第37話 意外な事の一つや二つ

 なんだかんだ三十分は軽く待たされたが、ようやく店内に入る事が出来た。

ガラス張りの壁からは光が差し込み、立ち並ぶ木の机や椅子を光のカーテンが照らしている。植物が壁に立てかけられたり、頭上には木のプロペラが回っていたり雰囲気はなかなか良い。


 とりあえずこれで目崎の腹が満たせるので一安心だ。いやまぁ安心も何も思ってるような不安要素なんていあるわけないんだけどね? まぁ念には念をと言う事で。


「へぇ~、やっぱユリイカが推してただけあるわ~」


 確かここを紹介したモデルがユリイカって名前だったか。どうやら宮内も例に漏れずミーハーなイマドキ女子らしい。


「ふーん、クッキーとかも売ってんだ」


 俺も適当な感想を口にしつつ相槌を打っておく。

 店の様子を眺めつつカウンターまで歩くと、先に商品を頼むスタイルらしく、店員にオーダーを聞かれた。


 オーダーが通れば、三人掛けの丸テーブルへと案内される。

 立ちっぱなしの中、ようやく腰を落ち着けられる場所にやってくることができた。


 とは言え、のんびりくつろいでいるわけにもいかない。俺には目崎を宮内グループに勧誘するという使命がある。


 グループが形成されるにあたって、一番多い方法はやはり飯を共にする事だろう。同じ釜の飯を食うという言葉があるように、食事には人間同士の距離を縮める効果があると思われる。


 なので、とりあえず昼休みに目崎がうちのグループで昼食を食べるように仕向けたい。俺の見込みでは、それさえ達成すればなし崩し的に目崎は宮内グループの一員になれる。


「いやぁ~なんか緊張するわー。俺こういうとこ初めて来るんだよねー」


 何をするにしても会話が無い事には始まらないので、適当な事を言ってみる。


「なに、守屋あんまケーキ屋とか行った事ないの?」

「そうなんだよ。ケーキは好きなんだけどさ」

「へぇ、守屋君初めてなんだ~。愛はね、ケーキ屋さんは千回くらい来てるよ」


 いや嘘つくなよ。


「千⁉ 目崎さんすげー!」

「ふっふーん」


 得意げにやかましい胸を張る目崎だが、そこへ宮内が笑いを携えて口を挟む。


「いやいや千って目崎さん、それ生まれてから週一で通っても達成できないから」

「え⁉ そうなの⁉」

「まー行っても九百には届かないくらい? 八百八十とかそこらへん」

「ガーン。じゃあ愛千回も行ってなかったんだ……」


 割と真面目に千回行ってると思い込んでいたのか、想像以上に肩を落とす目崎。ただそれよりも想像を上回ったのが宮内だ。トップグルの女王なんて大抵ちゃらんぽらんばかりかと思っていたんだが。


「でも目崎さんがけっこうケーキ屋行ってる事には変わりないよな。美味しいとことかけっこう知ってそう。お勧めのケーキ屋とかあるの?」

「えっとねー、ケーキは全部美味しいから全部お勧め~」

「ああ、全部。全部か……こりゃケーキ屋の知識じゃ目崎さんに敵う奴はいないな!」

「ふっふーん」


 ぶっちゃけ馬鹿にしたのだが、目崎は露ほども気にしていないようだ。それどころか満足げに笑みを湛える。


「守屋君、愛の事、これからケーキ博士って読んでくれてもいいんだからね」

「お、良いね。ケーキ博士なんて目崎さんくらいしか名乗れない偉大な肩書きじゃん」


 調子に乗って来たので、俺も調子に乗って馬鹿にしてみると、目崎の反対側から空気の漏れた様な音が聞こえてくる。


「ふふっ」


 何事かと見てみると、宮内が口元に手を当て心なしか顔を背けていた。


「ハッ……」


 宮内に話でも振ってみようと考えていると、今度は目崎の方から空気の漏れた音がする。


「どうしたの目崎さん」


 聞くと、目崎が突然立ち上がる。


「愛、トイレ行きたいの忘れてた!」

「ちょっと目崎さん声でか! もうちょい抑えな⁉」


 宮内に指摘され、流石の目崎も羞恥を覚えたのか口におててを当てて頬を若干染める。

 こいつも一応女だったか……と意外に思いつつも、トイレへそそくさと行く際揺れる何かしらを見て、名ともに女だったことを思い出す。

 たぶん衝動的に動いちゃう子なんだろうなー。実に色々な所で。


「いやぁでも守屋意外ととけっこう言うよね~まじウケるし」


 おっと、流石に胸の感想を抱きすぎたか。胸なんか脂肪保管庫以外の何者でもないと思ってるけど、目に入るとやっぱり見ちゃう。だって男の子だもん。


「目崎さんも目崎さんでチクチクされてんの全然気づいてない辺りマジ良い子過ぎて余計ウケたんだけど」


 あーそっちね。真面目にそっちで良かった。宮内は俺の言葉の意味を正しく捉えていたらしい。


「ほんとそれ。俺も自分で言ってて若干罪悪感覚えたレベル」


 それは割と本音だ。だってあんまチクチクしてたら水城みたいじゃん……。流石の俺でも人間の中でトップレベルに嫌いな人種とはできるだけ共通点を持ちたくない。既に手遅れな気もするが。


「まぁでも目崎さんじゃ無かったらもうちょい言ってみても良いんじゃない? 割と面白かったし」

「マジ? 俺の芸風にしちゃう?」


 性格の良い優男にはぴったりな提案だな! HAHAHA☆ ……ざっとこんな感じか。シンプルにウゼぇ。


 そんな俺の芸風なんかどうでもいい。それよりもさっきの宮内の言葉だ。確かこの子目崎の事マジ良い子って言ったよな? その是非はともかく、もしそうなら良い波が来てるな。この波に乗じて目崎を推薦するのもアリかもしれない。


「そういえば守屋」


 俺が話を持ち掛けようと口を動かそうとした矢先、宮内に名前を呼ばれる。

できれば一気にけしかけたかったが、流石に話を遮るわけにはいかない。


「ん、なんだ」


 話の続きを促すと、宮内が俺の方をまっすぐ見てくる。


「いやさ、守屋って目崎さん狙ってるって言うけど清水さんとも仲良いんでしょ?」


 ……ふむ、まさかまたその名前を聞くとは。


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