4.今日も今日とて人助けー砂漠と神官②ー
食後の一杯、とばかりにコーヒーを入れる。わたしは自分で言うのもなんだけれど、紅茶もコーヒーも美味しく淹れられる。必要があれば東国の抹茶だって美味しく点てられるのだ。いまのところ需要は無いけれど。
「私は勇者様、いえ、あのクソ勇者に置き去りにされたのです」
「一応神官様とお見受けしますが、言葉遣い大丈夫かな?」
「クソにクソと言ったからって、エールデ神はお怒りにならないでしょう」
「ああ、大地信仰」
「ご存知でしたか」
「まぁ、軽くは」
彼女の言うエールデとは大地の神。
雄大で肥沃な母なる大地の神は、うん、確かに気性が穏やかだといわれている。それを崇める神殿も非常に穏やかな人々の集まりで、正直緩い。しかし、規律でがちがちな他宗教よりも信仰心が高いのだから、やっぱり人間とは締め付けすぎてはいけないのだろう。
「私はネジュネーヴェ王国にあるエールデ様を祀る大神殿にて、神官として仕えていたところをクソ勇者に乞われてパーティーの僧侶となりました。王命でしたので逆らえなかったというのが正直なところなんですが。……クソ勇者はクソの王様というくらいのクズでして、勇者の名を使って金品を強奪するのは当たり前、美しい女性が居たらとりあえずモノにする、贅沢三昧、パーティー内でも淫らな行為に励む……と本当に屑屑しいのですが」
「え、やだ。何その勇者。勇者っていうか人間的にどうなの」
「そう思うでしょう? しかし紛れもなく勇者の血筋であり、勇者にしか扱えない聖剣『ヴィントシュトース』を扱えるのです」
「いやぁ……恐ろしいですねぇ。して、パーティー内でも淫らな行為に励むとおっしゃいましたが、あなたは……」
「私はあんなクズと閨を共にするなら、クズ掃除してからこの身を散らします」
スン、と据わった眼で低く呟かれて、このわたしが思わず身震いをする程。ほんっとうに嫌ってるのね、うん、分かるけど。
レオナさんとわたしの前に珈琲で満たされたグラスを置く。砂漠はやっぱり暑いので、氷をたっぷり使ったアイスコーヒーにした。ミルクとシロップはどうぞご自由に。
「夜伽相手にならない事、振る舞いに異論を唱え続けた事、他にも様々な事が重なったのでしょうが、私は
「でも追放するだけで、あんな魔力欠乏を起こしたりしないですよねぇ」
「先の町で、
「勇者だけじゃなくてみんなクズじゃん」
「女戦士イディア、魔法使いリムル、白魔導師サーラ。彼女達は皆、
「あれでしょ、レオナさんを敵にしてパーティーを平和に保っていたとかってやつでしょう?」
「よくお分かりになりましたね。私がいなくなって、あのパーティーが一体どうなってしまうのか、まぁもう関係のない事なので勝手に崩壊すればいいなと思います」
ばっさりと切り捨てる様子に、一切の心残りはない。その気概に思わず笑うと、レオナさんは居住いを正してわたしに頭を下げてくる。んん?
「あなた様のお陰で、私の命は救われました。このご恩をお返しするだけのものを、私は持っていないのです。差し出せるのはこの体ひとつのみ。どうぞ私を自由にお使いください」
そんなことないんだよねぇ。さすが神官というべきか、信仰心の篤さのお陰か、かつてない程に水晶に光が集まっている。これはもう神官狙いで人助けをしたいくらいだけど、神官って普通は神殿にいるから、命の危機に陥ることってそうそう無いよねぇ。
「わたしが勝手にしたことですから、気にしなくていいんですよぉ。勇者がどんな人なのか教えて貰えて助かりましたし」
「それでは私の気がすみません!」
「うぅん……」
わたしはこの後、彼女を希望するところまで送っていこうとも思っているんだけど。このままだと、それにも恩義を抱かれそうで困るな。
「あ、ではひとつ対価を」
「はい、なんでも仰ってください!」
「レオナさん、この後はどうしたいです?
「それは……願えるのなら、大神殿に帰りたいですが……」
「では大神殿に帰りましょう。そこで、紅茶を一缶融通してくれないですか? わたしは屋台で軽食販売もしているんですが、そろそろ紅茶が切れそうなんですよねぇ。それを頂けると非常に助かります」
「それは一缶といわずにいくらでもご用意致しますが……でも」
「それがわたしの望む対価です。それ以外は受け付けませーん」
「なんと慈悲深い……」
いや、慈悲深いわけではないんだけれど。実際に本当の目的である対価は貰っているし、大体、人助けをする目的が『感謝』される為だからね!
「あなたはこの世に光臨された聖女様なのですね……」
「ただのしがない屋台の店主です! そんなのにしないで下さいよぉ」
「聖女様、どうぞ御身のお名前をわたくしめに」
「聖女って呼ぶのやめてくれます?」
「お名前を教えて下さいましたら」
この人は結構押しが強いな。
名前も年齢も不詳の不思議美少女でやっていくつもりだったんだけど。
わたしはすっかり氷の溶けたアイスコーヒーを一気に飲み干した。格好つけてシロップもミルクも入れなかったから口の中が大変なことになっている。
「わたしはクレアといいます」
「クレア様!」
「様はやめてください。ほんとに、切実に」
「……クレア殿」
「呼び捨てで」
「……クレアさん」
ここらが妥協点か。
わたしは溜息をひとつついてから、頷いた。それでまあいいでしょう。
「我らが母神エールデよ、クレアさんに出会えたのは貴方の思し召しでしょうか。この出会いに感謝致します」
レオナさんはその場で両手を組むと、何やら祈りを捧げている。別に神様の思し召しじゃないんだけど、まぁいいか。信仰に生きる人に何かを言うのは野暮にしかならない。
レオナさんが祈りを捧げている間に、わたしは空間を開いてテーブルやら何やらを片付けた。食器を洗うのは後でいいでしょう。
「これは……空間収納ですか?」
「使えるんですねぇ」
「空間収納なんて高位能力、初めて見ました。あなたはやはり――」
「聖女じゃないですよぅ。ではでは、行きましょうか。あなたの行きたい大神殿を思い浮かべてください」
わたしはレオナさんの手を握るとそう促す。不可解そうに眉を下げる彼女ににっこり微笑みかけると、その様子が解れる事はなくともわたしの指示に従ってくれた。
目を閉じると、瞼の裏に美しい白亜の神殿が映る。これが大神殿なのだろう。
わたしはその神殿に向かって、わたしとレオナさんを転移させたのでした。
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