5話 妖刀と狐とテレビゲーム
時刻は昼過ぎ。
昨日引っ越してきた新居の自室。
そんな部屋の一角──10インチのテレビの前には楽しげに尾を揺らしながらゲームをしている少女たちの姿があった。
「なによ、これ!なかなか面白いじゃない」
「お姉ちゃん!これが噂のテレビゲームなんだね!」
興奮気味にコントローラーを握りしめ、画面に見入っている。
俺の持っていた、クエストを受けてモンスターを倒す系のゲームをしているようで、敵の攻撃を受けるたびに頭から生えた耳がビクッと反応している。
今戦っているのは大きな四本足のモンスター。長くて太い尾、尖った鼻と耳。
二人が交代でプレイしているようだ。
いや、こいつ狐がモチーフのモンスターだろ……大丈夫なのか、色々と……
冷めた目で少女たちを見つめた。
「じゃなくてっ……なんでお前たちは俺の部屋で呑気にゲームしてるんだよっ!」
俺は自身にツッコミを入れながら怒鳴った。
ほんの十分前。
俺は鏡の前で自分の身に起こった奇妙な変化を知った。
頭から耳が生え、まるでコスプレでもしているかのような自分の姿を呆然と眺めた後、鏡を見つめたまま叫ぶ。
「お、おいっ!どうなってんだよ!?」
数秒の静寂が流れる。けれど一向に返事がない。
俺は二人の方に振り返った。しかしベッドの上にいたはずの少女たちの姿がない。
するとベッドより少し右側──机を置いている辺りから声がした。
「ねぇ!これ何?」
少女は目を輝かせながらテレビを指差している。
「何って……普通のテレビだけど?」
「これがあのテレビなのね!えーとっ……」
もう一人の少女がリモコンを手に取る。
「確かこれのボタンを押して操作するって聞いたことがあるよ!」
ポチッ。テレビの電源がつき、ニュースのアナウンサーの顔が浮かぶ。
「すごーい!本当に人が入ってる!」
いつの時代の人ですか……。
「こっちのは何かしら」
側に転がっていたゲームのコントローラーを手に取り適当にボタンを押している。
するとゲーム機が起動したようでチャンネルが自動的に切り替わった。
少女がコントローラーを操作するとそれに従って画面のカーソルが動く。
「何これ!私が動かしてるの?」
「そうみたいだね。ちょっと貸して?」
もう一人の少女がコントローラーを持つ。彼女の方が素質があるのか、すぐに操作に慣れソフトを起動させた。
そうして彼女らはご機嫌に尾を揺らし、俺の声に耳を傾ける事なくゲームにのめり込んでいった。
「いい加減にしろっ!」
俺はそんな二人からコントローラーを奪い取った。
「あぁ、今いいところだったのにぃ……」
少女がゾンビのように這いながら近寄ってくる。
確か小学生くらいの時、親にゲームを取り上げられて同じような反応をしたようなことがあったような……。
「うるさい!ちゃんと話をしてくれたらゲームしてていいから。とりあえず、まずは俺の体がどうなってるのか説明してくれ。それとお前たちは何者なんだ?」
急に話す気になったのか少女の耳がピンと立った。尻尾をブンブン振り回している。
あ、これ。早くゲームに戻りたいんだ。
動機はどうであれ、話をする気になった少女たちをベッドに座らせて問い詰める。
「説明も何もさっき言ったじゃない。紅羽に喰われたあなたを助けるにはそうするしかなかったのよ。はい。おしまい」
機嫌の悪そうに乱暴な口調のまま「それと、」と付け足して続ける。
「お前っていうのやめてくれない?私たちにだって名前くらいあるのよ。私は戀。この子は双子の妹の紺」
茶髪で元気の良さそうな口が悪い印象の少女──戀は隣に座る薄い藍色の髪のおとなしそうな少女を指差しながら言う。
だが俺がこの状況を理解するには情報が圧倒的に足りていなかった。
「待ってくれ。まず紅羽って誰なんだ?それにその耳と尻尾とか……そもそも二人は何者なんだ?」
戀は呆れるように溜め息を吐く。
「全く、鈍いわね。紅羽っていうのはあれよ」
指差す先を見ると部屋の隅に昨日の刀が立てかけられている。
「あれは妖刀・紅羽。普通の人間が扱えるような代物じゃないのよ……だからあなたは昨日、紅羽の炎に喰われて死んじゃったのよ」
「………?」
俺はいまいち理解できず、無言で首を傾げた。
「これでもわからないの?物分り悪いわね」
だんだんと戀が苛立ちを覚える。
……もしかして俺の理解力が乏しいのか?
すると隣で黙って聞いていた紺が口を開き、
「もうお姉ちゃん!それじゃ奏太さん困っちゃうよ。えっと簡単に説明しますと……昨日あの神社で奏太さんは殺されかけていた私たちを助けてくれましたよね?」
「…ああぁ。そうなるのかな」
まさかビビって立ち竦んでいただけで、あとは成り行きだとは言えなかった。罪悪感を覚えながらも肯定する。
「でもそこの紅羽は使用者の生命力を糧に力を発揮する妖刀なんです。だから人間だった奏太さんは生命力を食い尽くされ、暴走して死んでしまったんです」
「あれ?でも俺は今生きてるじゃないか?」
「生きては……います。ですが現在は人間としてではなく妖狐としてですね。死んでしまった奏太さんを蘇らせるには人間の身体では不可能だったんです……」
なんとなくだが理屈は理解できたようなできていないような。
つまり俺は人間ではなくなってしまった。
「じゃあこの耳と尻尾はお前たちと同じで妖怪になったからってことなのか」
「話が早くて助かるわ。意外と、物事の受け入れは早いのね。もっと取り乱すかと思ってたけど」
戀が嫌味っぽく笑って言った。
「意外は余計だろ」
冗談っぽく拗ねたふりをしてそっぽを向いた。
すると戀の表情が真剣なものに変わる。
「まぁ…その……ごめん。こんなことになっちゃって。でもあんたに助けてもらわなかったら私たちは二人とも死んでたと思う。本当に……ありがとね」
それは今までのような小馬鹿にした態度とは打って変わった、優しい口調だった。
再びチクリと罪悪感が刺さる。
「……あぁ」
お互い何か言うわけでもなく、気不味い静けさになってしまった。
そんな静寂を紺が元気の良さげな声で破る。
「奏太さん!お姉ちゃんが奏太さんを助けようって言い出したんですよ!」
「ばかっ!紺!それは言わない約束だったじゃない!」
真っ赤に顔を染めながら両手で紺の頭を掴んでいる。
「ていうかどうやって蘇生とかさせたんだ?」
「それは当然………」
「だめぇぇぇぇぇ!」
言葉を遮るように戀が紺の口に手を被せる。
だが次の瞬間。
紺が戀の手に噛み付いた。
「いったぁぁぁい!」
戀の悲鳴が響き渡る。そして、
「お姉ちゃんが自分の血を奏太さんに飲ませたんです。口移しで」
ニッコリと微笑みながら言った。
「はぁぁぁぁ?」
「いやぁぁぁ!」
俺と戀、両方の叫び声が重なった。
紺は笑みを崩すどころか更に爽やかな笑顔で俺たちを見つめていた。
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