2話 松葉杖の少女
私立東ノ宮高等学校。
ここらへんじゃそこそこに頭がいい進学校らしい。
年明けの新学期から俺は、この学校の二年生として通う予定だ。
別に将来の夢なんてものは持っていないのが、無難に進学できるように、この学校への編入を決めた。
十分ほど歩いてレンガで建てられた学校の前に辿り着いた。
「………ん?」
校門の前に一人の少女が立っている。
高校の制服を着た黒い髪の女の子。おそらくここの生徒なのだろう。
彼女は一本の松葉杖にもたれかかりながら黙々と本を読んでいる。
誰か待ってるのかな……。
そう思いながら見ていると、彼女は俺に気付いたらしく顔を上げた。
「…………」
「…………」
目が合ってしまった。
彼女は何も言うことなく薄く笑みを浮かべながらで俺を見つめている。
ここは無難な挨拶を返した方がいいのだろうか。
生憎、見ず知らずの女の子に声を掛けられるようなコミュニケーション能力は持ち合わせていない。
無言の間が気不味くなり、目を逸らして逃げるように小走りで校舎へと向かった。
私立の進学校とだけあって校舎も新しく綺麗だった。
一階にある職員室の前で足を止める。
「……すいませーん」
そっとドアを開けて中を覗いてみる。
窓際の席に若い女の先生が座っているだけでそれ以外の席は空いていた。
「はーい。どうしたの?」
「あの……転校の手続きで来たんですけど……」
「あぁ!話は聞いてるわよ。柏木君よね?私は菊池安美。二年B組の担任よ」
持ってきた封筒を手渡す。中には転校に関する書類が入っている。
爽やかな笑みで受け取ると、その場で中の書類に軽く目を通し始めた。
その間、黙って待っていたが、どうも他の階や部屋に誰かいるような気配は一切しなかった。
「うん。確かに!」
そう言って菊池先生は書類を封筒に戻した。
「ごめんなさいね。本当だったら学校の中を案内したいところなんだけど、この時期は他の先生も冬休みに入っちゃってて、今日は私以外誰もいないのよ……だから新学期に校舎の案内をするわね。その時にはクラスも決まってるはずだから」
特に追求することもなく「そうなんですか」と受け流す。
そうして俺は職員室を後にした。
廊下を歩いてみても人の気配が一切しない。本当に誰もいないようだ。
昼の学校といっても誰もいない静けさは不気味なものがある。
古く寂れた校舎とはまた違った冷たい雰囲気を肌で感じながら外に向かった。
そして再び校門前。
さっきの少女が変わらぬ様子で松葉杖にもたれかかりながら本を読んでいる。
今度は目が合わないように下を向きながら前を通り過ぎる。
「ねぇ」
声をかけられてしまった。
ピタリと足を止め、振り返る。
少女が俺をジッと見つめていた。
「君、転校生か何かなの?」
さっきと同じようにうっすらと笑みを浮かべている。
不思議と抵抗感が解けていくような柔らかい笑み。
「そうだよ。どうしてわかったんだ?」
「わかったもなにも見慣れない顔だったからね。カマをかけてみただけ」
「そうなんだ。俺は柏木奏太。新学期からこの学校に通う予定なんだ。君は?」
「私?私はね……滝野内琴音」
あれ、少し間があった気がする。
「滝野内……さん…もここの生徒なの?」
俺は滝野内さんの制服を指差しながら言った。
どこか大人びた雰囲気がある。先輩なんだろうか。
「うん、そう。二年F組。同い年なんだしそんなに畏まらなくていいよ?呼び捨てで大丈夫」
「そっか。なら滝野内はここでなにをしてるんだ?見た感じ学校にはほとんど誰もいなかったみたいだけど………ってあれ?どうして同い年だってわかったんだ?」
「さっきと一緒。適当に言ってみただけ。ふふっ。なんだか面白いね、君」
どうも年の近い女子と話すのは苦手だ。なにを考えているのかよくわからない。
けれど他の女子とは違って、少し話しやすいような気もする。
「それで、こんな寒い日に何をしてるんだよ?」
すると滝野内は手に持っていた本をパタンと閉じた。
「最近ね……この町でちょっとした噂が流れてるんだよ」
「噂?」
「うん。噂」
勿体ぶった調子で、わざとらしく息を飲んでから続けた。
「この町にね……妖怪が出るみたいなの」
「………ん?」
この子はなにを言ってるんだ?
「耳の生えた狐の女の子が深夜に街を徘徊したっていう噂が出回ってるの。実際に見たって人がネットに写真をあげてて……」
ポケットから携帯を取り出すと、それを俺の目の前に突き出してくる。
そこには夜空を背景に人影のようなものが写っていた。動いているところを撮ったのか、ブレてしまっていてなんとも言えない。
「確かに耳が生えてるようにも見えるけど……どうせコスプレとかじゃないのか?こんなの合成とかで作ったりできるだろ」
「あれ?君はこういう噂全く信じたりしない人?」
滝野内の言う通り俺は元々幽霊とか、妖怪とか、そんなオカルトみたいなものは信じていない。
だから滝野内の言う噂も全く信じていなかった。
ネットで注目されたい輩の仕業に違いないとすら思った。
「信じないな。高校生になって妖怪とか……馬鹿らしい」
「そうかなぁ?私は高校生だからこそ、そんな他愛もない噂を信じてみてもいいのかなって思うけどね。大人になっていくにつれて嘘に騙されないのは大事かもしれないけど、全てを拒絶して好奇心さえ否定しちゃうのはつまらなくない?」
「そんなこと言ったって妖怪なんているわけないだろ……根拠もないし……現実的じゃない」
「けど、本当にいたらワクワクするでしょ?」
一概に違うと否定はできなかった。俺自身、彼女の言っていることに一理あるとさえ思ってしまっている。
そんなことを考えていると違和感を覚えた。
あれ……?
「なぁ、滝野内。おかしくないか?その噂がどうであれお前が今ここで本を読みながら立ってる理由にはならなくないか?」
「あれ、私がここで読書していて何かいけないの?」
いけなくはないけど、こんな真冬にそれはないだろ。
「ふふっ……冗談。人を待ってたの」
「でも校舎には誰もいないみたいだってさっき……」
「だから知ってるよ。それにもう用は済んでるし。本のキリが悪かったの」
すると彼女は松葉杖を突いて歩き出した。
「日も沈んできたし、そろそろ帰るね」
「足、怪我してるのか?」
松葉杖を突いているが両足ともギプスをしているようではなかった。
「まぁ、そんなところかな。あ、そうだ。もしも暇なんだったらここから西にある大きな神社に行ってみるといいよ。ほとんど人がいなくて落ち着ける私のオススメスポット。この時期じゃ、どこも騒がしいでしょ」
「たしかにそうだな。行ってみるよ。ありがとう」
ニコッと笑って再び松葉杖を突き始める。二、三歩歩いたところで「あ、そうだ」と言って再び足を止める。
「一応……さっきの話の続きになるんだけど、君みたいに根拠のないことを認めないって言う人も当たり前のように神様にお願い事をしたりするよね?初詣とか宝くじを買う時とか七夕は……あ、あれはまた違うか。と、まぁそれについてはどう思う?」
「正月はずっと家に引きこもってるから何とも言えないな。生憎、宝くじは買ったことがない。だとしてもどんな人間にでも何かに縋りたくなる事はあるんじゃないか?手っ取り早いのが神に祈るってだけで、心から信じてるわけじゃないんだと思う」
「なるほどね……っと、もうこんな時間か…早くしないと遅れちゃう。それじゃ………またね」
何か用事があったのか、少し急ぐように彼女は再び背を向けて行ってしまった。
「変な奴……」
滝野内が見えなくなる頃にはもう完全に日が沈んでいた。
だがまだ時刻は午後六時……真冬ともなると日が暮れるのも早い。
「今から帰ってもなぁ……」
家に帰ったところで特にすることもない。
先ほど言われたことを思い返す。
「もしも暇なんだったらここから西にある大きな神社に行ってみるといいよ。ほとんど人がいなくて落ち着ける私のオススメスポット」
確かに現在、暇という状態に陥っている。
「探検とでも思って…行ってみるか」
そうして俺は西に向かった。
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