第62話 『H4X-105おおとり』リフトオフ!

 俺の想いを込めた魔法陣は既に完成していた。

 今まででも一番の完成度だった。

 もちろん世界を救うミッションには何の役に立たないので、丸めてすみっこに置いてある。


 いいんだよ、俺はエリカに想いを届けるために魔法陣を描いたんだから。

 病は気から。

 病気が治るように祈って千羽鶴を折るようなもんだから。


 そして、


「302、301、300、299……」


 1時間ほど前から始まっていた発射シークエンスのカウントダウンが、ついに残りカウント300=5分を切った。


 それまでずっとコクピット内の様子がモニターに映し出されていたんだけど、急にエリカの顔がドアップになる。


「ではトール、行ってまいります」


 どうやらエリカが俺に、発射前の最後の挨拶するようだ。


「おう、がんばれよエリカ。ここで見てるからな。あんまり緊張せずに、適度に肩の力を抜いていくんだぞ。エリカならできる!」


「もちろんですとも。このわたしの『運命を偽る者、デスティニー・フェイカー』の力をとくとご覧に入れてみせましょう」


「ははっ、エリカの雄姿を楽しみにしてるな。ああそうだ、帰ってきたらまた一緒にくら寿司に行こうな。ビッくらポンもやろう」


「……そうですね。また一緒に行きましょう。前回は当たりがダブっちゃったので、今度はダブらないようにしないとです」


「? どうしたんだ?」

 なんとなくだけど、エリカが少し悲しそうだと俺は感じていた。


 ほんとなんとなく思っただけだし、一瞬返答に間があった以外はエリカの口調はいつもとそう変わらない。


 だけど虫の知らせっていうのかな。

 ああ言えばこう言うで、いつも即答でマシンガンのように言葉を返してくるエリカが、一瞬とはいえ口籠ったことが。

 俺はどうにも気になってしまったんだ。


「何がですか?」


「いや、なんかエリカが寂しそうな顔をしたように見えたからさ」


「それはきっと今からトールと離ればなれになってしまうからですね。地球と宇宙、未だかつてこれほどまでの遠い距離に引き裂かれた愛する2人はいたでしょうか。いいえ、いません。まるでわたしとトールは現代の織姫と彦星ですね♡」


「何を大げさなこと言ってんだ、終わったらすぐに戻ってくるんだからさ。あとさらっと織姫と彦星が出てくるとか、ほんと日本文化に詳しいよなお前……」


 それこそほんと今さらだけどな。


「いえいえそれほどでも――っと、話している間にそろそろ打ち上げの時間ですね」


 エリカと俺の会話はそれで終了し、モニターが再び船内の様子に切り替わる。


「風速2メートル、進路クリア、システムオールグリーン。最終カウントダウンを開始します。10、9、8、7、6――」


 ここにきて当たり前のように読み上げスタッフをやり始めた中野さんによる、最終カウントダウンが始まった。

 さすがは現役女子大生・人気アイドル声優、ものすごくクリアで聞きとりやすい。


 同時にモニター越しに見えるエリカの表情に緊張感が漂っていく。


「5、4、3、2、1……ブースター点火! 『H4X-105おおとり』リフトオフ! 鳳凰ほうおうの名を冠した希望の翼よ、どうか世界を救って下さい――!」


「『H4X-105おおとり』、遊佐エリカ、行きます!!」


 ほぼほぼ自動で打ちあがるらしいのに、そんなロボットアニメの出撃シーンみたいなセリフは必要なんだろうか?


 いやエリカのことだ。

 俺がそういうのが好きそうだ――とかそんな理由でわざわざ言ってくれたに違いない。


 はい、もちろん大好きです。

 出撃時の決めゼリフは男の子のロマンです。


 正直な話、俺も『H4X-105おおとり』にワンチャン一緒に乗れないかなとか思いました。


 それはさておき。

 ロケットブースターが点火し、轟音と煙ともにエリカを乗せた『H4X-105おおとり』が天に向かって一直線に打ち上がっていく様子が、第2モニターに映し出される。


「機器は全て正常に作動、軌道誤差コンマ03――打ち上げ成功です!」


 総合司令塔が歓声に沸いた。

 その輪の中で、俺もグッとこぶしを握る。


 少ししてから、


「1段目ブースターの分離を確認、2段目ブースターを点火……成功です!」


「2段目ブースターの分離を確認、本体コクピットユニットの姿勢制御成功、さらにブースター点火……成功です!」


 立て続けにアナウンスが入り、エリカを乗せた本体コクピットユニットは無事に宇宙に出ると、超巨大隕石アーク・シィズへと向かって進んでいった。


 近づくとともにモニター映像が少しずつ乱れ始める。

 磁場を乱す超巨大隕石アーク・シィズの影響下に入りつつあるせいだろう。


 しばらくするとモニターの中のエリカが、両手を前へと突き出した。


 超巨大隕石アーク・シィズに対して、『運命を偽る者、デスティニー・フェイカー』を使用しているのだ。


 緊迫の時間が続き――ほどなくして、


「超巨大隕石アーク・シィズが地球から離れていくコースを取りました! 重力圏に再突入する可能性は0.0001%! ミッション成功です! 世界は救われました!」


 アナウンスがあり、総合司令塔が再びの歓声に包まれた。


 エリカはというと能力を使ってしんどくなったのか、シートにダラっと身体を預けながら目をつむっているようだ。

 まぁ前と同じで一時的なもので、すぐに回復するだろう。


「やったなエリカ! 後は地球に帰ってくるだけだ。少し休んで元気になったら早く帰ってこい!」


 だから俺も部屋の隅っこでミッションの成功を喜びながら、さてエリカの帰還ミッションはいつ始まるのかと状況を見守っていたんだけど――。


 しかしいつまで経ってもエリカの帰還ミッションは始まらなかった。


 イマイチ状況を理解できていない俺が不思議そうに総合司令塔内を見渡していると、ヒナギクさんが俺の前に静かにやってきて言った、


「トールさん、エリカさんに最後のお別れをしてくださいまし」


 と。

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