第19話 藤原定家之章①
こうして
翌朝、僕は陽の光で目が覚める。何日ぶりだろう、こうして明るい朝を迎えたのは。しかし霧が晴れてしまった以上、あまり猶予はない。街にはまだヨミビトが溢れており、この惨状が東京だけのものではなくなってしまう恐れがあるからだ。ハルコさんにも約束したし、今日一日頑張らねばなるまい。
「やっと起きたのね、早く準備なさい」
相変わらず、真理は既に準備を終えていた。真千子もそうだったが女性は皆早起きだな。
「おはよう、今紅茶を淹れる。何がいい? 抹茶風ダージリンというのもあるけど」
真千子が残していったダージリンの粉末、これが意外と癖になる。
「抹茶風? 何それ? 何でもいいけど今日は急いでるんじゃないの?」
確かに猶予は無いが、朝の一時は大切にする。それが僕、
「じゃあティーバックだけど我慢してね。リプトンのイエローラベル」
僕は食パンを齧りながらお湯を注ぐ。強く芯のある香り、ティーバックだけど侮れない。
「あんた、リプトンを馬鹿にしないでよね。これは至高よ」
どうやら真理も僕と気が合うらしい。
例の如く蝉丸さんにゲートを開いてもらい着いた先は東京駅八重洲地下街。僕の予想が正しければここで間違いない。僕の目の前には地下街には不釣り合いともいえる洗練とされた白い扉、僕は躊躇なくそれをくぐる。
「こんにちは、テイカーさん。お久しぶりです」
そこには初めて会った時と違わず、車椅子に腰かけるテイカーさんの姿があった。まるでずっと動かずに僕を待っていたような。
「キミハ……
「テイカーさんにこの詠人召喚システムを頂いたおかげです。それで今日は最後の挨拶に来ました」
僕の言葉にテイカーさんが笑みを浮かべる。
「キミの役目も終ワッタというわけダナ。ご苦労ダッタ、私もシステムを開発した甲斐がアッタというものダヨ」
詠人召喚システムの開発者、彼はそのシステムを僕に送った。物語はそこから始まった。そしてそれは今日ここで終わる。
「いいえ、テイカーさん、僕の役目はまだ終わっていません。東京にはまだヨミビトが溢れています。僕はその後始末をしなくてはいけない。そのために僕は再びここに来ました。お解りでしょう?」
テイカーさんの顔から笑みが消え、訝しむかのような瞳が僕を捉えた。
「テイカーさん、あなたは詠人召喚システムを開発し、それを僕達に送った。僕達は詠人を召喚してヨミビトと戦った。あなたはいったい何がしたかったのですか? 答えてください、ねえテイカーさん……いや藤原定家さん、と言った方がいいですか?」
僕の言葉に車椅子の男はその態度を一変させた。
「ふ、ふふ、フハハハハハ! お前如きに見抜かれるとは私も落ちぶれたものよ。何がしたかった? わからないのか? 歌だ! 私の至高の歌を世に知らしめる以外に必要な事など無いだろう!」
男の顔に狂気が宿る。
「するとやはりヨミビトを放ったのもあなたですね。そして東京の霧、これもあなたの仕業だ。さしずめその後ろの男が寂蓮法師、霧の発生源といったところですか」
村雨の露もまだひぬ真木の葉に、霧立ちのぼる秋の夕暮れ。寂蓮法師が一首。百人一首で霧を扱った歌はそう多くはない。そして藤原定家に近い人物といえば……まあ違っていてもどうということはないけど。
「ふむ、そこまでわかっていたか。そうだ、情念を抱え眠る詠人達を世に放ちその歌の力を知らしめる。その強大な力を持つ詠人、彼等を選んだのは私だ、私こそが歌詠人の頂点!
藤原定家が立ち上がる。車椅子は飾りだったか。その表情は人のそれとも、詠人のそれとも違い、そこにあるのは溢れんばかりの純粋な狂気。
「いかにも! 私が
定家の言を受けてスキンヘッドの強面が僕達に襲い掛かる。
「
「真理! 寂蓮法師をお願い。サモン……」
寂蓮法師を真理に任せて僕は不比等を召喚する。
『詠人召喚開始……サモン
蝉丸さんと不比等、これで藤原定家に対して二対一。十分戦えるはずだ。
「
辺りの景色が一変する。さっきまでの部屋とは別の場所、夕闇に染まったそこは異空間。どうやら真理とは隔離されてしまったらしい。
「蝉丸さん、不比等、お願い!」
「…………」
僕の呼び掛けにしかし蝉丸さんが首を振った。
「マスター、すまんの。
そうだ、僕がやろうとしていることはこれまで一緒に戦ってきた蝉丸さんや不比等をも本来在るべき場所に還すということ。僕には僕の考えがあるように、一旦この世界に現れた詠人達にも当然言分はあるだろう。
「不比等も蝉丸さんと同じなのかい?」
「俺は貫之、お前さんが気に入っている。それはお前の出した答えを受け入れるということだ。だから最後まで一緒に戦う。だが歌術が使えないのはそこの爺さんと一緒のようだ」
自分の存在が消えようとも僕と一緒に戦ってくれるという不比等の言葉は嬉しい。しかし蝉丸さんの言う事も解る。それでいい、僕は無理強いはしない。そんな僕達の様子を定家が不敵に嘲笑った。
「ふはははは、詠人の力が使えぬお前にいったい何が出来よう。無様、無様無様無様!
「王? そんなものに興味は無いし、なりたくもないですよ。そもそもこの国に王は必要ありません。あなたが
挑発が空振りに終わったのが気に食わないのか、定家が憤慨した様子で僕を威嚇する。
「つまらぬ。真につまらぬ! 与えてやった力で満足して街の首領にでも収まっておれば良いものを。もうよい、私に逆らった事を後悔しながら逝け!」
「貫之、下がれ! 俺が殺る。藤原の力、甘く見るな! 秘儀『
僕を押し退けて不比等が前に出る。
「イレギュラーの分際で小賢しい。歌術『
さすがは詠人の頂点を自称する藤原定家、不比等の拳をさらりと躱し、唱えたその歌術は強力な力を秘めていた。燃え盛る礫が不比等に降り注ぐ。そしてそれは徐々に範囲を広げ僕の方にもやってきた。赤い炎をたぎらせ飛来するそれに僕は思わず身を屈める。その時だった。
ポロン、ポロン、ポロリン……
澄んだ琵琶の音が一面に響いた。それは美しくも儚げなそんな音色で。その音のせいだろうか、炎の勢いがふっと凪いだ。
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