番に食って掛かっているのは、栗色の豊かな髪を高い位置で括った美女。胸を覆う布にプレートメイルを着け、腹部は露わ。腰周りにもプレートメイルを巻いているけれどその下はとても短いスカート姿。手甲と足甲も揃いの白銀製で、足甲は膝上まで覆っているけれど……あまりにも露出が高くないか。あれは逆に、一周回って防御力が高くなっているのだろうか。


 もう一人の女は白いローブを纏っているも、やはり手足が露出されている。というかあれはローブなのか?袖部分が無いので真白な腕が肩から露わになっている。フード付きの袖無しロングコートなのか。フードからチラ見えるスカートは白のミニ。お前もか。豊かな黒髪を背に流したその姿は、横顔からでも美しいのが分かる。ローブのポケットに両手をつっこみ、不機嫌そうに眉を顰めていながらも色気が溢れていた。


 一行にはもう一人、女がいる。またこの女もスカートが短くて、足を露出している。この一団には足を出すという規律でもあるのか。緩く巻かれたピンクブロンドを耳下でツインテールにしている。首元を黒のレースで覆ったワンピース姿だが、肩と腕は晒されて陽光に白肌が煌いている。腰周りからふわりと広がったスカートが太腿半ばで風に揺れ、ガーターベルトで留められた長靴下は膝上だ。少し幼いが可愛らしい表情を、やはり不機嫌そうに歪めている。


 女達の後ろでつまらなそうにしているのは、一行の中で唯一の男だった。

 長い赤髪をうなじで一つに纏め、背に垂らしている。冒険者のようで、黒いシャツの上から白銀の胸鎧を着け、揃いの篭手と足甲を装備している。肩から膝辺りまである黒いマントがすらりとした長身によく似合い、着衣してても分かる程好い筋肉のついた体。精悍な顔立ちからして、あれはきっとモテるのだろう。黒ズボンの腰に携えた金の装飾が美しい鞘に納められた剣は、神々しさを放っている。



「……勇者だ」

「え、あれが? 随分と露出の激しい方々をお連れですねぇ」

「支援が受けられない事は知っている筈なんだが。知っていて文句を言いにきたか」

「ええー、あれだけのことをしておいて、神経図太すぎでしょう」

「関わると厄介だ。裏手に回ろう」


 アルトさんの声が固い。

 右手に荷物を抱え直すと、左腰に携えた剣に左手を掛けた。利き手ではないがすぐに抜ける事を第一としたのだろう。

 荷物をわたしが持とうかと思ったけれど、それよりもこの場を離れるのが先だ。


 アルトさんに促されその場を離れようとした刹那、不意に此方を見た勇者の赤眼とばっちり目が合ってしまった。瞬間、怖気がたつ。

 目を瞠った勇者は何を思ったか、此方に向かって駆け出してきた。


「ちっ……!」


 アルトさんが盛大に舌打ちをして、左手でわたしの手を握るとその場から踵を返して走り出した。舌打ち? アルトさんがそんな事をしたのは初めてだが、彼の表情は嫌悪感に満ちている。


「待て!」


 後ろから怒声にも似た勇者の声が響く。追い掛けてくる足音が増えてきているから、お連れの彼女達も一緒なのだろう。

 どう考えてもわたしが足手まといだ。冒険者に比べて体力があるわけでも、足が速いわけでもない。体が訛らないよう体を動かしてはいたつもりだけど、所詮は町娘。冒険者に敵うわけがない。

 転移しようにも身を隠す場所が無い。もう少し走れば町に入れるけれど、それまで逃げ切れる自信は無かった。これ詰んだかな?



「すまないが、持ってくれるか」


 アルトさんがわたしを振り返り、片手に抱えていた荷物を押し付けてくる。それを受け取り胸に抱え込んだと思ったら、わたしの体は宙に浮いていた。

 アルトさんの片手が背中に、逆手は膝裏に。抱き上げられている。


「悪いが少し我慢してくれ。身を隠せたら転移を頼む」

「はいっ、それはもちろん!」


 確かにこの方が早いし、確実に逃げられるだろう。その証拠に、追いかけてくる足音が遠ざかっていく。……なんて安心したのも束の間、背後で魔力が膨れ上がった。


「ちっ!」


 まさかの本日二度目の舌打ちです。これはレアなものが見れたと喜ぶべきか、いやそんな場合ではない。それにわたしも舌打ちしたい気分!

 火球がアルトさんの足元に着弾する。奴ら、もうすぐ市街地だってのに火炎球ファイアーボールなんて撃ってきやがった! ありえん!


 アルトさんは背中に目がついているのかと思うくらいに、的確に火球を避けていく。爆風でわたしの髪が乱れる程に威力は強い。避けるアルトさんは涼しい顔をしているが(舌打ちはしたけど)、これは結界を張ったほうがいいな。そう思って指先に魔力を篭めるも、彼は首を横に振った。


「この程度ならよけられる。これ以上奴の興味を引かないほうがいい」

「これはわたしに興味を持って、追いかけてきているという事でしょうか」

「そうだろう。捕まれば侍べらされるぞ」

「うえぇ、勘弁してくださいよぉ……」

「心配するな、俺がお前の護衛だ。そんな事には絶対にさせない」

「頼りにしてます……」


 アルトさんが言い切ると本当に大丈夫だと思えるから不思議だ。

 それにしても身体強化をしている様子は無いのに、アルトさんの走る速度は落ちない。呼吸さえ乱れないし、楽々とお喋りまでしている。元々の身体能力だとしたら、スペックが高すぎやしないか。あとで落ち着いたら聞いてみたい。



 流石に町を目前にして、火炎球を撃つ事は出来ないみたいだ。町を囲う高い外壁が遠目に見えてくる。

 もう少しで逃げ切れる……なんて安心したのをせせら笑うように、殺気が走った。それを感じると同時にアルトさんが高く跳躍する。

 人間ってこんなに高く跳べるんだ……なんて、ぼーっとしてしまったのは現実逃避か。この高さなら町の外壁どころか民家の屋根にも飛び移れそうだ。本当に何なの、この身体能力。


「斬撃だ」

「斬撃ぃ?」


 着地したアルトさんはそのまま走り続ける。

 先程の攻撃は外壁に当たったようで、派手な音を立てて横一文字に亀裂が入った。

 アルトさんの腕の中から何とか首を伸ばして、肩越しに振り返ると赤髪の勇者が剣を抜いているのが見えた。斬撃が飛ぶなんてどれだけの使い手だよ。いや、それを振り返らずによける、この人もだいぶ規格外だと思うけど。

 というかあんなのに当たったら、死んじゃうよね……?


「俺を殺してでも、お前を捕まえるつもりらしいな」

「クズじゃないですかぁ!」

「今更だろう」


 そう言ってアルトさんは低く笑うけど、命の危機に晒されている割には余裕だと思う。アルトさんにとっては大したことじゃないのだろうか。

 でもその余裕が示す通りに、わたし達は無事に町へと紛れる事が出来た。気配を探るとまだ追い掛けてはきているけれど、アルトさんが狭い路地裏を縦横無尽に走るものだから見失ってくれたようだ。


「この辺りでいいだろう。転移を頼めるか」

「任せてください」


 意識を大神殿の自室に向ける。

 いつもの浮遊感に包まれて、わたしとアルトさんは無事に勇者ご一行から逃げる事が出来たのだった。


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