第38話 水面下の攻防
「まー、そりゃ幼馴染だしそれなりには?」
「やっぱそうだよねー。清水さんって普段どんな感じなの?」
どんな感じってこれまた抽象的な……。普段の透華ねぇ。
パッと思いついたのは永人菌という未知の菌を欲する姿だがそれは違うな! もっとこうまともなのを探さないと。
「……まーなんつーかそうだな、透華って割と大人っぽい雰囲気人前では出してるじゃん? でも実際は割と子供っぽいとこもあるっていうか、天然ってわけもないんだけどちょっとずれてるというか。この前俺の家来た時とか、外からインターホン覗き込んでんの。それで何してんのか聞いたら、家の中の様子が見える気がしたとか言っててその時はちょっと笑ったよなー。頭は普通に良いんだから見えるわけ無いのくらい分かるはずなのにさ~」
語り終えると、宮内が目をパチパチ瞬かせる。
あ、やべぇ。話し過ぎたやつかこれ。いやでもどんな感じって対象広いし……。これくらいは言っとかないと質問の答えにならなさそうだし……。
俺がうじうじと心の中で指遊びしてると、幸いにも宮内は口を開いてくれる。
「へぇ~そうなんだ。けっこう以外かもー。ふーん。そっかぁ」
宮内は感慨深げに、また捉え方によってはどこか意味ありげに言葉を吐く。
「じゃあさ、守屋。清水さんに今度一緒にお昼ご飯食べないか誘ってみてよ」
「え」
透華を昼飯誘えだと? 一体どういう風の吹き回しだ。
「え、って何か問題あるわけ?」
「あーいや、問題はないけどなんでまた?」
とりあえず理由を問う事からだ。
「なんか話聞いてたら話してみたくなってさー。なんか面白そうじゃん?」
面白そう、か。別段その言葉に悪意は感じはない。むしろ好意すら宿っている気がする。悪意を持っていれば人の目は案外濁るもんだが、宮内にはそれが見受けられないのだ。
正直願っても無い提案だ。透華が宮内グループに入る、という事が成されれば透華もトップグルの一人となる。それだけで俺の懸念事項は全部解決したようなものだろう。
……だが、たぶん透華はこの誘いを断る。そうなれば宮内の誘いを透華が跳ねのけたという図式が成り立ち、透華に対する宮内の心証が悪くなってしまうに違いない。トップグルの心証はクラスの心証とニアリーイコールだ。そんな危ない橋を渡るわけにはいかない。故に先んじてはその橋を壊す必要がある。
「まぁ、確かにあいつは見てて飽きないかもしれないけど、正直冗談のセンスはあんまり無いよ? 人と話すのもそんな得意な方じゃ無いし」
「あー、まぁでも慣れたら行けるくない?」
「慣れればか……」
いやそれはお前ら陽キャ限定だから。我々陰キャはそもそも慣れる事が無いし馴れ合う事も(でき)ない人種だからな。
「いやさ、うちのグループって女子二人だけじゃん? むさいしもう一人くらい女子欲しいと思ってたんだよね~」
「あーね?」
なるほど、そういう理由もあるわけか。トップグルだし割とこういう比率でも普通かと思ったら宮内的には満足してなかったらしい。てっきりこいつは三星さえいればいいのかと思っていた。
「それに清水さんって頭もいいんでしょ? 勉強とかも教えてもらいたいんだよねー。ほら、うちのグループってそこまで勉強できなさそうだし」
勉強ができない、ねぇ。それお前が言うの? 一年の総週数把握してる上に生まれ年考慮しつつ計算して、アバウトとは言え答えを咄嗟に導いたような奴が言う言葉とは思えないな。
ただまぁ地頭が良くてもテストができない奴も一定数いるし、宮内もそういうタイプなのかもしれないが、テストについては俺の得意分野だ。これが透華を誘う理由の一つなら、まずはここから落としていこう。
「勉強とかなら俺教えれるけど」
「は? 守屋が? 現実逃避やめな?」
「いや辛辣だな⁉」
「だって守屋じゃん。絶対無理でしょ」
え、何。俺そこまで馬鹿だと思われてたの? まぁそりゃ頭はそこまで良い方じゃないと思ってるけど、あんまり馬鹿と思われるのも癪かな!
「いやいや、こう見えても意外とテストは悪くないからね? ちなみに宮内は入試の点数どれくらいよ?」
「まぁ五教科全部で一九八くらい?」
「なるほどなるほど……」
しれっと八割近くとってるんだなこの子……。意外とやりおる。若干誇らしげなのも納得だ。
「えーなんか反応ウザいんだけど~! そういう守屋は何点なわけ?」
「二二六?」
「は⁉ マジ⁉ 九割行ってるじゃん!」
「割とやってまっす」
得点開示はあくまで俺が勉強ができる事の証明に過ぎないので、リアクションはウッスウウッスと小さめに会釈する程度にとどめておく。
「マジで意外なんだけど……それ一桁間違えてない? 百の位とか」
「流石にそれはウチ受からないでしょ。なんなら開示した奴持ってきてもいいけど?」
「いやいい、なんか悔しいし」
そう言う宮内はそれなりに自分の点数に自信があったらしい。まぁうちの高校、内申オール4でも七割とれば入れるくらいのボーダーだしな。
まぁそれはさておき、まずは透華を誘う理由は一つ潰したな。後の大きな理由と言えば男女比くらいか。他にも面白そう、という理由は潰しきれてないが、男女比の問題を先に潰してしまえばなし崩し的にそちらの理由も潰せるだろう。
さっきは後手に回ったが今度は俺から行かせてもらう。
「あ、そうだ。昼飯一緒に食べるの目崎さんとかよくない?」
別に男女比を揃えるのに透華である必要は無いからな。
「は? どーいうこと?」
「さっき宮内女子欲しいって言ったじゃん? 俺としてもグループに花が増えるのは歓迎って言うか?」
できるだけ冗談めかして言い、内面を読まれないよう面の皮厚く取り繕う。
しかし宮内もある程度賢いだけあってか、言われるがままに意見を飲むことはしなかった。
「でも清水さんも花と言えば花じゃない? けっこう男子の間じゃ高嶺の花とか呼ばれてたりしないわけ?」
「それはどうだろうなー今のとこあんまり聞いた事ないけど」
まぁ心の中じゃそう思ってるやつも多いかもしれないが、俺の耳には入ってないんだから嘘は言ってない。
にしても宮内、どうにも目崎より透華の方がグループに入れたい気配があるな。まぁ外見とか雰囲気はトップグルにも十分釣り合うしな。宮内もそういう所を視野に入れているのだろう。
とは言え、目崎もそれなりにポテンシャルはある。透華を採用する理由はほぼ潰したし、あと少し詰めれば行けるはずだ。
「あーでも、目崎さんだったら万治とか割と気になってるのは聞いたよ?」
実際の発言を元に、目崎もまた花である事を暗に示す。
「あー万治ぃ? それ絶対胸しか見てない奴でしょ」
宮内はどこかうんざりしたような目で言う。
うーん、流石宮内。グループの女王なだけあって万治の事よく分かってやがる。実際俺にも胸の事強調してきたからな。ただまぁ、これくらいなら屁理屈でどうにでもなる。
「確かに胸が一番のポイントかもしれないけど、万治だろ? まさかメタボ女とか顔が……そうだな、個性的な奴とかが胸大きくても絶対見向きしないと思う。少なくとも可愛いってのがあるから気になる対象になってるんじゃない?」
「うーん、まー確かにね」
「でしょ? 俺絶対目崎さん誘った方がいいと思うんだけどなー。宮内も良い子って言ってたじゃん? 目崎さんなら割と見てて楽しいし」
言うと、流石に目崎を推し過ぎたか、宮内はほんの少し探るような視線をこちらに送り付けてきた。
だがそれも一秒続くか続かないくらいだった。
「あー分かった。守屋そういう事かー」
「なに、どういう事よ」
「いやあれでしょ、どうせお昼ご飯一緒に食べてあわよくば距離を詰めようとか考えてんだ」
宮内の言葉につい口元が緩む。そういやそういう事にしてたな。
「あ、バレた?」
あくまで守屋永人ではなく、トップグルの守屋として、その答えがさも正解であるかのように振舞う。
「マジ守屋やってんねー。確かに目崎さん良い子かもしれないけどさぁ」
「でしょ? だから目崎さん誘おうよ。頼む!」
立場は宮内の方が上という事を示すためにも、懇願の姿勢を見せる。そうする事で今後この件に関してはより宮内がマウントをとりやすくなるからだ。それは宮内に新しいおもちゃが増える事を意味する。トップグルは大抵自分の楽しさを優先する生き物だからな。ましてや恋愛関係のいじりは大好物だろう。目崎を採用するのは十分なメリットがあるはずだ。俺はそれを提示したまで。
宮内は少し考える素振りを見せるが、やがて一つ息を吐く。
「しゃーなし。守屋の為にも目崎さん誘うか」
「え、マジで⁉ よっし!」
喜んで見せると、宮内がニッと口角を上げる。
「やるからには頑張んな? 応援するからさ」
「うわー助かるわー」
などと言っておくが、俺はそれが応援という名の道楽である事を俺は知っている。
まったく、自分から持ち掛けた話とは言え、今後の仕事が増えると思うと先が思いやられるな。
でも透華の心証の行方と俺の成そうとしている事、この二つ達成するにはこうするのが最善だった。正直もう少し簡単に行くと思っていたのだが、宮内が存外に頭の回る奴だったからな。仕方ない。
多少代償は伴いつつも、成すべき事は成したので良しとしようとお冷に口をつけると、丁度目崎が帰って来た。
「おっ待たせ~」
いやなんで俺らが君を待ってると思った? まぁ俺は待ってたんだけどね。さて、最後の締めと行こう。
「あ、目崎さん。さっき宮内と話してたんだけどさ、月曜一緒に昼飯食べない?」
「お昼ご飯? なんで?」
目崎とは言え、それくらいは聞いてくるとは思っていた。まぁ仮にあやふやに返事しても目崎なら応じそうな気もするが、ここはひとつ入店時に見つけた確実な方法をとる。
「いやさ、ここクッキーも売ってたじゃん? 買って帰って昼飯の時みんなで食べようと思っててさ。目崎さんも一緒に食べたくないかなって」
尋ねると、目崎は一も二も無く答えた。
「え、食べる! ちょー楽しみ!」
「じゃあ決まり」
まったく、つくづく単純な奴で良かったと思うね。
横でふーんやるじゃんとばかりの視線を王子様ならぬ王女様が向けてくるが、丁度ケーキがやってきたので宮内の意識はそちらへと向く。それは目崎も同様だ。
「わ~きた~」
「お、来たか」
俺もまた適当な反応をしつつ、二人の目を盗みスマホを取り出しメッセージを打つ。
安全策をとって透華のトップグル入りの話を握り潰したはいいが、正直透華が応じる可能性はゼロではない。今ならまだ引き返す事は可能なため、確認はしておく。
『なあ、月曜俺らと一緒に昼飯食べないか? 今日宮内と偶然会ってお前の話になったんだけど、宮内がちょっと話してみたくなったらしくてな』
こんなもんかとメッセージを送ると、すぐさま返信が来た。
『嫌よ』
短くもシンプルな即答だ。やっぱそうなるよな……。
『了解』とだけ打つと、携帯の画面を落とし俺もまた甘そうなケーキへと意識を向けた。
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