7.母神エールデ

 神官長が立ち上がり、上座からも降りて片膝をつく。従者も同じようにして頭を下げ、双子神官も同じように跪いていた。わたしは変わらず椅子に座ったまま。


『楽にして良い』


 その言葉に四人が顔を上げる。姿勢はまだ跪いたままだ。

 この幼い少女が、母神エールデ。母神でありながら具現化したのは、可愛らしい子どもの姿だ。


『んん……? 誰かと思えば……』


 わたしに気付き目を瞠ったエールデ様は何かを言いかけるも、わたしはそれを目で制した。旧知・・の仲ではあるが、いまここで関係性を知られるのは宜しくない。

 そう、わたしはこの母神エールデを知っているのである。わたしは、というより両親との付き合いがあったという関係なのだけれど。


『娘よ、お前はこのままだと勇者と関わる事になる』

「それは予知ですか」

『そうだ。そして関わればあの勇者の事だ、お前を侍らせようとするのは間違いないだろう。能力を知られようと、知られまいとな』


 まぁそれはそうだろう。

 自分で言うのもなんだけど、わたしは結構な美人であると自負している。緩く波打つ薄紫の髪は毎日のお手入れで艶々だし、少しキツめだけど濃紫の瞳が印象的で整った顔だと思う。胸のことは言うな、触れるな。


「わたしの能力でも、逃れられないのでしょうか」

『うむ、奴は魅了と呪いをも操る。お前が魅了に惑わされる事はないだろうが、隙を見せれば服従の呪いを掛けられるだろう。相変わらず呪い耐性の低い奴よ』


 関係性が知られるような発言すんな。

 でも確かに魅了耐性はあるけれど、呪いと毒には滅法弱いのだ。これはまずい。関わり合いになりたくはないけれど、生命の危機に陥って『生』を願われたらきっとわたしは行ってしまう。


『私の加護を有難く受けておけ。それが最善だ』

「ほんとに最善ですぅ?」

『本当だとも。あとはヴェンデルに任せておけば間違いない』


 ヴェンデルとは神官長の事だろう。美貌の神官長は両手を組んだ形のまま、大きく頷いている。


「お任せを」

『大人しくしている娘ではないからな。アルト、しっかり守ってくれ』


 アルトとは従者だろうか。彼も手を組み、跪いたまま頷いた。


「御意に」


 ちょっと待って。

 今の流れだと、あの従者にわたしが守られる事になってない? 守られるのは神官長でしょうが。


『クレア、お前の使命は私も重々承知している。だから大人しく神殿に篭っていろとは言わぬ。しかしその力が、おまえ自身が、勇者のものになる事を見過ごしてはおけぬのだ。わかるな?』

「……ええ、分かってはいますよぅ」


 ついつい、いつもの調子で言葉が崩れる。もうどうにでもなれ。

 多少不貞腐れた物言いになったのも否定しない。この母神の前で取り繕ったって、どうせ内心丸裸だ。


『愛し子らよ、汝らに祝福を』


 美しい顔をこれでもかと輝かせて、母神エールデは光の粒へと姿を消した。あの顔だとまた頻繁に具現化するつもりだな。


 しかしさすが母神。姿が消えても、神々しい気配がいまも聖堂を満たしている。



 誰ともなく、ふぅと息をついた。


「ということで、君は保護下に置かれるわけだけど」


 あれ、神官長の言葉も崩れてないか。

 わたしを振り返る神官長の表情がやばい。語彙もやばいけど、兎に角やばい。

 ニコニコしているけれど、あれは決して笑っていない。美人が凄むと怖いのだ。魔性じみたその表情に、一切の偽りが許されない事を理解した。


 だからここに来るのは嫌だったんだよねぇ。エールデ様の事だ、会いに来るのは分かっていたし。


「詳しく話を聞かせてもらうよ」


 神官長の言葉に拒否など出来るわけがない。

 目を逸らした先では兄神官が、逆を見ては妹神官が、それはもうニコニコしている。しかもレオナさんはわたしの腕をしっかりと掴んでいるものだから、転移も出来ない。詰んだな、わたし。


 かくしてわたしは、来た時と同じように双子神官に半ば引きずられていくのでありました……。


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