第24話 外伝 在原業平之章③

「俗物? 俗物、俗物。少し失礼が過ぎますよ、業平さん。ええ、わかっていましたとも、君は僕が嫌い、僕も君が嫌い。ならどうしましょう? それもわかっていますよ、どちらかが消えるしかないんでしょう? だったら貴方が死んでください、在原業平朝臣ジェネラル!」

 場に緊張が走る。思わず構えをとる猿丸太夫モンキーマジシャン柿本人麻呂ミスターマロを、しかし文屋康秀サイレントレイマンは片手で制した。

「猿爺、それに人麻呂マロさん、手出しは無用でぇす。君達まで傷付けばこの新詠人軍団ニュージェネレーションは立ち行かなくなる。僕か業平さん、どちらかが消える、それでいいぃでしょう。ね、業平さあん」

「ふん、サシで俺とやろうってのが益々気に食わぬ。だがまあいい、貴様のその無謀に免じてそこの猿丸サル人麻呂マロは見逃してやろう。さあ、かかってくるがよい!」

 業平の体中から溢れる覇気、それを意に介さぬ様子で康秀が手を掲げた。

「貴方にこの術が見破れますかぁ? いきます、歌術『むべ山風シークレットストーム』」

 康秀の声に砂嵐が舞う。

「小賢しい! 歌術『くくる水ブラッドスプラッシュ』」

 業平を包むように放たれた砂塵を赤く染まった水が一瞬で押し流した。しかしその開かれた視線の先に狐面の姿は無い。

「ふふふ、ここは既に僕の領域テリトリー、力に驕った貴方に敗北の味を教えてあげましょう」

 苦笑を伴った康秀の声だけが一面に響く。深い霧と相まって業平は完全に康秀の姿を見失った。そして一度は払った砂嵐が再び業平を襲う。

「ぐっ、これは!?」

 目を凝らし康秀の姿を捉えようと探る業平の頬に突如痛みが走った。その流れる血は彼の放た歌術と同様に赤く。

「歌術『秋の草木グラスナイブズ』、どうです? 良いぃ切れ味でしょう」

 鋭く尖った草葉が砂塵に煽られ宙を舞う。それはまるで鎌鼬のように業平の身体を切り裂いた。時間とともに増えていく傷、その時業平が吼えた。

「小賢しいと言った! 小細工を捩じ伏せてこその力、このような掠り傷をいくら負おうとも俺は倒れはせぬ。この在原業平ジェネラルの力しかと見届けよ! 歌術『竜田川リヴァイアサン』」

 獣のような咆哮。次の瞬間、大津波が業平を囲む砂塵を飲み込み地面に当たって砕け、やがて一匹の龍へと姿を変えた。水でできたその体をうねらせ、吹き荒れ渦を巻く砂煙を一つ、また一つと噛み砕いてゆく水龍、それは正に神が創り給うた最強の悪魔レヴィアタン。

 そして最後に残った一筋の竜巻目掛けて業平が駆けた。

「康秀、そこかぁ! 歌術『からくれなゐディープレッドインパクト』」

 無謀にも竜巻に手を差し入れたように見えた業平の拳は、その中に潜む文屋康秀サイレントレイマンを確実に捕えていた。上昇する砂塵が真っ赤に染まる。それは康秀が流した血潮故か、はたまた業平の術が見せた幻影か。

 そのどこまでも突き上げる紅い一筋の光は鮮やかに美しく、そして残酷にこの戦いの終わりを告げていた。

「うぅ、あぁ、やられちゃいましたね、ぇ、お見事です。ここは君の街、ですよぉ業平さん。楽しみ、ですねぇ、君がこれから、どう……」

 文屋康秀サイレントレイマンの最後の呟きを残して紅の光は次第にその色を金色こんじきに変え、やがて拡散するように辺り一面に散り消えてゆく。

 カラン……

 そして地面には狐の面だけが残った。

「はん、どちらかが消える、か。最初から結果はわかっていたがな」

 業平がその場に座り込む。そして康秀の残した狐面を手に取った。

「吹くからに秋の草木のしをるれば、むべ山風を嵐といふらむ、か。俗な歌だ。だが俺も少し血を流し過ぎた。しばし休む」

 誰にともなくそう言い放ち、業平は目を閉じた。


 六歌仙ゴッドシックス同士の戦い、歌術と歌術のぶつかり合い、しかし終わってみればそれは在原業平朝臣ジェネラルの詠人としての力を存分に示す結果となった。地の利を生かし策を弄した文屋康秀サイレントレイマンを業平は純粋な力で捩じ伏せたのだ。

 力こそが正義と言わんばかりのその振る舞い、彼が最後に見せた紅き制裁の光はまさしく彼の思考を体現したものだったといえる。そしてそれは見る者を惹き付ける美しさに溢れていた。

 そんな二人の激闘を戦場の外から眺めていた者がいた。鎌瀬かませ健斗けんと、もちろん詠人ではない。彼はそれらを使役する者、そう選ばれし詠人召喚士ポエトマスター

「お、お前達の、戦いは確り見ていたぞ! ぼ、僕は、この街を守る詠人召喚士ポエトマスター、い、言う事を聞くならお前を僕の詠人に加えてやってもいい!」

 ゆっくりと、しかし怯えるように現れた健斗は、座して目を閉じる傷付いた業平の様子を見てにやりと嫌らしい笑みを浮かべた。

「ふん、くだらぬ」

 一度は薄っすらと目を開け、しかし再びその目を閉じる業平の態度に健斗が声を荒げた。

「く、くだらないって何だ! 強力な詠人らしいがそれだけ傷付いた今なら、ぼ、僕の詠人で十分倒せるんだぞ。サモン『山部赤人レッドマン』、行け、あ、あいつを倒せ!」

 健斗が翳したスマートフォンから詠人が現れる。

「なるほど、妙に威勢のいい現人まれびとだと思ったが、詠人召喚士ポエトマスターか。詠人の力を己の力と錯覚したようだな、貴様如きで俺をどうにか出来ると思うな!」

「ひぃ!や、やれ、山部赤人レッドマン!」

 ゆっくりと起き上がりながら、かっと目を見開いた業平の鋭く尖った眼光に、慄き後退りながら手を伸ばし指先を前に向ける健斗。その指示を受けて山部赤人レッドマンが構える。

 と、そこに猿丸太夫モンキーマジシャン柿本人麻呂ミスターマロが割って入り、業平を庇うように立ち塞がった。

「業平殿、貴殿は既に我らが盟主。ここは我らに任せてゆっくりお休み下され」

人麻呂マロの言う通りじゃ、儂らとてこのような現人まれびとに好き勝手はさせぬ」

「お前ら……ふん、好きにするがいい」

 業平が三度目を閉じる。そして二人の存在に気付いていなかったのか、突然の乱入に不利を悟った健斗が怯えた声をあげた。

「れ、山部赤人レッドマン、ぼ、僕を守れ!」

 勝負は一瞬だった。山部赤人レッドマンが放った歌術『富士の高嶺エターナルスノウ』を猿丸太夫モンキーマジシャンの『奥山に舞う紅葉オータムカラーズ』が覆い隠す。そして舞い散る紅葉の中、柿本人麻呂ミスターマロの『あしびきの山鳥ロングテイルバード』が赤人を啄んだ。

 苦渋の呻きを漏らしながら光の粒となって消える山部赤人レッドマン、その姿が完全に見えなくなる頃、その召喚主である鎌瀬健斗もまた悲痛な叫び声をあげた。

「ぐわぁっ……く、苦しいよぉ、い、嫌だ、ど、どうして……ぼ、僕は力を与えられて生まれ変わったはずなのに、英雄になれるはずだったのに、そんなの、お、おかしいよ……」

 それは力に溺れた詠人召喚士ポエトマスターの憐れな末路、ただ英雄に憧れただけの悲しき現人まれびと、そしてもしかするとこうなっていたかもしれない夢島ゆめのしま貫之かんじの別の姿。彼等の運命を別けたのは使役する詠人の性能だけではおそらくなかった。

猿丸サル人麻呂マロ、もうよい。そんな現人まれびとは放っておけ」

 力を失いもがき苦しむ健斗に詰め寄る彼等を業平は言葉で制す。その言を受けて、這いずりながら必死に遠ざかる健斗を後目に、猿丸太夫モンキーマジシャン柿本人麻呂ミスターマロが業平の傍らに控えた。

猿丸サル人麻呂マロ、良くやった。俺は康秀の口車に乗るつもりは無かったが、良かろう、貴様等の盟主となってやろう。猿丸サル人麻呂マロ、俺についてこい! 貴様等に面白い景色を見せてやる。池袋管轄区イケブクロリバティー首都解放戦線リベレイションフロントトキオ新宿混沌領域カオステリトリー、その全てを手中に収め、歴代皇帝ロイヤルナンバーズどもをその眼下に見下ろす、最高の愉悦を味わわせてやる。だからそれまで死ぬなよ」

 業平の言葉に人麻呂が胸を高鳴らせ、猿丸が目を細めて頻りに頷きを返した。

「業平殿、どこまでもお供します。その力、存分に振るって下され」

「ほっほ、儂も業平殿の隣でもう少し暴れてみるかの。楽しみじゃて」

 ゆっくりと歩き出した業平の両脇を固めるように猿丸と人麻呂、二人の詠人が付き従う。それは在原業平朝臣ジェネラルが秋葉原の王となった瞬間だった。

「そうそう、貴様等にこれだけは言っておく……」

 三つの影が霧の中に消えてゆく。

新詠人軍団ニュージェネレーション、その名前は風情が無い。却下だ!」

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