6.神官長との謁見

 双子の兄妹に連れて行かれた先の聖堂は、天井のステンドグラスが煌びやかで、壁や柱に施された装飾も麗しい素敵な場所だった。華やかなのに決して嫌味はなく、不思議と落ち着く場所。

 まさに聖域と呼ぶに相応しい、清浄な空気に満ちていた。



 神官が数人、壁際に控えている。

 男性神官が纏う神官服は膝丈まである濃灰色の詰襟で、同色のズボン。肩から掛けるストラの色が違うのは官位によるのだろう。これはライナーさんも同じ衣装で、彼の場合は更に額飾りをつけている。


 女性神官は濃灰色のトゥカラに、首から肩を覆って胸まで掛かる胸当てをしている。その色が違うのは官位だろうし、そこには母神エールデを奉る紋様が金糸で刺繍されている。ウィンプルも同色。髪は隠さずに出していていいようだ。


 少し高い場所に誂えられた、仰々しい椅子に座っているのが神官長なのだろう。白のアルバを纏い、掛けるストラは金と紫で織り込まれた権威の象徴。

 

 まだ年若そうな美しい男性だった。白銀の髪を結わずに腰まで垂らし、濃紺の瞳を眇めてわたしを眺めている。口端に笑みを乗せながら、わざとらしく値踏みするような視線を向けてくる。だがわたしはそういう視線に慣れているので気にしない。大体わたしは仮面をつけているのだから、表情もそこまで読み取れないだろうけれど。あれ、不敬にあたるかな? まぁそれも気にしない。


 神官長の後ろに控えているのは、従者兼護衛といったところか。

 群青色の短めの髪を幅広のヘアバンドで留めている。ヘアバンドには母神の文様。白いシャツに、肩からケープのようなフード付きのマントを羽織り、その立てた襟元で口元が隠れている。マントを留める金ボタンが、陽光を受けてきらりと光った。黒いズボンの腰周りには赤と黒の石飾りが留められたベルトが、幾重にも巻かれている。



 わたしを引っ張ってきた兄妹がその場に片膝をつくけれど、わたしは立ったまま。

 だってわたし、母神エールデにもこの神官長にも仕えているわけじゃないし。不遜な態度も気にしないようで、神官長は低く笑った。


「貴殿がクレア嬢か。此度は神官レオナが救われた。礼を言う」

「どういたしまして」

「貴殿の望みは紅茶缶と言ったな。用意はさせたが、それ以上に望みは無いのか」

「ありません。紅茶缶を頂けたらそれで充分です」

「欲のない事だ」


 いや、欲がないわけじゃないんですぅ。対価はもう充分に頂いているだけなんです。

 というかあの山積みの紅茶缶は、この人が手配をしてくれたのか。


「クレア嬢は空間能力に優れていると聞いた」


 ちらりとレオナさんを伺うと、誤魔化すようにへにゃりと笑う。美人だからって誤魔化せると思うなよぉ。


「レオナを責めないでやってくれ。あれも母神エールデに仕える身、私に問われて押し黙る事も出来ないのだ」

「それはまぁ、分かります」

「有難い。して、その件についてなのだが……」


 神官長が壁に控える神官達に目を向けると、一人の女性神官がわたしに椅子を用意してくれた。謁見中ですが座っていいの? 緩くない?

 彼女はそのまま他の神官達と共に聖堂から立ち去ってしまって、残されたのはわたしと神官長、神官長の後ろに従う従者、わたしの両隣を固める双子の兄妹神官だけだ。


「掛けてくれ」

「……では遠慮なく」


 遠慮なんてしない。出されたのだから素直に座る。お貴族様だと腹芸のひとつもあるんだろうけれど、生憎わたしはド平民。

 というか仮面をつけているのに、誰もそれを指摘しないの? 不審者だと思うんだけど。


「貴殿の能力は稀有なるものだ。悪用されるまえにエールデの名の下で保護をしたいと思うのだが……」

「結構ですー。わたし、信仰心が欠片もないので母神様にご迷惑が掛かります」


 きっぱり拒否すると神官長は可笑しそうに笑った。偉い立場だろうに、思ったよりもとっつきやすそうだ。

 不意に従者が、一瞬だけ天井に目を向けた。警戒している様子は無いけれど……なんだろう。身を屈めて神官長に耳打ちすると、神官長の笑みが深まる。


「クレア嬢も聞いたであろう、勇者の悪行を」


 隣でレオナさんが「勇者じゃなくてクズですよ」と呟いている。うん、お偉いさんの前でも全くブレないところは好きだよ。


「ええ、聞いています」

「貴殿は屋台の店主だと聞いた。店を開いていれば、いずれ勇者と出会うかもしれない。その時にエールデ教の保護下にあれば、勇者も手を出せないであろう」


 でもレオナさんはエールデの保護下にありながら、勇者に乞われて王命に逆らえず、出仕したんじゃなかったっけ?

 思わず首を傾げると、神官長はわたしの心を読んだかのようにニヤリと笑った。その微笑みはだいぶ黒いけど聖職者として大丈夫かな?


「ネジュネーヴェ王に抗議をする。大事な神官に対する悪行を許しておけぬ、エールデ教が勇者に協力をする事はこの先一切ないだろう、と」

「それって大丈夫なんです? よくは知りませんが、勇者は一応、人間を守る為として魔王の討伐を目指しているんですよね? その勇者に協力をしないということは、糾弾の対象になってしまうのでは」

「問題ない。この戦争を是とする者と否とする者は拮抗している。エールデ教としては中立の立場を取っていたが、それが反対派に転ずるだけだ」


 知らない話ばかりだ。

 もう少し社会情勢に詳しくないと、お店をやっていくにも困るかもしれないなぁ。


「母神エールデは母なる大地。魔王領とて基盤は大地。エールデ様にとっては魔王領に生けるもの達も、皆等しく愛し子よ」

「めちゃくちゃ懐が深いですね。……有難いお話なんですが、やっぱり遠慮します。しがない屋台の店主が勇者パーティーに巡り合う事なんて滅多にないでしょうし」


『それがそうでもないのだ』


 響く声は幼い。

 どこにもそんな気配は無かったはずなのに、ステンドグラスの真下辺りに急速に神気が収束していく。


 光が溢れ、弾けた後。その先に浮かんでいたのは、白銀の髪を波打たせた、緑の瞳が印象的な美しい子どもだった。


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