勤め先が倒産して無職になった30過ぎ童貞、朝5時にピンポン連打する異世界押しかけ妻により、実は異世界を救った勇者だったことが発覚する。「ところで君、誰・・・?」「だから妻ですよ♪」
第6話 人生で初めて女の子を名前で呼び捨てにする。
第6話 人生で初めて女の子を名前で呼び捨てにする。
「それはもちろん――前フリというやつです」
「こんな大事なことに前フリ入れるとか、お前実はお笑い芸人かよ!?」
あまりに酷い答えすぎて、思わずツッコんじゃっただろ。
「やだなぁもう、冗談じゃないですか」
「普通に会話してるのに、なんか疲れるな……」
「真面目に答えますと、人間社会はコミュニケーションの上に成り立っていますので、話し合いで解決できるならそれに越したことはありませんから」
「ほんと急に人が変わったように真面目になるよな」
これが若さか。
切り替えの早さに、30過ぎの俺はとてもついていけないです。
「いえいえそれほどでもありません」
「いや、今のは決して褒めてないと思うんだが……」
「話が逸れてしまっているので戻しましょう」
「え? 俺のせいなの?」
「このように話し合いで万策尽きるまでは決して武力を行使しない、それが我らが異世界の女神さまのモットーなんです。女神さまは友愛精神に溢れていますから」
「つまり万策尽きたら最後は武力行使するんだな」
「そうとも言いますね」
美少女はしれっと言った。
「まぁその辺はこの世界も異世界も変わらないんだな」
子供向けアニメのアンパンマンですら、最後は必ず武力によってバイキンマンを成敗するのだから。
「それにいろいろ会話をすることで、お互いの人となりも分かるというものですよ」
「うん、それはあるよな、分かる」
短いとはいえ会話をかわしたことで、俺もこの美少女の人となりがいくらか分かったような気がしていたから。
少なくとも悪いヤツじゃないと俺は感じていた。
「分かっていただけてなによりです」
「君は――ってそういや名前ってなんだっけ?」
初っ端に自己紹介された気がするんだけど、それ以外のことがあまりにもインパクトがありすぎて全く覚えていなかった。
でも仕方なくない?
自分は異世界からやって来たとか、俺が異世界を救った勇者様だとか、そんな突拍子もないことを超絶美少女に言われたんだよ?
しかも朝5時に叩き起こされて。
そんなの頭パニクっちゃうよね?
そんな状況で、イチイチ初対面の相手の名前を覚えてられる人っている?
俺には無理だ。
「ひどいです、ちゃんとご挨拶したのに……わたしの名前なんて覚える価値もなかったってことですね……」
「わ、悪い……ほら、寝起きと異世界がどうのっていう衝撃コンボでド忘れしちゃってさ。ほんとごめん」
「くすっ、冗談ですよ勇者様」
そう言ってはにかむように笑った異世界美少女は本当に可愛くて。
「お、おう……うん……」
俺は今日一番ってくらいにどぎまぎしてしまって、もごもごとよく分からない相づちを返すしかできないでいた。
だって俺、この年になっても女の子と仲良くした経験が全くないから……。
「それでは。改めまして自己紹介をさせていただきますね」
美少女は居住まいを正すと言葉を続ける。
「わたしの名前は遊佐エリカと申します。これからどうぞよろしくお願いします、勇者様!」
「遊佐? あ、えっと遊佐さん?」
「もう、エリカでいいですよ」
「えっ? ああっと、じゃあエリカさん」
「親しみを込めてエリカと、どうぞ呼び捨ててください」
「えっと、あ、うん……え、エリカ……」
女の子を名前で呼び捨てにするなんてことも当然、人生初めての経験だったので、恥ずかしさからちょっともごもごしてしまった俺に、
「はい! 勇者様!」
エリカは元気よく応じてくれて、おかげでちょっと恥ずかしさも和らいだ気がした。
大輪のひまわりのような笑顔に後押ししてもらったっていうか。
「それで、ずっと気になってたんだけど『勇者様』って……ああそうか、そういや俺もまだ自己紹介してなかったっけか」
正直、寝起きからここに至るまで密度が濃すぎてそれどころじゃなかったから。
「俺の名前は――」
「遊佐トールさまですね、存じ上げております」
美少女――エリカがにっこり笑って言った。
「そうだけど、なんで知ってるんだ? あ、これも女神さまパワー的な?」
「いえ、玄関の表札に書いてありましたので」
「あ、うん、そうだよな」
まぁ、そうだよな。
玄関から入ってきたんだし表札を見れば一目瞭然だよな。
でもせっかくなんだから、さっきの女神の印籠みたいに異世界的なロマンが欲しかったかなぁ。
「それでさ、偶然なのか俺と君は名字が一緒みたいなんだけど? これってなにか理由でもあるのか?」
遊佐遠流(トール)と遊佐エリカ。
たまたま異世界召喚した相手が同じ名字だというのは天文学的な確率だろう。
普通で考えたらありえない。
きっと召喚の絆のようなものがあって、俺とエリカに惹かれあうものがあったに違いないと、俺はラノベ的発想で当たりをつけていた。
しかしエリカは言ったのだ、
「それはもちろん夫婦ですから同じ苗字ですよ」
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます