7話 厄災と依頼②


「あ!」

 突然、何かを閃いたように紺が声を上げた。

「どうしたんだよ?」

「あるかもしれません!」

「何が?」

「奏太さんを人間に戻す方法です!」

「本当か!」

「はい。もしかしたら……なんですけど。秘刀なら奏太さんを元に戻せるかもしれません!」

「あー、なるほどね。可能性はあるわね」

 戀も察したらしく、納得した表情で頷いている。

「二人だけでわかったような顔をして……俺にも教えてくれよ」

 またしても俺は会話に入れずにいた。

「えっとですね、正式には秘刀・黒影と言う名でして、使用者の意のままにありとあらゆるものを斬ることができる伝説の刀なんです」

「とにかく凄い刀ってことだよな?エクスカリバー的な」

「そうね。すっごい刀ってことよ!」

 どうやら戀とは気が合いそうだ。

「で……つまり?」

「だから、あんたの妖狐の部分だけ斬ったら、人間に戻れるかもしれないってことよ」

「そんなことができるのか?それは今どこにあるんだ?」

「それが……その秘刀こそ、今回の依頼の報酬なんです」

「……はぁ」

 俺は拍子抜けた声で頷いた。

「てことは、お前たちが依頼とやらを達成できたとしたら俺は人間に戻れるってことなのか?」

「そうなりますね」

 あれ?でもおかしい。

 それにしては何か引っかかるような……。

「でもおかしくないか?そんなに凄い刀があるならどうして依頼主は自分で、厄災を起こす神を殺さないんだ?」

 少しだけ紺の表情が曇った。

「そこが不自然なんです。私たちのところに来たのは一枚の手紙と、この黒い羽だけ」

 そう言って着物の帯から古びた紙切れと、黒く輝く大きなカラスの羽を取り出した。

 紙切れの方を受け取って視線を落とす。



『戀様と紺様へ

 やほー。君たちへの依頼なんだけど、厄災を目論んでいる厄神ラナの討伐をお願いしたい。でないと世界が滅んじゃいそうなんだよね。

 神殺しってこともあるし、報酬は弾ませてもらうよ。あの秘刀・黒影とか、どうかな。

 それじゃあ期待しているよ』



「この手紙、いかにも怪しいじゃないか!?」

「私たちもそう思って調べたんです。そしたら確かにこの街に厄神の痕跡がありました。痕跡からはかなり濃密な邪気が染み出していたんです。あれほどの力を持った神なら、その気になれば厄災を起こすことなど造作もないでしょう」

 あれ、

「だから私たちはその依頼を受けることにしたのよ」

「なので依頼の報酬を使えば、おそらく奏太さんは人間に戻ることができるかと……どうでしょう?」


 今の俺に他に選択肢はなかった。

 このまま人間に戻る方法が他にない以上、彼女たちのことを信じるか、妖狐として生きるか、どちらかしか道はない。

 俺は首を縦に振る。

「わかった。じゃあ頼むよ」


 一瞬、戀が理解できないというような不思議な顔をする。それから今度は俺が理解できないようなことを口にした。

「なに言ってんの?あんたにも協力してもらうわよ。一緒に戦うのよ?」


「へ?」

 呆気にとられたような……いや、文字通り呆気にとられた顔で戀を見据えた。


「いやいやいやいやいやっ!俺に戦いなんて無理だって……昨日も戦うどころじゃなかったじゃないか。結局あいつが退いてくれたから助かっただけで、あのまま戦ってたら確実に死んでたぞ?」

 俺はぶんぶんと首を大きく横に振る。

「いいえ!それは違います!今の奏太さんには妖狐の血が流れています。なので普通の人間より身体能力や回復力は向上し、妖刀を使っても昨日のように喰われて死んでしまうことはないはずです」

 言われてみれば俺を含め戀と紺……全員昨日は傷だらけになったはずだが、今は完全に治っている。

 だがそれとこれとは話が別だ。

「そうは言ってもな……俺にそんな世界を救うとか大それたことができるわけないだろ」

「なに弱気になってるのよ?あんた、男だったらそれくらいやってのけなさいよ!」

 んな、無茶な……。

 今の時代、男だからとか、男ならとか、セクハラだぞ。確か。

「それに相手が相手なので、できれば人手は多い方がいいんですが……」

「そんなことを言われてもな……」

 必死な二人の目を見て無慈悲に突き放すことができなかった。目が合い、頷いてしまいそうになる。

 だが、俺に世界を救うなんて大それたことが成し遂げられるとは到底思わない。


 だから俺は、

「少し考えさせてくれ」

 二人から目を逸らした。


 情けないなんて自覚している。

 けれど俺は漫画やアニメの主人公みたいに、迷わず決断なんて出来なかった。

 昨日のガスマスクみたいな奴と対峙して戦える自信がない。それに相手が神ともなると、俺には荷が重い。

 少しでも考える時間が欲しかった。


 そう思って俺は立ち上がり、部屋のドアノブに手をかけた。

 彼女らは俺に声をかけようと口を開いたが、何も言わずそのまま口を閉じる。

「ちょっと外の空気を吸ってくる」

 それだけ告げて部屋を後にし、階段を降りた。

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