5.押しの強い双子神官
「な、ななななな……っ!」
「はい、到着ぅ。レオナさん、約束の紅茶缶くーださいなっ」
目の前には大神殿、の後姿。
さすがに正門前に転移すると門兵だったり人の目が気になるので、裏手の林に転移をした。騒ぎになるのは御免なのです。
わたしはポケットから目元を隠す仮面を取り出して付けた。そんなに派手なものではないんだけど、仮面姿は目立つ。だけども仮面に目がいって、わたし自体の印象は強く残らない。
「あなたは本当に何者なんですか……」
「だから、しがない屋台の店主ですよぅ」
「しがない店主が空間転移まで使えるわけがないでしょうに!」
「ああっ、声が大きい! どうか内密にしてください! 命の恩人の頼みなんですからぁ」
喚くレオナさんを黙らせる一手を使う。わたしの思惑通りにレオナさんは押し黙った。よしよし。
「……紅茶缶を用意するには少しお時間を。折角ですのでとっておきのものをご用意させて頂きたいので、どうぞ私と一緒に神殿の中へ……」
「いやですよぅ。そんな事言って、わたしを神殿から出さないつもりでしょ」
「そんなまさかぁ」
「ねぇー」
二人して顔を見合わせ、うふふふと笑う。
まぁ実際わたしは対価を貰っているのだから、ここで立ち去っても問題ない。レオナさんだって自分に起きた出来事を神官たちに説明するには、わたしがいた方がやりやすいというだけで悪意はない。
となると、もう逃げてしまってもいいな!
「させません!」
叫ぶとレオナさんはわたしの腕に、両腕を絡ませるようにして抱きついてきた。心を読まれた? いや待って、そんな事よりも、そのボリュームを主張するふたつの膨らみが押し当てられているんだけど。
これはわたしへのあてつけか? ないわけではない。ささやかなだけだ。売られた喧嘩はいつでも買うぞ。
わたしが内心で動揺していると、レオナさんはにっこり笑い、わたしを引っ張って神殿へと連れ込んでしまったのである。馬鹿力ぁぁぁ!
「貴方はレオナの恩人、ならば私にとっても恩人だ! 心より礼を言う!」
わたしは今、さめざめと涙を流す神官の前で遠い目をして座っている。目の前のテーブルには大量の紅茶缶が山積みになっていて、その向こうでは泣いているのに熱気さえ漂う神官。レオナさんはわたしの隣で、にこにこしながらしっかりと手を繋いでいる。
この様子だと、触れたものを一緒に転移させる能力に気付いているようだ。いま転移をしても、わたしはレオナさんを連れていくことになってしまう。
「いえ、もう……お礼は山ほど頂きましたので……」
先程から何度目のやりとりになるのだろう。そして比喩ではなくお礼の最上級紅茶缶は目の前に山積みだ。暫く買わなくて済むな。わたしの空間収納に入れておけばしけってしまう事もない。いやー、もう帰りたいんだけどな。
「非道の屑に殺されかけた、いや、貴方に会わなければ妹は殺されていたでしょう……!」
そう言ってまた涙をだばだばと流すのは、レオナさんの双子の兄である。名をライナーさんと教えてもらった。
美貌なのも兄妹らしく似ているし、金髪碧眼もそっくり。押しの強さも似ているな、これは。
「もう充分お礼はして頂きましたので……」
「いやいや、これでは私の気がすまない! どうだろう、暫くこの神殿に滞在して頂くというのは」
「いやいや、帰りますー! わたしもね、色々とやることがありますので。もう本当にお礼は結構ですので、どうぞ解放してくださいよぉ!」
「せめて夕食だけでもご一緒してくださいな。神官長様もお会いになりたいと言っていますし」
「そんな偉い人に会いたくないですー!」
宥めるようなレオナさんの言葉はわたしには逆効果だ。
別に褒められたくてやってるわけじゃないんだから、もうさっさと帰して欲しい。わたしはもう充分過ぎるほどに対価もお礼も頂いている。もう用事はないのだ。
――コンコンコン
響くノックの音に、きりっと顔を整えた双子の兄が返事をする。控えめに開けられた扉から入った神官見習いの少年が、まだ低く変わっていない声で用事を告げた。
「神官長様のお支度が整いました」
「そうか、それでは行こう! クレア殿!」
「行きませんよ!」
「そんな事おっしゃらずに、さぁさぁさぁ」
「やだ、なんなのこの兄妹! めちゃくちゃ力が強いんだけど!」
「ライナー様は武芸にも秀でておりますので……」
説明するように少年が口にするけど、そんな説明いらないよ!
かくしてわたしは神官長が待つという聖堂に、双子神官の手によって拉致をされてしまったのだ……。
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