第61話 魔法陣

 その後。


「では行ってきますね」

「がんばれよエリカ! グッドラック!」

「もちです(*'ω'*)b」


 『H4X-105おおとり』に乗り込む予定のエリカは、発射準備が進むロケット発射台に向かい。


「ではわたくしたちは総合司令塔へ向かいましょう」


 俺と中野さんはヒナギクさんに連れられて、発射の指揮を行う総合司令塔へと向かった。


 これからエリカは発射準備が完了するまでに、ちょっぱやで操縦の仕方を覚えるのだそうだ。


 といっても『H4X-105おおとり』はかなり自動化が進んでいて、AIの補助などもあって、ロケットの操縦といってもそんなに難しくはないらしい。


 最近は自動車も公道での自動運転が実用化目前だって話だし、科学の進歩ってすごいよなぁ。

 この世界に来たばかりのエリカがいつも驚いているのも、無理はないよ。


 話を元に戻そう。

 急ピッチで組み上げられたという『H4X-105おおとり』は、既にロケット発射台に移動しており、今は最終チェックが行われていた。


(いくら操縦が簡略化されているといっても、エリカは今すごく頑張って操作方法を頭に叩き込んでいるはずだ。だから俺も、俺にできることを頑張ろう!)


 俺はそう意気込んだ。

 さて、これから発射までに俺にできることと言えば――しかし何もないのだった。


 俺はここでもやっぱり無力だった。


 種子島宇宙センターのスタッフ達があれやこれや忙しそうにしている中で、俺だけが隅っこで邪魔にならないように、用意された特別席に座っていた。


 ただ座っているだけだ。

 そりゃあそうだろう。


 文系出身の30過ぎ無職が、有人ロケットの打ち上げについてなにができるというのか。

 何もできないのが当たり前だった。


 世界の危機に直面してもなお突き付けられる、どうしようもない現実。


 自分の無力さに悔しい思いを噛みしめながら、それでも何かせずにはいられなかった俺は。


「すみませんヒナギクさん。折り入ってお願いがあるのですが――」


 俺と違って各部署と連携を取ったりと忙しそうにしていたヒナギクさんに、ごめんなさいと謝りながらお願いをした。


 そして大きな模造紙を用意してもらうと、床に広げてオリジナルの魔法陣を描き始めた。


 俺のオリジナル魔法陣はいくつかあるんだけど、これはエリカを召喚した時に描いた、俺の一番のお気に入りの魔法陣だった。


(俺が結果を出したことといえば、唯一これしかないんだ)

(狙ってのことじゃなかったし、エリカも強引に同居してきた押しかけ妻みたいなもんだったけど)

(それでもこの魔法陣は、間違いなく俺の人生を変えてくれたんだ)

(だから俺は俺の持つオンリーワンを、全力の想いと祈りを込めて描く――!)


 もちろん俺ももういい年だから、想いを込めれば結果が変わるなんて思ってはいない。


 この世界は果てしなくドライだ。 

 実際の力が伴わなければ、想いなんてものは甘っちょろい理想論に過ぎない。


 何の力も伴わない俺が、今まさに何もできないでいるのがそのいい証拠だ。

 

(でもだからといって、エリカが頑張っている間に何もしないではいられないんだよ!)


 エリカの成功を強く祈りながら、俺が慣れた手つきで魔法陣を描いていると、


「さすが教祖様ですね♡ アタリもつけずにフリーハンドで描いているとは思えない、とても精緻な魔法陣です♡ 昔から美術の成績が良かったりしますか?♡ もしくは魔法使いの家系ですか?♡」


 ここに来てから専属秘書のように俺にずっと付き添っていた中野さんが、描きかけの魔法陣を覗き込みながら感心したように言ってきた。


「いや、俺は美術の成績はあんまりだったかな」

「そうなんですか? 少し意外です♡」


「これは好きでやってるうちに自然と上手くなっちゃった系かな。あと俺はごくごく普通の一般人だから。実は魔法使いの家系だったとか、そういう隠された血筋的な要素はゼロだから」


 それにしても、異世界に憧れてオリジナル魔法陣を考えて描いてるうちに上達したなんて、俺のことを全部知っている環太平洋・秘密宗教結社『アトランティック・サモン』幹部の中野さんにだから言えるけど、一般人相手には恥ずかしくてとても言えないよな。


 完全に黒歴史だ。

 しかも未だに現在進行形という。


「好きこそものの上手なれ、ですね♡ ちなみにこれ動画撮影してもいいですか?♡ 環太平洋・秘密宗教結社『アトランティック・サモン』で教育教材にしたいんですよ♡」


 言いながら既に中野さんはスマホをこっちに向けていた。


「別にいいけど、これでいったい何を学ぶんだ? 純粋に疑問なんだけど……」


「教祖様の匠の技を正しく後世に伝えることで、次代の教祖様が教団内部から出てくるかもしれませんから♡」


「……そ、そう」


「あとは純粋にアキナが興味あるんです♡ 今度これを見ながらアキナも描いてみますね♡ もしよかったら、今度アキナの部屋で2人っきりで手取り足取り教えてもらえませんか?♡」


 すごく甘ったるい声で、上目づかいでおねだりするようにお願いしてくる中野さん。


「ふ、2人きりで?」


「はい♡ だって2人きりのほうが、集中できそうな気がしませんか?♡」


 いつにも増して甘ったるい声で脳をとろっとろに溶かしてくる人気声優に、逆らえるアニオタなどいるだろうか?

 いやいない。


「じゃあ今度一緒にやろっか……?」


 中野さんは別に他意はないんだよな?

 男女が部屋で2人きりになっても、間違いが起こったりはしないよな?

 やたら2人きりをアピールされた気がするけど、俺の気のせいだよな?


「やったぁ♡ その日のために準備しておきますね。あ、そうだ、異世界セクステットで使ってもらうっていうのもありかもしれませんよね!♡ なにせホンモノの召喚魔法陣なんですから♡」


「お、おう……。でもできれば教団内部でとどめおいて欲しいかな……?」


「もう、そんなに謙遜しなくても♡」

「決して謙遜してはいないからな?」


 黒歴史を全国放送のアニメで晒されたりしたら、俺の心は永久凍土に埋もれて凍死してしまいますよ?


「そんなことありませんって♡ 今度監督にお話しておきますね♡」


「いやあの……」


「環太平洋・秘密宗教結社『アトランティック・サモン』の総力を挙げて、教祖様の全国デビューを応援しますから♡」


「ああうん、じゃあまあそういうことで……」


 グッとこぶしを握ってキラキラした瞳で力説する中野さんからは、心の底から俺のためだと思ってくれているのが伝わってきて。

 俺は今までの人生同様に流されるように頷いたのだった。


 それにだ。

 今はそんな些細(でもないんだけど)なことより、エリカに想いを届けるためにも気合を入れて魔法陣を描かないといけないしな。


 もしかしたら奇跡的にこの魔方陣が役に立つときがくるかもしれないし。


 ……まあ来るわけがないよな、常識的に考えて。


 分かってる。

 うん、分かってる。


 だいたい魔方陣が必要になるってどんな状況だよ。

 とても想像がつかないよ。

 俺は大人なので現実と妄想をちゃんと区別できるのであるからして。



 そうしてしばらく中野さんに撮影されながら魔法陣を描いていると、


「トールさん、中野さん。そろそろ打ち上げの時間ですわ」


 ついにエリカが乗り込むロケット『H4X-105おおとり』の打ち上げの時間がやってきた。

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