6話 厄災と依頼①
「で、さっきの話は本当か?」
ようやくオーバーヒートした思考が落ち着き始め、俺は頬を赤く染めながらこれまでの人生を振り返る。
記憶喪失になったことがないのなら、俺はこれまでに誰かと唇を重ねたことは、ない。
「じゃあ……さ、俺のファーストキスの相手って」
恐る恐る訊ねてみる。
「はい。もちろんお姉ちゃんです!」
やっぱりか。
俺はどんな顔をして戀を見たらいいのか、わからなくなった。素直に気不味い。
でもよく見ると整った顔をしているし、好みのタイプかも……。
いや待て、蘇生のためなのだとしたら人工呼吸と同じようなものなんじゃ……。
「てかなんでわざわざ口移しなんてしたんだ?まさか俺のことが好……」
「そんなわけないじゃない!ばか!」
怒鳴られた。
ものすごく恐ろしい形相で睨みつけている。変わらず戀の頬も赤いけれど……。
「ごめんなさい……お姉ちゃんは照れ屋さんで素直になれないんです……」
「紺!私はそんなんじゃないわよ!それにそのあからさまな口調やめなさい」
「はいはい」
賑やかな連中だ。
おかげで全く話が進まない。
紺は戀をなだめつつ、一度咳払いをする。
「私たちの扱う蘇生術はただ血を飲ませるだけじゃダメなんです。血の持ち主の唾液と混ぜ合わせることで初めて効果を発揮します。本来は人間に蘇生術を使うのは禁忌なのですが、今回は私たちが巻き込んでしまったということもあったので特別に奏太さんを蘇生することにしたんです。ただ、その後遺症みたいなもので奏太さんを妖狐として蘇生させてしまったようで……」
「はぁ……」
俺はただ聞いていることしかできなかった。
あまりにも現実離れしすぎていて、他人事のようにすら感じる。
「まぁ、妖狐を蘇生させる術を人間に使ったら妖狐として蘇生させちゃったってことね!」
清々しく言い切る戀。
なんとか納得。理解はした。しただけだが。
「じゃあ俺はどうやって人間に戻るんだ?」
「え?知らないわよ」
戀が当然のことのように答える。
「ごめんなさい。私もわからないです……」
紺は申し訳なさそうに俯いて答えた。
「でも、私たちも奏太さんを生き返らせるのに必死だったんです!」
「そうよ!あんたあのままだと死んでたのよ?」
そう言われると返す言葉がない。
あのまま見殺しにしてくれたら良かったなんて微塵も思えないし、二人の言う通りなら俺は自爆しただけなのでは……。
ふと疑問が浮かぶ。
「そういえばどうしてあいつは退いていったんだ?それになんで襲われてたんだよ?」
そもそも何故、二人はあのガスマスクの化け物に襲われていたんだ?まぁこの二人も化け物みたいなもんだけど……。
「それが私たちもわからないのよ」
返ってきたのは、あっけない回答だった。
「そうなんです。私たちに急に襲いかかってきたんです。このままだと厄災が起こるって言って」
「……厄災?」
「はい。どうやらあの人は私たちが厄災の元凶だと勘違いしているみたいで……」
「ホント、私たちがわざわざ厄災の元凶を退治しにやってきてやったっていうのに迷惑な話よね」
戀は呆れたように溜め息を吐く。
「待ってくれ。厄災ってなんなんだ?」
「厄災は厄災よ」
随分と大雑把な説明だった。
「お姉ちゃん、それじゃ説明になってないよ」
紺は苦笑を浮かべた。
そして俺の方を向き、
「厄災というのは世界を滅ぼす規模の災いのことです。私たち普段は暴走した妖怪の討伐などを専門にしているんですが、先日とある依頼が入ってきたんです」
「依頼?」
モン◯ンみたいだな……。
「はい。その依頼というのが厄災を防げというものでした。依頼主によるとどうもこの町に厄災を引き起こす力を持った神がいるそうなんです」
「そいつを倒すのが仕事ってことであってるのか?」
「そうですね。じゃないとこの国……いえ、世界が滅び、全ての生命は死に絶えます」
思っていたより随分とスケールの大きな話に俺は口を半開きにし、なんとも間抜けな顔をして聞いていた。
「それでこの町に災いの元凶の神がいるはずなので、私たちはそれを探している最中だったんです」
「見つけて……殺すのか?厄災とやらを起こす前に……」
「はい。もちろんです。それが仕事ですから」
そう答える紺は一見穏やかだったが、背筋に寒気が走るようなどこか冷たい笑顔だった。
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