3話 ガスマスクの鬼と狐姉妹
滝野内の言っていた神社までは、それほど遠くなかった。
「ここかな」
その神社は住宅地のド真ん中にあった。
周りには普通の民家が立ち並んでいる。
そんな中にに佇むソレに対して俺は違和感を覚えた。
まるでそこだけ現実から隔離されたような奇妙な雰囲気。
石の階段を上って大きな鳥居の前に辿り着く。
その奥には誰もいない落ち着いた空気の流れる境内が広がって………
────いなかった。
思わず息を飲み、唖然とする。
「え………?」
思い描いていたものとは遠くかけ離れた光景がそこにはあった。
真っ先に目に入ったのは境内のあちらこちらに飛び散った鮮やかな赤。それが血だということは疑うまでもなく、微かに鉄のような香りも漂ってくる。
境内の中央──赤黒い血だまりができているそこに答えがあった。
倒れこんでいる少女が二人……どちらとも傷だらけの姿だった。
少女達が対峙する先には不気味な男。黒のパーカーに黒のジーンズ、そして顔には黒いガスマスクをしている。
だが俺が驚いたのはその惨状にではなかった。
鮮やかな赤い着物姿の茶髪の少女──紅くつり上がった瞳が鋭くガスマスクの男を睨みつけている。
その隣には淡い紫色の着物を着た少女がいた。俯いて地面に視線を落としている。顔を覆うように薄い藍色の髪が垂れ、その隙間からは虚ろに開く琥珀色の瞳が見える。
二人とも共通して頭部からは先の尖った狐のような耳が生えていた。
茶髪の方の少女のは重力に逆らうかのように上に向き、藍色の髪の少女のは下に垂れている。
そして腰のあたりから、ふさふさとした柔らかそうな長い尾が伸びていた。
対して全身黒ずくめのガスマスクは両手から人間のものとは思えない程の大きく鋭い爪を生やし、肘のあたりまで黒い鱗のようなもので覆い尽くされている。
ゲームなどに出てくるドラゴンの腕にも似ていた。頭部からはフードをかぶっているが太い角がわずかにはみだしているのが見える。
明らかに人間ではない者が三人………いや三体?
どちらにせよ関わらない方が賢明そうだ。
幸いまだ俺には気付いていないみたいだし……恐る恐る後ずさる。すると、
パキッ。
誰がいたずらにもそこに置いたのか……足元に落ちていた木の枝を踏んでしまった。
俺は冷たい目で折れた枝を睨みつけて内心呟く。
なんだ、このお約束な展開は……。
そして自分に向けられている視線に気がついた。
「あ………」
目の前の彼らがこちらを凝視している。
「お願い!助けて!」
茶髪の少女が叫んだ。
すると黒いガスマスクの男がこちらに向かって歩きだす。
「なんだガキが。ここはお前が来るようなところじゃねぇ。今見たことは忘れてさっさと家に帰りな。命が惜しいならな」
低く、落ち着いた青年の声だった。
だが無理やり声を作っているような……あからさまな敵意……不自然さを微かに感じた。
一歩進むごとに鋭い爪にべっとりと付いた血が滴り落ちる。
「…………」
「帰れって言ってんだろ。お前みたいなガキが関わるようなことじゃない。見逃してやるって言ってんだから、黙ってこの場から消えろ。じゃないとここで死ぬことになるぞ?」
「…………」
恐ろしさのあまりその場から動くことができなかった。目の前の化け物を前に俺は言葉を発することすらでない。
だがそんな俺に対してガスマスクは苛立ちを示すかのように怒鳴る。
「なに黙り込んでんだよ。シカトこいてんのか?あぁ?」
すぐ側まで来たガスマスクが鋭い爪を、俺に向けた。
「いい加減にしろよ?」
重く低い声に気圧され、俺は意識を保つだけで精一杯だった。
ビビりすぎて体が全く言うことを聞かない。
こいつがやばい奴だと言うことはバカでもわかる。
一刻も早くこの場から立ち去らなければ危険だ。
抜けかけた腰を惨めに震わせながら俺はなんとか一歩、後ろに踏み出す。
背を向けて逃げ出そう。そう思った時だった。
「行かないで!」
ガスマスクよりも後ろから。茶髪の少女が再び叫ぶ。
「お願い!助けて!このままだと……殺されちゃう!!」
恐る恐る振り返って俺は少女の涙を目にした。
「…お願いだから……見捨てないで…私たちを助けてよ………」
涙を流し、懇願する少女……いや、美少女。
「あーあ。もういいや………しょうがない。この場に居続けるならお前にも死んでもらうしかないみたいだな」
諦めたような冷めた口調でガスマスクは溜息を吐いた。
それから大きく息を吸い、不気味なガスマスク越しに俺を睨みつける。
「…………悪く思うなよ」
一瞬の出来事だった。
何の構えも取らず、平然と立っていたガスマスクの男の姿が突然消えた。
それに気がついた直後、俺の身体は宙を舞い、地面に叩きつけられていた。
彼の姿が消えたのではない。
俺が一瞬のうちに放り投げられたのだ。
「……ぐっ」
石畳の上を転がり全身に猛烈な痛みが走る。そしてさらに強い痛みが腹部に走った。
「生半可な気持ちで首を突っ込むからこんな事になるんだよ」
ガスマスクが俺を蹴り飛ばし、再び身体が宙に浮いた。
次に地面に叩きつけられた場所は、今の俺と同じように傷だらけになった少女達のすぐ側だった。
助けを求めた茶髪の少女が潤んだ瞳を向け、心配そうに俺を見つめていた。
そんな少女を見て気がついた。
彼女の腕の中には大きな刀が大事そうに抱えられている。
「……それ…貸してもらえるか?」
なんとか立ち上がり、少女の抱きかかえる刀を指差す。
「え……これは…」
だが少女は渋る様子を示す。
「頼む………多分このままだと俺たちは……あいつに殺される」
「…………」
黙ったまま返事をしない。
相手もそんな隙を見逃してくれるほど優しいやつではない。ガスマスクが音もなく地面を蹴り、目の前に現れる。
「くそっ!」
怪物のような腕が振り上げられた瞬間。俺は少女から刀を半ば強引に奪い取った。そして強く握り、鞘から抜き出す。
身体中から力がみなぎるような感覚がした。全身が燃えるように熱い。
「うおぉぉぉ!」
がむしゃらに刀を横に振り抜く。
ガスマスクの振り下ろした腕と刀が打ち合い、金属音が響き渡る。直後、彼は驚いた声と共に、大きく後ろに跳んだ。
「お前っ!」
その時だった。俺が気づいたのは……。
全身を蒼い炎が覆い尽くしている。燃えるように熱いのではなく、本当に燃え盛っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
熱さのあまりその場に倒れ、もがく。
目の前が真っ青に染まり、意識が遠のいていく。
ガスマスクの青年はその場に倒れた俺の姿をただ黙って見つめていた。
とどめを刺すことなく、ただじっと。
すると音のない神社の境内に無機質なバイブ音が響いた。
パーカーのポケットから携帯を取り出して耳に当てた。
「すまん。しくじった。とりあえず戻る」
携帯を仕舞い、この場から立ち去る。
彼の足音が聞こえなくなる頃、俺は既に意識を失っていた。
いや……死んでいた。
そして時は冒頭に戻る。
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