第42話 二人は共に並び歩く

「おま、どうして泣いてんだ⁉」

「気にしないで、ただ嬉しいだけなの。本当に」

「そうは言ってもだな……何もない時にそんなもの落ちてこないだろ……」


 言うと、透華は口元に手を当てつつまし気に笑う。


「ふふっ、ほんとに永人は心配性ね。普段は人の事よく分かってるくせに、たまに訳の分からないところで見当違いな考えをするのよねあなた」

「いやだって……」


 そんなもん目の前で透華が泣いてたら気になるだろ……。

 でも確かに、言われてみれば確かに悲しい雰囲気はしていないか? 少なくとも涙より何倍も笑顔が目立っている感じがする。でもこれあくまで主観だしなぁ。あんまり物事は主観で見るのは良くないし……。まぁ主観でしか見れないんだけど。

 どう結論付けるべきか悩んでいると、涙を拭った透華が呆れたように息を吐く。


「今もまだ心配していそうな顔をしているわね。そこまで来るともう病気よ」

「いやこれが病気なら既にWHOがパンデミック宣言してるはずだ」

「もしそうなら加盟国は今すぐ脱退するのが正解ね」

「こいつ……」


 あくまで俺が特異であると言い張るらしい。なんか馬鹿にされてる気分だ。


「それよりまだ聞いてなかったな。何がうまくいかないんだ」


 当てつけでは無いが、せっかく俺が多大なる労力を払ったんだ。きっちり聞かせてもらう。


「交換条件だったものね。別に他愛のない事かもしれないのだけれど、うまくいかないのは水城さんとの仲、ひいては他の人との関係ね」


 水城関連とは予想していたが、他の人とも来たか。確かにあの感じではうまくいくものもうまくいかないだろうが、そもそもこうなったのも外野の干渉のせいだ。


「なるほど、でもそれは仕方ないだろ。お前が悪いわけじゃない。ただ……」


 ただ、一つ気になるのが、あれだけ人との群れるのを嫌がっていた透華が何故そんな事で悩むに至ったかだ。

 幾らか予想を立てる事は可能だが、全ては憶測にすぎない。


「どうしてお前がそんなに悩むんだ? 俺に言わないのかってそうだ。そこまで隠す必要あったか?」


 トラブルを解決するにはまずその原因から突き止める必要がある。

 疑問をぶつけると、透華は落ち着いた様子で話した。


「どちらの質問の答えも、永人に迷惑がかかると思ったから、という答えになるわね」

「俺に迷惑?」


 憶測のどれにも当てはまらなかった。

 そういえば前もそんな事言ってた気がするが、それについてはきっぱり否定したはずだ。


「だってそうでしょう? 永人は色々な人たちと関係を繋ごうとしている。なのに私と来たら手前勝手でそれを拒み、永人が私を取り立ててくれようとしても拒んだ。なんなら永人が努力しているのを邪魔すらしようとしていたわ。これを迷惑じゃなくて何と呼ぶの?」


 確かに俺は二回透華をグループに率いれようとした。そのうち一回はそんな気はなかったため厳密には一回だが、透華にとっては二回か。


 俺が他人と関係を繋ごうとしているのを邪魔というのも、思い返してみれば確かにそんな見方ができる事はあったかもしれない。


「だからもうそういうのはやめにしようと思ったの。私は私で永人に迷惑をかけないよう、自分なりに人と付き合って永人の手を煩わせないよう努力することにした。そう決めた矢先にさっきの事だものね。笑えるわ。話さなかったのも、永人なら耳を傾けてくれると分かっていたからよ。今みたいにね」

「なるほど、そう言う事だったのか……」


 大よそ透華の認識は間違っていない。透華が何かに悩んでいたら俺は確実に時間を割く。透華はそれを申し訳ないと思ったのだろう。そう捉えていたなら頑なに話すのを拒んだのも理解できる。


 だが俺は透華にならいくら迷惑をかけられてもいいし、そもそも俺はここまで一度も透華を迷惑と思ったことは無い。


「透華」

「分かってる」


 俺がその事を改めて伝えようとすると、透華が微笑みを以って制する。


「だって永人は私の事をね?」


 どこか子供がいたずらをする前に見せるような表情。

 不覚にも心臓の鼓動に言葉を奪われるが、一つ咳ばらいをし呼吸を整える。


「……まぁ、分かればいい」


 本心を悟られぬよう若干素っ気ない様な言い方になってしまったが、透華は露ほども気にしていないようなので少し安心した。


 兎にも角にも、透華が俺に対して見当違いな事を思っていた事は分かった。らしくもなく気を遣いやがってと言ってやりたかったところだが……どうにも今回のは俺のせいでもありそうなんだよな。


「だが透華、お前はどうやら一つ誤解してるらしい」

「誤解?」


 透華が怪訝そうに聞き返す。


「ああそうだ。たぶんお前、俺が好き好んで人付き合いしてると思ってたんじゃないか?」

「そうね、好き好んで、と言う言葉だと少し語弊ができる気もするけれど、少なくとも学生生活を謳歌しているようには見えていたわね……」


 淡々と俺の質問に答えた透華だが、ふとどこか遠い目をして言葉を付け足す。


「私の入り込む余地なんて、どこにもないくらいに」


 言われてはっとする。

 その言葉が如実に物語っていた。俺がこれまでやってきた事がいかに間違いだらけであったのかという事を。


 そもそも何故俺はここまでこんな事をしてきたのか。それは言わずもがな透華を悪意から守るためだが、それも二度とあの時のような悲しい思いを透華にしてほしくないからだ。


 ところが結果的に俺は透華にそれに似たような思いをさせてしまったのだろう。あまつさえ似合わない気づかいまでさせてしまって、これじゃあ本末転倒もいいところだ。


「……なんて、永人はずっと私の傍にいてくれる。それは間違いないと分かっているはずなのだけれど、どうしても寂しさは感じてしまうわね」


 透華が力なくほほ笑む。

 たぶんあの時の俺と同じだ。かつて小学生の頃、俺もまたひなたにいる透華を見ながらどこか寂しさを感じていた。


 だとすればこれから俺がやるべき事は簡単だ。俺は俺がかつて望んでいた事を実行すればいい。


 あの頃、透華は本当の意味でひなたにいた。それは当然だったと言えるだろう。透華の人格が自然とそうさせたのだ。いわば透華は才能を持つ人間だった。


 でも俺は違う。俺がいるのは打算で築き上げた紛い物のひなた。そこにいるのは本来不自然な事だ。人に受け入れられる人格を繕い強引に自らをねじ込んだだけ。俺は才能を持たない人間だからな。


 だが、自らの努力をふいにするのは才能を持たない人間のだ。そこから去るも去らないも全て自分次第。俺自身が決める事ができる。


「やっぱそうか」


 何を思うでもなく言葉が口を吐く。


「何か言った?」

「いや、なんでもない。それよりこれから昼飯お前のとこで食っていいか?」


 尋ねると、透華が目をぱちぱちと瞬かせる。


「それは、一向に構わないのだけれど、あなたもう他の人と食べているでしょう?」

「さっき誤解してるって言っただろ。お前はどう思ってたのか知らないが、俺はあいつらと飯を食ったり行動を共にする事が嫌で嫌で仕方が無い」

「嘘よ。だってはた目から見てもそれなりに楽しんで」


 反駁しようとしたらしいが、透華はふと言葉を区切りもう一度同じ言葉を口にする。


「それなり……」


 どうやら自分で言った言葉にこそその証拠の一端があるのに気づいたらしい。こんなでも俺と透華はれっきとした幼馴染だ。最近は環境のせいもあって劣化していたかもしれないが、ある程度お互いの気持ちを分かってしまったりする事もある。


 たぶん俺が本気で人付き合いを楽しんでいるわけでは無いと、透華も薄々気付いていた。だからそれなり、という言葉が出てきたのだろう。


 だとすれば透華の事だ。自ずと一つの疑問に辿り着く。だがそれを聞かれてしまうのはあまりにもダサい気がするので阻止しなければならない。


「そう言う事だ。でも俺が透華と昼飯を食べたいと言った一番の理由は、俺がそう思ったからにほからなない。この意味分かるか?」

「え?」


 尋ねると、透華は理解が追いつかなかったのか、少し考える素振りを見せる。

 別の疑問をこちらからぶつけて本題をうやむやにする作戦だったが、どうやらうまくいきそうだ。


 まぁ割とこっちもこっちでなかなかハードルの高い事を言っている事に変わらないんだが……何故俺が厭々人付き合いをしていたのか、その理由を答えさせられるよりも百倍マシだ。


 間違いを乗り越えて生きていく事こそ人は美徳と言うが、俺は間違いを踏み倒して生きていきたい。そんなだから俺小学校の時友達少なかったんだよなぁ……。いや今もだった。

 次の言葉を待っていると、やがて透華も思い当たったのかはっとして頬を染める。


「な、なるほど? え、永人の言いたい事は、よく分かったわ。そうね、ええ。別に構わないわよ」


 動揺を見せた透華は恥ずかしそうにすると、口元に手を当て視線を逸らす。

 想定より何倍もオーバーなリアクションが返って来たので、こっちまで恥ずかしくなってしまった。

 ほんとさー、透華ってほんと――ッ! よなぁ。 昔からもうほんとさー。


「そ、それよりもお前あれだお前。乙女の秘密ってあれなんなんだよ。よくそんな言葉出てきたよなー。らしくもねー」


 言葉にならない情動が心中で渦巻き思考を乱したおかげで、よく分からないまま俺の中で優先度の低かった疑問をぶつけてしまった。

 すると透華は思い当たったように口を開く。


「あー、あれはそうね、あれは……」


 正直言葉の並びだけ見るとむずがゆい気がするので、もう少し恥ずかしがるものかと思ったが、存外透華は余裕そうに答えた。


「永人の真似よ」

「あ?」


 俺の真似……? 


「どういうこと?」

「さぁ、どういう事かしらね?」


 透華は意味ありげに微笑む。


「さぁ、そろそろ行きましょうか。流石に授業が始まるわ」

 

 俺が必死で思考を追いつかせようとしていることなど露知らず、透華は階段を降りて行こうとする。


「いや待てどういう事だよ。割とマジで」

「さぁ?」


 すぐさま俺も透華の横に並び事の次第を尋ねようとするがはぐらかされる。

 その後も何とかして聞き出そうとしたが、結局最後まで透華が口を割ることは無かった。

 なんというか……今回はなんとなくしてやられた感じがする。

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