第18話 天智天皇之章②
態勢を崩しながら転がり出た先は
「侵入者か! ここは『
扉を護る
「僕はその持統天皇に用があって来ました。話し合いのつもりでしたが、急いでいるので勝手に通りますよ」
僕はすかさず不比等を召喚する。
「不比等、ここはお願い。でも程々にね」
おそらく
「貫之、ここは俺に任せろ。中で危なくなったら直ぐに俺を呼べよ」
そう言って右大将道綱母の攻撃をいなす不比等を横目に僕は扉をくぐる。その先には持統天皇と、そして真理の姿があった。
「
「何よ、あなた私に喧嘩を売りに来たの?」
僕は真理の敵意をさっと手で制す。
「真理、この人は貴女の敵ではないわ。そうでしょ、貫之さん?」
全てを見透かしたような持統天皇の瞳が僕を射抜いた。
「ええまあ、僕は持統天皇、貴女に用があってきました」
「貫之さんが
持統天皇が薄っすらと笑みを浮かべた。
「今日ここに来たということは貴方は私を選んだということでいいのかしら? 嬉しいわ」
そう言って差し出された持統天皇の手を、僕は握り返すことなく首を横に振った。
「残念ですが持統天皇、それは違います。天智天皇はその思いを僕に託し、東京の霧を晴らすと同時にその力を使い果たしました。そして僕にこう仰いました。自分は在るべき場所に還る、ここは自分達詠人の本来在るべき場所ではない、と」
僕の言葉に持統天皇の顔から笑みが消える。その瞳は僅かに悲しみを湛えているようで。
「持統天皇、貴女は僕に言いましたね。ここ
「そう……
僕の選択、
「そう、僕は選ばなかった。でも僕はそれらを捨てたわけじゃない。後鳥羽院の矜持も崇徳院の怒りも僕は確かに受け取りました。そして今、貴女の悲しみも僕が引き受けましょう」
「私の悲しみ……私には使命があります。この世界を秩序で満たすという崇高な使命が。それを果たさぬうちに退く事は適いません」
使命、それこそが持統天皇を縛る
「後鳥羽院には人を導き共に在らんとする強い意志がありました。彼は自分の受けた不遇を、千年の時を越える恨みをその原動力にしながらも尚、人との共存の道を探りました。崇徳院はその募る怨念を以て在り、そしてその怨念を以て果てました。彼はこの上なく自由で、奔放で、その思いは誰よりも強かった」
それは単に彼等の属性によるものだったのかもしれない。だけどその与えられた役割を超えて彼等は確かに自分の思いを僕に語った。それは甘美な魅惑であり、だからこそ僕は彼等の手を払った。
「持統天皇、貴女の使命とやらが貴女自身によるものか、他から与えられたものなのか、それは僕にはわかりません。でも二人のそれと比べると貴女の思いは無いに等しい。貴女はからっぽだ。貴女は自分の心に従い、新宿に赴くべきだった。貴女こそが、天智天皇の元へ救出に向かうべきだった!」
辺りを静寂が包む。これで僕の演説はお仕舞い、そう既に宣戦は布告した。後は決着があるだけだ。
「こちらには蝉丸さんと、そして不比等も直ぐに駆けつけます。
僕の視線を受けて真理が肩を竦める。
「あなたって本当に調子がいいわね、昨日はあの妖艶な魔女にデレデレと鼻の下伸ばしてたくせに。それでその彼女はどうしたの?」
「デレデレとは心外だけど、まあいいや。彼女は、小野小町は天智天皇と共に還ったよ。彼女の在るべきところに」
真理は最初から彼女の本質に薄々は気付いていたのかもしれない。絶世の美女、もしかしたら女性には嫌われるタイプなのかも……なんてね。
「そう……ならいいわ。
真理が戻って来た。これで盤石、チェックメイト。
「そう、真理も行ってしまうのね。そうね貫之さん、貴方の言う通り、私の心はこの現世に顕現した時からからっぽ。解っていたわ、
持統天皇の瞳が悲しみに沈む。その表情こそが彼女の心音。
「私の『
未来を見通す力、その優れた力故に彼女は動くことが出来なかった。何故なら彼女にとって未来とは可能性ではなかったから。既に決定されたそれは変わることのない
「私はいづれ還ります。叶うならば
それは僕の夢に出てきた悲しみに沈む女性ではなく、そして厳格な
やがて淡い光に包まれた持統天皇が消え、そこに一枚の札が残った。
「春すぎて夏来にけらし白妙の、衣ほすてふ天の香具山……持統天皇のカード、これは真理が持っていてよ」
僕はその美しい札を拾い上げ真理に手渡す。
「……ええ、そうね。あなたが持っていても使えないものね」
そう言って真理はその札を大事そうに仕舞った。
「それで貫之、あなたはこれからどうするの?」
「ああ、今日はもう遅いし一旦僕の部屋に戻ろうと思う。明日、全てを終わらせる」
「当てはあるのね。わかったわ、じゃあ行きましょう」
やっぱりそれが当然であるかのように真理もついて来るようだ。まあ今更だし、しょうがないか。
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