1話 憂鬱な新天地


 それは十二月二十二日。冬休みのことだった。

 俺は親の転勤というありきたりな理由でこの町に引っ越してきた。

 世間はもうすぐクリスマス。父の運転する車に乗りながら見知らぬ土地をぼーっと眺めていると、どこもイルミネーションやらクリスマスツリーやらで賑わっている光景が見えた。

 飾り付けに気合の入った駅前にいたってはツリーの周りにカップル——つまりリア充どもが集まっていた。

「なにがクリスマスだよ……浮かれちゃって」

 俺にとってそんなイベントは無縁でしかない。

 恋人もいなければ、こんな時期に引っ越しということもあって友達もいない。

 まぁ、前の学校にも友達……いなかったけど………。

 クリぼっち確定だ。

「別に……羨ましくなんてないし……クリスマスなんてただの平日だし」

 幸せそうに手を繋ぐリア充の姿が視界の端を流れていった。


 そんな憂鬱な冬休みの昼過ぎ。

 新しい我が家に着いた。

 大きくも小さくもない、普通の一軒家。

 俺の部屋は二階に上がってすぐのところらしい。

 二階にはその部屋と二畳ほどしかない物置部屋があるだけだった。

 部屋の中に積まれた大量の段ボールから荷物を取り出していく。

 大雑把にだがベッドに机、ゲーム機にテレビ、棚や時計と新しい部屋に家具を配置した。

 ある程度荷ほどきが終わったところで俺は外に出て、新学期から通うことになる学校に向かうことにした。

 転校の手続きをするためだ。

「さむっ……」

 雪こそ降っていないが真冬の冷気が全身に突き刺さる。

 携帯のマップを頼りに散歩気分で歩いてみる。

 見慣れない街並みに不安を感じながらも、これから住む知らない町の風景を見てみたいという好奇心が微かにあった。


 家を出て五分ほど歩いた時だった。

「おい、そこのお前」

 後ろの方から口調はキツいものの、可愛らしい女の子の声が聞こえた。

 しかし口ぶりからして俺のことじゃないだろう。そう思って聞こえなかったふりをする。

「おい、お前。この私を無視するとはいい度胸だな………身の程をわきまえろ」

 タッタッタ。

 軽快な足音が段々と近付いてくる。直後、俺は背中に強烈なドロップキックを食らった。

 三メートルくらい吹っ飛ばされた気がする。

「いてて……何するんだよ!」

 キレそうになりながら怒鳴った。正確にはすでにキレていたのだが。

 振り返った先には太陽の光を反射して薄紫色に輝く髪を靡かせ、ルビーのように澄んだ赤い瞳を俺に向ける推定140センチくらいしかないであろう身長の少女が立っていた。

 幼い容姿に似合わず高そうな革のジャケットを羽織っている。

「それは私の台詞だ。どうして無視した?」

 少女は逆ギレで返す。

「いや……ちょっと待て。なんで無視されたかわからないのか?」

「それはお前が無礼者だからだろう?」

「は……?」

 いや、待てよ?

 よく見たら髪も毛先まで手入れが行き通っているし、服だってジャケット以外も上から下まで高そうなものばかりだ。

 いいところのお嬢様ってやつなのだろうか?

 だんだんそんな風にも見えてきた。

 ならば今の言動も納得できる。

「…………」

 きょとんとした眼差しで少女が俺を睨んでいる。

 うんうん、なるほど。

 きっと普段は執事さんとかがいてなんでも言うことを聞いてくれているんだろう。

 よし、ここは少し大人な対応を。

「ごめんね。無視しちゃって。お兄さんに何の用なのかな?」

 優しそうな歌のお兄さんを意識した笑みを浮かべる。

 これで少女の心もイチコロだろう。

「むっ………なんだ。急にそんな態度。気持ち悪いぞ」

「…………」

 なんなんだ、このクソ生意気なガキは……。おっと、大人な対応で……。

「そんなことないよ。さっきは冷たい態度とっちゃって悪かったなぁって思ってるんだよ。だからなんでもお兄さんに言ってみて?」

「ふむふむ。やっと自分の立場をわかってくれたか」

 ちっ。何様だ。

 おっとっと、大人大人……。

「私は今、人を探しているのだ」

 思っていたよりも普通のことだった。

 てっきり交通費がないから一万円寄こせとか言われると思ってたのに……あげないけど。

「そうなんだ。お母さん?」

「違う。奴隷だ」

「は……?」

 なんだろう……少し前にも同じ反応をしたような……。

「そして私の婚約者だ!」

「へ……?」

 さっきより間抜けな声が出た。

「身長はお前と同じくらいで大きな黒いバイクに乗っているのだが見てないか?」

「う、うーん。見てないかなぁ」

「そうか。ならいい。時間とらせたな」

 そう言って少女はそそくさと歩き出す。

 薄暗い路地に入る直前で足を止め、「あ、そうだ」と言ってこちらを向いた。

「優しくしてくれていたつもりなのか知らないが、なかなか気持ち悪かったぞ」

 と、語尾にハートマークが付きそうなほどの満面の笑みで言い放ち路地に入っていった。

「この……クソガキィ!」

 堪忍袋の緒が切れた。

 一発ガツンと言ってやらないと気が済まない。

 後を追うように路地に入ったのだが……。

 そこに少女の姿はなかった。

「あれ、おかしいな」

 細い路地があるだけで人の気配はない。

「くそっ……あいつ、逃げ足は早いな」

 物陰に目を向けつつ、少女の消えた路地を進むと駅に続く大通りに出た。

 周囲を見渡したがやはり少女の姿はどこにもない。

「まぁ、子供の言うことにムキになるのも馬鹿らしいか……」

 再びマップに目を向ける。

「よし、行くか」


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