第69話 黄金色の祝福

「まぁ俺の究極転移呪文にかかればこれくらい楽勝さ。なにせ俺は異世界を救った勇者にして、世界でたった一人の召喚術士なんだからな」


 何度も召喚に失敗したことは隠して、俺はちょっとだけ格好をつけてみせる。


 いくら普段は情けない30過ぎの無職とはいえ。

 俺も男なので、こういう時くらいは女の子にいい格好をしたいのだ。


「その割には結構時間かかりましたよね? 30分近くかかってますよね? 声もかすれちゃってますし、察するに何度も失敗しましたよね?」


 はい、一瞬で見抜かれてしまいました。


 エリカは頭がいいもんな。

 かかった時間とか俺がやたらと疲弊していることを考えれば、すぐに分かっちゃうよな。


 でもさぁ?


「あのなぁエリカ、ちょっとは俺に格好くらいつけさせてくれよな? いや事実なんだけどな? こう、話の流れってもんがあるだろ?」


 今は俺のターンだったはずだ。

 「超凄いです!」って褒められるターン。


「もう、格好つけるなんてトールには必要ありませんよ」


「ちょ、おまえ酷すぎる言いようだな、おい!? そこまで言われると、さすがの俺も泣くぞ!?」


 格好をつけるのすら痛々しから止めて欲しいってか?


 たしかに俺は格好をつけるのとは対極にいる、陰キャ気味のライトなアニオタだけどさ?

 しかも勤め先が倒産して無職になってしまった30過ぎだけどさ?


 でもこんな感動の再会の場面でくらい、格好つけたって罰は当たらないだろ!?


「だってトールは普段から最高に格好いいんですもーん。わざわざ格好なんてつける必要は、これっぽっちもないんですよーだ♪」


「おふぁっ……!?」


 お、おおお前、なんて恥ずかしいことを言いやがるんだよ!?

 ドキドキし過ぎて変な声が出ちゃったじゃん。


「おやおや? 黙り込んでしまった上に顔がやたらめったら赤いですよ? もしかして照れてますか?」


「そりゃお前、照れるだろこんなこと言われたら。そうでなくたって今はなんていうかその、抱き合っちゃってるのにさ」


「だったらこんなことしちゃったら、トールはどうなっちゃうんでしょうね?」


「こんなことってなんだ――むぐ」


 俺がエリカの意図を理解する前に。

 エリカがうんしょっと可愛らしく言いながら俺の腕の中で背伸びをして――、


 チュッと。

 柔らかくて温かい『何か』が、俺の唇に優しく触れていた。


「ん――む――んん――」


 それが何か考えるまでもなく、エリカの唇が俺の唇に触れていた。


 時間にして5秒くらいだっただろうか。

 すぐにエリカの唇は離れていってしまう。


「えへへ、しちゃいました……」


「しちゃいましたって……だって、え、き、キスした……キスしちゃったの!?」


「嬉しさがブワッて溢れちゃって、ついキスをしちゃいました。すみません、嫌でしたか?」


 エリカがちょっと不安そうに上目づかいで見上げてくる。


「いやその、嫌ではないんだけど。人目が気になるっていうか……あと俺ファーストキスだったから、ちょっと心の準備ができていなかったみたいな?」


 チラリと周囲に視線を向けると既に黄金色の光は完全に失われており、浮かび上がっていた魔法陣も消えてしまっている。


 そして打ち上げスタッフの全員が全員、もちろん中野さんとヒナギクさんも俺とエリカに視線を向けていて――。


 俺、こんな衆人環視の中でエリカとキスをしちゃったの?

 っていうか今冷静になって考えてみると、俺こんな人が多いところでオリジナルの究極召喚魔法どやぁ!って何度も何度もやってたの!?


 なにそれ超恥ずかしいんだけど!?

 もし最後まで成功しなかったら、俺絶対に精神を病んでたよ!?

 特殊スキル・ヒキコモリが発動して、2度と日の光を浴びられない体質になっちゃってたよ!?


「大丈夫ですよ、わたしも初めてですから。ふふっ、わたしたち一緒ですね」


 そんな俺に、頬を染めながらエリカがふんわりと微笑んだ。


「お、おう……」


 くっ、なんだこいつ可愛すぎだろ。

 知ってたけど!

 めちゃくちゃ知ってたけど!

 超今さらだけど!


 しかもパチパチと中野さんが拍手を始めると、総合指令室内の全員が次々と拍手を始めて、さらには歓声まで上がり始める始末だった。


「トール、ここはトールが皆さんに締めのセリフを言う場面ではないかと思いますが」


 俺の腕の中からするりと抜け出たエリカが近くにあったマイクを取るとひょいっと手渡してきて、俺は反射的にそれを受け取ってしまう。


「ちょ、やめてくれ! そんな無茶振りを元平社員で現在無職のパンピーの俺にするのはよ!?」


 しかしそんなことを言ってももはや後の祭り。

 マイクを受け取ってしまったことで、いまや期待に満ち満ちた全員の視線が俺へと集まってしまっていた。


 それを無視することができなかった小心者の俺は、


「ええっと、みんなが力を合わせた結果、世界は救われました。ありがとうございました」


 小学生並の低レペルなコメントをなんとか捻り出しつつ、社会人時代に培った愛想笑いでなんとかこの局面を乗り切ったのだった。



 こうして俺とエリカの大活躍によって。

 超巨大隕石アーク・シィズの脅威は取り除かれ、世界は元の平穏を取り戻した。


 そして宇宙から無事に帰還したエリカと、エリカを召喚び戻した俺も、再び平和な日常を再開することになったのだった。

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