3.今日も今日とて人助けー砂漠と神官①ー

 今日も今日とて人助け。

 ある日のこと、またもやわたしの勘が働いて転移したのは魔王領にある砂漠の一角だった。


 魔王が治める土地である魔王領。魔王の領地で暮らすのは魔族だけでなく、珍しいけれど人やエルフもいる。人の治める土地となんら変わりは無いのだ。

 ちなみに魔物は魔王や魔族とは関係ない。あれは土地の澱みや穢れから現れるものだからだ。



 魔王領で、わたしの助けを求めるような存在などいるのだろうか。魔王領は安定している場所だし、助け合いの精神が強いので魔族が孤立することも珍しいのだけど……。

 アレか。魔王と人間の戦争が関係しているんだろうか。聞くところによると人間側に非がある戦なんだけれど……下手に高い矜持は引き下がる事を知らないらしい。


 まぁわたしには関係のない話。


 とりあえず、今日もお店の準備をしますか。

 そう思ったんだけれど、弱々しい、今にも途切れてしまいそうな命の響き。

 これはお店で、その人が来るのを待ってはいられないみたいだ。そう思ってわたしはその場から駆け出した。




 それは案外すぐ近くの場所だったのだけれど、オアシスさえ蜃気楼の彼方に映るこんな場所で、この人は何をしているのだろうか。


 倒れている女が纏う白いローブの縁には、金糸で刺繍があしらわれている。ローブの中は神官服を軽装にした衣服。旅装束なのかもしれない。だいぶ傷んで薄汚れている。

 フードから覗く長い金髪は痛んでぱさぱさだ。顔色は血の気が引いて青どころか、最早白い。外傷は無い……魔力欠乏症だ。


 周囲に戦闘の跡はないけれど、どうしてこんなに命の危機に晒される程、魔力が枯渇しているのだろうか。とにかくこのままにしておいては、死んでしまう。



『生きたい』と声が聴こえる。生を望む、心の声。

 わたしが来たのだから大丈夫。



 わたしは彼女の手を両手で握ると、自分の魔力をそっと流し込んでいく。反発があってはいけないから、彼女の魔力に馴染むように沿うように、ゆっくりと。

 わたしの魔力が彼女を包み込み、満たしていくのがわかる。受け入れられたらもう大丈夫。魔力を注ぐ力を強め、回復を促していった。



「う、うっ……」


 呻く声が耳に届く。

 髪の先から爪先まで、魔力が行き届いたようだ。


「あなたは……神の御使いですか……」


 ぼんやりとした視線を彷徨わせていた彼女が、その視界にわたしを捉えて掠れた声で言葉を紡ぐ。その言葉に思わず噴出すと、わたしは首を横に振った。


「違いますよぉ。体を起こせます?」


 片手を空間に翳して、収納を開く。小さいものを取り出すだけだから、片手で充分。そんなに大きく開く必要は無い。

 収納からパラソルと敷物、簡易的なローテーブルを取り出すとそこに改めて彼女を座らせてやった。収納からまだ取り出す。水差しとグラス、昼食にと作っておいたサンドイッチだ。

 水差しとグラスに魔法で水を満たす。グラスには氷も入れるというサービスっぷり。

 彼女は両手でグラスを受け取ると水を一気に飲み干した。空になったグラスを水で満たし、サンドイッチを薦めると素直に食べ始めた。



「で、なんだってこんな辺鄙な場所で魔力欠乏症になんてなっていたんですか?」

「まずはお礼を。助けて下さってありがとうございます。私の名はレオナと申します。……先程まで、勇者パーティーにて僧侶の職に就いておりました」

「勇者パーティー」


 あらまぁ、これは大変な人を助けてしまったのだろうか。

 でもそんな勇者のパーティーに加わる事が出来るだけの実力者が、どうしてこんな場所にいたのか。どう見ても他に人陰は無い。一応、今更ながらわたしはこのテーブルを基点としてドーム状に結界を張った。魔力探知はこれでされないけれど、遅かったかな。まぁ仕方がない。


「それで、どうして……むぐ、わたしが……っぐ……」

「うん、食べてからでいいですよぅ」


 流石に名を述べる時は食事の手を止めていたのだけど、再度食事を始めると食べているのか喋っているのか分からなくなってしまった。うんうん、美味しいものを美味しく食べられるのはいいことだ。魔力を補ったとはいえ、自分でも生成しなくちゃ追いつかないもんね。それにはやっぱりよく食べて、よく眠るのが一番大事。


 結局レオナさんは籠一杯のサンドイッチを完食して、更にデザートのチーズケーキをワンホール食べ終わってから落ち着いた。

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