第25話 外伝 在原業平之章④
秋葉原を拠点に勢力拡大を目論んでいた
暗がりの中、並べられた座席の中央に座り、手と足を組んで何も無いステージをただ見つめる業平に猿丸が話しかける。
「業平殿、そういう訳での、新宿は一先ず置いといてもええじゃろ。となれば
三つの勢力はそれぞれの拠点で仲間を集っていたが今のところそれ以上の動きは見せていない。そして
「ふん、
業平の指示で
「業平殿! た、大変ですぞ。外に強大な力を持つ詠人が現れ……」
――バリバリピシャーン!!
その時、人麻呂の言葉を遮るように場内に轟音が響いた。たて続けに二度、三度、それは紛れもなく雷鳴。同時に閃光のような眩しい光が館内に射した。
そして慌てて外に飛び出した三人の目に映ったのは、暗闇の中、腕を組み仁王立ちする壮年の男の姿であった
「我は菅原道真、強さを探究する者。ここに強大な力を感じ来てみれば、なるほど
雷鳴轟く暗がりの中、男が名乗りを上げる。そしてまるで他の二人が見えていないかのように、真っすぐその視線を業平に向けた。
「この雷の音、まさかとは思ったがやはり貴様か、雷神、
「業平殿、ちょっとええか?
素直に退いた人麻呂に対して猿丸が割って入った。もしもこの猿丸の説得が功を奏し、業平と道真のタッグが実現していれば、他の勢力を圧倒する力を持つことになっていたのは間違いない。
しかし道真はその猿丸の誘いに迷わず首を振った。
「我が求めるのは強さのみ。他に強き者がいるならばいずれ相まみえるであろう。だが今は
「
業平がにやりと不敵な笑みを浮かべる。強き相手との戦いを心底楽しむようなその表情に、猿丸も肩を竦めて引き下がった。
「結構! 真に結構! それこそ力有る者の示す態度。さあ、いつでもかかってくるがよい」
「かかってこいとは随分余裕じゃねえか。ならまずは小手調べだ、歌術『
業平の体から溢れた小手調べとは思えない大波が道真を飲み込み、砕けたその波から先程と同じ巨大な水龍が姿を現した。天に昇る様に空へと突き抜けたそれは、大口を開け鋭い牙をきらりと光らせ、上空から道真を睨め付ける。
「見事! 強さとは斯くも美しい。歌術『
両腕を組んだままで水龍と対峙する道真の足元で大地が盛り上がり、土の塊がやがて巨大な人の形をとった。腕を伸ばせば上空の水龍に届かんばかりのそれは巨塔。しかし業平はその姿に寸分の恐れも抱く事無く走り込み間合いを詰めた。
「でかけりゃいいってもんじゃねえ! 歌術『
赤き血色の水が真っすぐにゴーレムの身体を貫く。そして上空から急降下した水龍がその土でできた頭を丸呑みにした。
『ゔおおおおぉぉぉ!』
どさりっ、と膝を着く頭を無くした土塊、しかしその人形におそらく痛みは無く、体全体から発する雄叫びとともに大きく振りかぶった拳が業平の身体を捉えた。
「ぐっ!」
それはまるで大型車両同士が衝突したような轟音とともに業平が後方へ大きく吹き飛ぶ。そして空中で辛うじて体制を立て直し着地した業平の口から赤い血が一筋流れた。
さらに追撃の拳を振り上げるゴーレム、しかしその胴体を今度は狂ったようにうねる暴龍が水平に薙いだ。この一撃を以て、下半身のみを残した巨塊はさすがに状態を保てなかったのか、崩れ広がりながら大地へと還る。
「我の一撃で倒れぬとは、称賛に値する」
「はん、こんなもんじゃねえぜ。泥人形を屠った水龍の一撃、今度はその身をもって味わいな!」
業平の言葉に反応したのか、荒れ狂うレヴィアタンが道真を飲み込まんと迫った。
「あんなものと一緒にされては困る! 歌術『
それは雷神と謳われる
襲い掛かる業平の強力な歌術を撃退し、道真が半ば勝利を確信したその時だった。消滅した水龍の陰から業平がさっと躍り出たのだ。
「捕まえた、ぜ。なあ
業平の真っ直ぐに伸びた右手が道真の頭を掴む。
「ぐっ、先の歌術は囮だったか。よかろう、
互いの瞳が互いの瞳を捉える。その目はやはり笑っているようで。業平は我慢比べと言った。漢と漢の戦いに於いてどれ程打たれ傷付いても決して退かない、決して逃げない、それが業平の強さ。その傲慢さを裏付けるそれが業平の力。
「歌術『
「歌術『
その声は同時に響いた。天から降り注ぐ雷が業平を貫く。紅き柱が天に昇り道真の身体から血飛沫が溢れる。
「まだまだ! 離さねえぜ。貴様のその血が枯れるまで。何発でも受けてやる、さあ来い!」
雷鳴が轟く度、業平の体が揺れる。立ち込める煙、肉の焦げる匂い、耐え切れなくなった肉体が裂け迸る血液、その全てに業平は歯を食いしばり、そして笑った。
「
あれ程激しかった落雷の雨はいつしか止み、気付けば静寂が一面に広がっていた。業平の右手がふわりと道真の頭から離れる。そしてどさり、と音をたてて崩れた。仰向けで大の字に倒れる業平の視線の先には両腕を相変わらず組んだまま仁王立ちする
「最後で倒れちまうとは俺も焼きが回ったか。情けねえ、なあ
業平の言葉が途切れるのを待っていたかのように、道真は光の粒となり散った。最後の瞬間、その口元に僅かな笑みを湛えたように見えたのは気のせいだったのかもしれない。
兎も角、その濃さを増す霧の中、自らの敗北を口にはしたが、結局残ったのは
「
東の空が薄っすらと白い。知らぬ間に夜は明けかかっていた。
「次の夜、そう陽が沈み世界が闇に溶ける時、俺は宴を始める。戦いの狼煙、強き者のみが生き残る狂乱の宴、道真の分まで暴れてやろうじゃないか! いいか、それまでは俺を起こすな。貴様等も英気を養え」
業平の言葉に
しかし彼のその宣言が果たされることは無かった。
ここから数時間後、業平は
これは余談だが、
「ねえ貫之、結局詠人で一番強かったのは誰だったのかしら? 藤原定家? 崇徳院? それともあんたの藤原不比等?」
「そうだね、藤原定家はその権能で他の詠人じゃ対抗できなかっただろうし、崇徳院の怨念には立っていられない程の恐怖を感じた。もちろん不比等もそれらに匹敵する強さを持っていたのは間違いない。それに後鳥羽院や他の
崇徳院は天智天皇の力を抑えるために力を使い万全ではなかった。後鳥羽院も八重洲地下街に自らの領域を造るためにその力の大部分を使っていた。彼らが単に一人の戦士として戦ったのなら、はたして自分は勝つことができたのだろうかと貫之は思っている。そしておそらくそれは間違いでは無かった。
「でも、それこそ単純な強さ、という事なら、おそらく彼なんじゃないかな。唐突に現れて、そして唐突に去っていった……」
どこか憧憬の籠った貫之の言葉に、真理も一つ頷きを返す。
「ああ、彼ね。確かに、強かったわ。理由も無く、思想も無く、そして意味も無く……純粋にね」
ちはやぶる神代も聞かず竜田川、からくれなゐに水くくるとは……
「そう、
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