第2話 俺は異世界を救った勇者だった……?
「で、何だって?」
ご近所トラブルという現代社会最強クラスのプレッシャーに根負けしたよわよわ豆腐メンタルの俺は、部屋に招き入れた美少女を問いただしていた。
俺の住むアパートの隣部屋は、ちょっと不愛想な感じの若い女の子なのだ。
中野さんっていって20過ぎくらいかな?
正確な年齢はちょっと分からない。
いつも大きなマスクしていて、眼鏡もかけていて、さらには前髪と長い横髪が相まってハタチくらいの若い女の子って以外はしっかりとは判別できないからだ。
お隣さんなので時々見かけるんだけど、俺が挨拶しても視線をそらしたまま軽く会釈を返されるくらいで、1度も返事をしてもらったことがなかった。
30過ぎの独身男性ってことで警戒されているのかもしれない。
っていうか間違いなくそうだろう。
最近は、たまたま若い女の子の隣に住んでいるってだけで、勝手に恋愛感情を抱いた中年男性がストーカー化した――みたいな話もニュースになっているから。
隣の人とはそういう微妙な関係だったので、俺としてはうるさくしてこれ以上心証を悪くしたくはなかったのだった。
おっと、今はお隣の中野さんじゃなくて、この美少女に向き合わないとだよな。
もちろんこの時点でさすがにもうこれが夢じゃないってことは理解できていた。
「だからですね、先ほど説明しましたように、つまりあなたは異世界を救った勇者様なんですよ。わーわーすごいですー憧れますーぱちぱちぱちーどんどんぱふぱふーいぇーい」
という事らしいのだが、
「最後の方のやる気のない棒読みやめてくれる? テンション下がるからさ」
それはもうひどいくらいに大根な役者だった。
観客を喜ばせようという意識がまるで感じられない。
どれくらい酷いかというと、大抜擢メインヒロインデビューしたばかりの新人声優みたいな棒読みっぷりだった。
まぁそれはそれで今後の成長への期待感も含めておっさんの俺的にはなくはないんだけど、あれって作品ファンとかまだ若いピュアなアニメファンにとっては原作レイプされたみたいでブチ切れ案件なんだよなぁ。
俺もまだ若かりし頃に、新人棒声優に憤慨した覚えがある。
それはさておき。
「それに俺が異世界を救った勇者――だって?」
「そうですよ」
「いやないから」
俺はマッハで断言した。
「人生の目標もなく楽単ばっかりとってとりあえず大学卒業して。その後もとりあえず面接に受かった小さな会社に就職して、流されるように10年も生きてしまった俺の人生のいったいどこに、異世界を救ったなんてつよつよ要素があるんだよ?」
俺は日本全国どこにでもいる、典型的な冴えない30過ぎの独身男性だ。
いや今は無職になっちゃったんで、その典型的なところからすらあぶれてはいるんだけど。
「君もさ、嘘をつくならもうちょっとましな嘘をついたほうがいいぞ?」
最後は怒るを通り越してこの美少女が可哀そうになっちゃった俺は、ちょっとだけ優しく言ってあげることにした。
だってこの子すごく可愛いんだもん。
こんな可愛い女の子に「頭おかしいんじゃない?」とかストレートには言えないでしょ、常識的に考えて。
「いいえ、嘘じゃありません」
しかし女の子はそれでもまだ自説を曲げようとはしないのだ。
「そうは言っても俺のどこが勇者なんだよ? 異世界を救ったって、俺がその異世界とやらで何したってんだよ?」
「いいえ、何もしていません」
「俺はそんなことした覚えは――って何もしてないんかい! ならなんで何もしてない俺が、異世界を救った勇者なんだよ?」
いやほんと、なに言ってんだこの子?
論理破綻しすぎだろ。
あまりにあまりすぎて、出会って5秒で論破してしまったわ。
「それはですね、わたしを召喚したからです、えっへん!」
「君を召喚……? そもそも召喚した覚えがないんだけど? っていうか俺はそんなトンデモスキルは持ってないし」
そう、一番最初の大前提からしておかしい。
こちとらなんせ普通の労働者だ。
あ、いや今は無職で失業手当を受給中なんだけど、つい先日まではほぼほぼ10年、毎日ちゃんと働いていたんだよ。
つまり風が吹いて桶屋が儲かったとしても、きっと俺には何の影響もないであろうザ・一般ピープルなのである。
そんな俺に異世界から美少女巫女さんを召喚する、などという特殊能力が備わっているはずがない。
いや、もしかしたらワンチャンって妄想したり、ちょっと召喚魔法の練習をしてみたり、女の子が空から降ってこないかなって思って通勤途中に空を見上げたりはそりゃしちゃうけど。
でもそんなもんはアニオタを長くやっていれば、俺に限らず誰しも一度はやってることだよな?
つまりこれは女の子が嘘を言っているか、致命的な人違いをしているかのどちらかなのだった。
あと、もしかしたら頭か心の深刻な病気なのかもしれない。
もしそうだったらもっと優しくしてあげないとな。
しかし当の女の子は、
「そんなはずはありません。確かに勇者様、つまりあなたから召喚の願いと召喚する力を感じました。それはもう間違いありません」
かたくなにそう主張してくるのだ。
「いや何度も言うけど、俺にはそんなすごい能力はないよ?」
「おかしいですね? かなり強い召喚力だったのですが……それこそ世界と世界を繋ぐゲートが大きく開きすぎて困るくらいに」
「うーん、やっぱり人違いじゃないか?」
「本当にそんなはずは……。そうですね、では質問を変えましょう。昨日なにかされませんでしたか?」
「なにかって、なんだよ?」
「異世界召喚に関することです。魔方陣を描いたとか、呪文を唱えたとか。ほんとなんでもいいんですけど」
「んなこと言われてもな……って――あ」
そこまで言われて俺はふと思い出した。
いや、思い出してしまった。
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