9話 邂逅


 滝野内と話し終えた後。

 俺が家へ足を向けた時には既に太陽が沈みかけ、辺りは暗くなりつつあった。


 街灯が照らす薄暗い路地を歩いていると曲がり角の側に自販機が現れた。

 日の沈みかけた暗い路地にぽつんと佇むそれを目にして俺は足を止める。

「なんだあれ……」

 俺がわざわざ足を止めるほど驚い……呆れたのはやけに目立つ自販機の明かりより、やや下。

 自販機の下を懸命に覗き込む男の姿がそこにあったからだ。

 黒いロングコート。後ろ姿からでも若い青年だと見て取れる。

 けれどいい年をして無我夢中で自販機の下を覗き込んでいる彼は不審者そのものだった。


 絡まれたくない。通り過ぎてしまえば問題ない。


 幸い彼は俺の存在に気付いていないようだ。

 何も見ていないかのように通りすぎようとした。


 しかし彼の後ろを通り過ぎた時、

「なぁ、お前さ」

 声をかけられ、俺は驚愕した。

 だがそれは不審者に声をかけられたからではない。


 そっくりだった。


 昨夜、俺を殺したガスマスクの男の声に。


 振り返るとそこには不愛想な青年がいた。

 黒髪に黒い服装。ガスマスクはしていないが背丈も瓜二つだった。

「あのさ……ちょっと十円玉落としちゃってさ、貸してくんない?」

「え……?」

「だからさ、自販機の下に十円玉を落としっちゃって困ってるんだよ。貸してくんないかな?」

 あまりにも拍子抜けしてしまい、財布から取り出した十円玉を渡す。

「おぉ、ありがとう。助かるよ。これでコーヒーが買える」

 そう言って自販機のボタンを押して飲み物を取る。


 彼が買ったのは、カフェオレだった。


「今度ちゃんと返すから。あ、ちょっと待ってろ」

 彼はコートのポケットから紙切れとペンを取り出して何かを書き始める。

 書き終えると、その紙切れを俺に渡してきた。

「これが俺の電話番号な。なんかあったら電話してくれ。十円分の借りはちゃんと返すからさ」

「…………」

 あまりにもガスマスクの男と似ていたから警戒していたが、雰囲気や仕草が別人だったのでおそらく人違いだったのだろう。

 安堵した時だった。


 彼は俺のとすれ違う瞬間、小さな……さっきまでとは打って変わった低い声で言った。


「狐姉妹の言葉には気をつけろよ。柏木奏太」


 パッと振り返るが、そこに彼の姿はない。

 俺は紙切れをポケットに押し込み、急いで家に向かった。

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