第40話 かくして計画は終わりを迎える

 その時は突然やってきた。

 なんら普段と変わらぬ昼休み。入学当初は静かだった教室も今や浮足立ったような喧騒に包まれていた。GWが迫ってきているせいもあるかもしれない。


 中学の時もそうだったが、こいつらどこからそんな元気出るんですかねぇ? あるいは俺みたいに無理矢理抽出してんのか。

 何にせよ、うるさすぎてもう俺の脳とかストレス物質ドクドク分泌しまくってるよね。できる事なら今すぐ外に出て静かなところで飯を食べたい。


「ねぇ永人君や永人君や」


 げんなりしてるところに相川が話しかけてくるので、つい悪態をつきかけるが抑える。


「ん、どうした相川」

「GW、近づいて来たね」

「それなー。マジテンあげ。やっぱ休みは貴重だよな!」


 出席数を犠牲にすることなくこんなクソッタレな教室に来なくて済むし。


「だよね! まぁでも私ほとんど弓道部でこどもの日以外は部活なんだけど」


 相川は言うと、チラッと意味ありげな視線を向けてくる。いや露骨。


「なるほどなー、高校初GWだしどっか行きたい感はあるよな。みんなで」


 おおむね間違っては無いが、相川の求めているであろう答えとは少しずれた答えを返す。


「……そうだよね! 日が合うといいんだけど」


 一瞬変な間が開いた気がするが……そうだな、この関係性を継続させるためにも多少匂わせる位はしてもいいか。


「もし予定合わなかったらまた部活見学の時みたいになりそうだなー」


 俺がしれっと吐いた言葉に、相川は目をぱちくりさせるが、俺もう誰かとお出かけなんて目崎でうんざりなんだよなぁ……と当の本人へと目を向ける。


「うぇーい、ぽんぽーん!」

「ヤバーい。万治君おもしろ~!」


 万治が何やら流行りの芸人のパクり芸をしているのを、きゃっきゃと喜ぶ目崎。ケーキ屋に行った次の月曜を境に、目崎は俺らのグループでつるむようになっていた。


 最初はあんなでも水城の事を気にしていたらしく、俺らの意向も聞かずに昼飯に誘ったりしていたが、まぁ水城がそれに応じるわけ無いよな。あいつは性格は悪いが身の程をわきまえる事は出来る。


 水城もそれだけなら目崎を俺らに取られず済んだはずだなんだけどな。残念な事にあいつは悪い方向でプライドが高かった。


 今でも思い出せば笑える。一日、二日と目崎が水城を誘った三日目、これまでお菓子で目崎を釣っていたが、流石にお菓子じゃ釣り切れず目崎は水城の元に戻ろうとした。だが、その時水城は目崎を冷たくあしらい自ら拒絶していった。確か「あっちで食べれば? こっちより楽しいでしょ?」だっけか。それっきり二人が一緒にいるところは見ていない。流石の目崎でもカチーンと来ることはあったらしい。


 まぁ、全部俺の予想通りだ。


 目崎はあんなでも人との距離感と言うものが頭にあるのは二者面談の時に確認済みだし、水城がああいう物言いをするであろう事はこれまでの行動面である程度予想は出来た。決め手は目崎の席に自分から話しに行かなかったことだ。

 ここまで順調に事は進んでいる。


「おあとがヒュイゴー」

「あー面白かった~」


 万治のネタ披露が終わったのか、目崎が目の端の涙を拭う。パクリとは言えユーモアのセンスは悪くない。目崎以外にもウケてたみたいだしな。


「おい守屋負けてんぞ~!」


 暇つぶしに評論家を気取っていると、突如宮内が話を振って来た。そもそも俺勝負の土俵に上がった覚えてないんですけど?

 でもまぁこういうのはあの土曜から覚悟していた。


「あ~、見てろよ。万治より面白いネタぶっこんでやるわ」

「お、なんだもぉりいや。やんのか? お?」

「見とけよ? よーし堀田、俺とコントするぞ!」


 別のグループで弁当を食べている堀田を呼び出せば早くも笑いが起きる。自分より下層をこき使うのはある種トップグルとしての責務だ。特に中上位がこき使われることが多い。中学の時の俺がそうだった。


「はぁ? コントー?」


 無茶ぶりに嫌がる素振りを見せるが、その口元はヘラヘラしている。まぁこき使われる方もこき使われるなりのメリットはあるからな。内心じゃ嫌な思いはしてないはずだ。


「お、なに、堀田コントするんだ」

「面白そうじゃん」


 他の中位~中上位で構成される堀田グループからも賛同の声が上がるので、俺は堀田の首を腕で固定して拉致する。


「おらこいこい~」

「いやほんとにコントやるの? ネタとかある?」

「まかせろまかせろ」


 などと言ってみるが、コントなんて生まれてこのかたやったことは無い。ただ、俺に引っ張られて強制させられる堀田、というトップグル好みの状況はあるので、それを利用すれば何かしらのネタにはなるだろ。仮に滑っても滑り芸として捉えられるだけだ。


「よっ守屋いけいけ~」

「期待できますなぁ」


 堀田を連れていけば三星やら相川から合いの手が入る。

 さて、どうするかなーと頭で算段を立てていると、喧騒の中に鉄と木が擦り合わさったような異質な音が混じりこむ。


「いい加減にして!」


 教室に響き渡る凛とした声。先ほどの異質な音のせいもあり教室は静まり返る。

 見てみれば、透華が前の席に座る水城を見下し立ち上がっていた。

 どうやらその時が来たらしい。思ったより早かったな。


「えっと……」


 水城はどうすればいいのか分からないのかおろおろしている。目崎がこちらに来た頃、既に教室内はある程度グループがまとまっていた。よって、水城は透華以外の新たなメンバーを迎え入れる事が出来ていなかったのだ。


「私は近づくなと言ったの。聞こえなかった?」

「でもほら、せっかく一緒に食べてるんだし……」

「冗談じゃないわ。それは最初に嫌だと言ったでしょう?」


 透華は水城をきつく睨む。水城は透華の机の上で浮かせていた弁当箱をゆっくりと引っ込ませる。


 琴線に触れたのはそこか。なるほど納得だ。目崎を失った手前今までのような食事形態をとっていたらぼっちみたいだもんな。水城がその状態を受け入れるわけがない。遅かれ早かれこうなる事は目に見えていた。


「ほんとに、汚らわ……」


 透華は言いかけるが、ハッとしたように口をつぐむ。どうやら教室の空気を察知したらしい。


 水城から視線を外すと、たまたま俺と目が合った。

 だがすぐに透華は俺から目を逸らすと、黙って教室を後にする。


「なに? けんか?」、「びっくりした」、「何があったの」、透華の退場を機に教室内からヒソヒソとした声がささめき始める。中には「水城さんが汚い?」、「水城さんなんかしたの?」などと水城に非があるような意見も見られた。たぶん外見とか雰囲気の差だろうな。黙っていれば透華は高嶺の花だし。


 だがこの状況を放置すればいずれ透華は高嶺の花ではなくなり、むしろマイナスイメージの方が強くなっていくに違いない。何故なら透華の性質は決して社会が歓迎するものではないからだ。その性質を捻じ曲げたのは他でもない、社会自身だというのに勝手な話だよな。


 しかし、通常では社会に歓迎されない者も、善意と言う名の偽善を冠せば、むしろ社会は積極的に保護しようとしてくれる。

 計画完遂の時だ。

 俺は呆然とする水城の元へ足を向ける。


「大丈夫か水城さん?」

「守屋君?」


 突然声をかけられ困惑した様子の水城。その目は縋ってもいいのかどうか考えあぐねているようにも見えたが、俺はお前のためにここへ来たわけじゃない。


「ごめんな。これは水城さんは悪くない。でも透華が悪いわけでもないんだ」


 水城に語り掛け、俺は教室をぐるりと眺める。トップグルの発言権を今行使する時だ。

 だがその前にと、相川の方へと目を向ける。


「相川、前々から相談してた事、この際にみんなに言っとこうと思うんだけどいいか?」


 尋ねると、相川も力強く頷く。既に相川は俺への好意も相まって善意に支配されている事だろう。


 俺らの様子に少なからず宮内をはじめとした連中は何か聞きたい様子もあったが、とりあえずスルーする。どうせそんな事どうでもよくなるだろうし。


「みんな、ちょっと聞いて欲しい事があるんだ」


 言葉を教室の全員へと向ける。

 問題のある生徒の幼馴染、それでいてクラスの核の一部になった人物だからこそできる所業だ。


 俺はいかにも善人を装い水城の肩に一つ手を置き、教壇へと向かった。

 教室の視線を一手に引き受け、俺は満を持して言葉を放つ。


「透華……清水さんの話なんだけど」


 そして洗いざらい話した。透華の過去と今。昔はあんな雰囲気じゃ無かったこと。全ての発端は小学生の時起きた出来事にある事。そのせいで潔癖症になり今もなお苦しんでいる事。できるだけ透華に同情が向くように、透華が悲劇のヒロインであるとしてエピソードを組み立て、御託を並べていく。


 もし仮に、俺がトップグループに収まっていなかったら、クラスの交友関係をないがしろにしていれば、こういう事をするとむしろ逆効果だっただろう。なんなら異常者認定もされかねない。


 とは言え、こんな風に一人で前に出てはトップグルの一員とて不快感を抱かれる可能性はある。人間は基本的に異分子を排他したがる生き物だ。

 だから俺にはもう一人心強いなかまが必要だった。


「……まぁそんなわけでさ、たまにさっきみたいに透華がみんなにきつく当たっちゃう事もあるかもしれないけど、長い目で見てやって欲しいんだ。その上で透華とつきあってやってほしい」


 俺の頼み事に、教室内は困惑を内包した囁きを以って返事をする。やはりトップグルとは言え、一人が声を上げてもなかなか受け入れられるのは難しいか。

 だが俺は一人じゃない。


「私からもお願い!」


 来た。

 俺が教壇で話した事を一から十まで知っていた唯一の存在。意志の薄弱さが極まって自分の意志が無いと勘違いしていた少女。


 そして何と言おう俺に好意を抱いてしまった人物、相川沙奈が。


 好意を抱く者はその相手についてとことん肯定的に捉えてしまう。加えてそんな相手に気に入られたいという心理が働く。然るに言い換えれば、好意を持つ人間は相手にとって都合の良い人間に自らなろうとするのだ。

 その結果が今だ。


「永人君には色々と話とか聞かせてもらってたんだけど、ほんとに大変っぽくてね。でもみんなが清水さんの事をちょっとでも理解できたらきっとうまく行くと思う!」


 相川もまた俺のようにクラスへと呼びかける。

 最初はバラバラだった囁きも、少しずつまとまりを帯び始める。何せ教室と言うのは同調意識の集合体だ。一人が声を上げ誰かがその声に追従すれば、連鎖的にその輪は広がる。ましてや発生地がトップグループの二人となればなおさらだろう。


 人間というのは声のでかい人間に流されがちだ。そういう意味では意志薄弱なのは何も相川に限った話じゃない。席替えの時だってそうだったしな。この教室の多くは相川と同類だろう。なんなら意志の所在について多少なりとも悩んだ相川の方が少し優秀かもしれない。


「俺からも改めて頼みたい、透華の事を」


 駄目押しにもう一言加えると、ついに教室の一人が声を上げた。


「おう、清水さんも俺達のクラスメートだからな! まかせとけ」


 その声を皮切りに急速に教室の声は透華擁護という一つの方向へとまとまっていく。当然そこには宮内たちも入っている


「堀田お前って奴は……」


 実にいいねぇ。流石俺が見込んだだけの事あってなんの恥じらいも無く恥ずかしい事をやってのけてくれた。まぁ俺と相川が創り上げた空気の中じゃ、恥ずかしいどころか誇るべき行動と捉えられるかもしれないけど。


「みんなもありがとう! あと時間貰ってすまん! 俺は透華の様子を見てくるけどとりあえず心配しないで待っててくれ!」


 俺が呼びかければ、教室からは好意的な言葉をかけられるので喉から笑いがこみあげてくる。

 これにて計画完了。世界中のどこよりも易しい教室の完成だ。

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