第36話 偶然は時に怖いくらいに忍び寄ってくる

 人生はかくも偶然に支配されているのだろうか。でも考えてみれば確かに俺が産まれたのだって偶然であり、俺が動いている原因そのものが偶然なのだから偶然に支配されていると言っても過言では無いのかもしれない。


 とは言え、あまり偶然に支配され過ぎるのは考えものだ。しかし支配されている以上、支配されている側は偶然に振り回され続けなければならない。いわば偶然とは避けては通れない人類共通のルートなのだ。なるほど分からん。


 などと哲学にもならないような支離滅裂な思考が展開されているのには理由がある。


 まぁ一応、宮内と同じ電車というハプニングはありつつも、目的のケーキ屋には無事到着した。案の定、行列だったのでその列に加わったのはいいが、そこには俺と目崎以外の想定外の人物も混ざっていた。


 カラーサングラスだかなんだか知らないが趣味の悪い色眼鏡をキャップの上に置き、ごわついた服の上に申し訳程度の上着を羽織り、その下は帯の無い武闘家のような装い。俺の方の色眼鏡を外し端的に表すと、ファッション誌とかに出てきそうな女王宮内の姿がそこにはある。


 電車の中、どこ行くの~と当然の如く話題になり、行き先が同じと判明してなりゆきで一緒に行こうという事になってしまったのだ。


「いや~でもマジ行き先も被ってるとかやばくない?」

「ほんとやばーい! でも人多い方が楽しいしラッキーだよね!」


 宮内の言葉に目崎が肯定する。


「ラッキーだってさ守屋」

「がくっ……」


 などとにやけ面で茶化してくる宮内に肩を落としてみるが、当然露ほどもダメージは受けていない。強いて言うなら、宮内にも俺の本心が悟られぬようさらに顔面の皮を厚くする必要が出てきたのが面倒なくらいだ。


 というかむしろ、今となってはそれ以上にメリットも感じている。俺が神経をすり減らす必要がある事をだけを鑑みれば、この状況は災難以外の何者でもない。だが、俺が成そうとしている事を鑑みれば、むしろこの状況は僥倖。たなぼただ。


 何せ俺は計画の遂行、ひいては水城との仲を引き裂くため、目崎を透華グループから宮内グループに引き抜こうと考えているからだ。


 当初は相川と目崎に仲良くなってもらい同調圧力を以て宮内グループに目崎を組み込もうと考えていたが、生憎相川は弓道部でこれなかった。故に俺はメリットが激薄と嘆いていたのだが、宮内が一緒になるなら話は変わって来る。


 宮内と目崎に距離を詰めてもらえれば、より円滑なヘッドハンティングを可能とさせるに違いない。それも今日中にできれば尚良いがさて。


「いつまでしょげてんだよ守屋!」


 俺が色々とたくらんでいると、突如背中に衝撃が走る。どうやら宮内が叩いて来たらしい。やめろ半身不随になったらどうしてくれんだよ。


「どうしたの守屋君、元気ないの? ダイジョブ⁉」

「へーきへーき! 全然余裕!」


 腕をまくり、守屋君にまっかせなさーい! とばかりにテン上げで元気アピールしておく。


「てか守屋、割と腕の筋肉あるくない?」


 無理して陽キャのフリをしていると、不意に宮内がそんな事を言いだす。

 まぁ確かに剣道やってたし、腕に関してはほんのちょっと人より筋肉はあるかもしれないが別にゴリゴリってわけではない。


 とは言えせっかく言ってくれたのだから図に乗るのが正解かなと口を開きかけると、腕に暖かな何かが触った。


「お~ほんとだ硬い!」


 見てみれば、許可してないのに目崎が俺の二の腕に触れて来ていた。存外軟らかな掌の感触がむずがゆいので、帰ったらムヒを買う事にする。


「えーマジー? あたしも触りた~い」

「別に大したことないと思うぞ」


 遠回しに触るなと伝えたつもりだったが、当然宮内の耳には届かず、軟らかな掌の感触がもう一個増える結果となった。


「うわやば、けっこうあんじゃん!」

「そっかなー? まぁ剣道やってたからかな?」

「あーね? そういえば自己紹介でも剣道やってたって言ってたねー」


 一応自己紹介覚えててくれてたのね。多少奇をてらったかいはあったな。


「うーん……」


 興味ありげに俺の腕を触る目崎と宮内だったが、そのうち目崎が何やら唸りだす。


「でも美味しくはなさそうだねぇ」


 目崎の言葉に、宮内がぎょっとしたような眼差しを向ける。

 かく言う俺もびびった。何この子怖い怖い。いくら食いしん坊キャラだからってお前、人間を……。


「もしかして……」


 俺が戦慄する中、宮内が何か言おうとする。

 や、やめろ! これたぶん指摘しちゃだめなやつだから。言ったとたん学園モノがパニックホラーになっちゃうから!


「目崎さんってゴリゴリ派?」


 ゴリゴリ……そうか、そういう事か! なんだ、それならまだ人間の範疇じゃないか。ゴリマッチョいいよね。ゴリマッチョなら抱いてやってもいいよな。うんうん。俺はごめんだが。


「ゴリゴリ?」


 そのまま頷いてくれればいいものを、目崎は宮内の言葉の意味を咀嚼しきれてない様子。

 しかしやがて合点が行ったのか、目崎はぱっと顔を明るくする。


「愛はね、どっちかっていうとガリガリ君の方が好き~」

「えーマジ? 目崎さんそっち系? あたしガリガリは無理かなぁ」

「え~ガリガリ君良いのに~」

「えー、なんか弱そうでやだー」

「でも食べてみたらけっこう歯ごたえあるよー?」

「そ、そうなんだ……」


 にこにこ語る目崎に宮内が引き吊った笑みを浮かべる。

 違うぞ宮内、たぶんこれ氷菓子の方だぞ。流石にこのままだと目崎の評価が地に落ちかねないから訂正しておいてやるか。


「宮内、たぶんこれアイスの方の話だと思う」

「あ、そういう?」

「ガリガリ君美味しいのになぁ。愛はナポリタン味が一番好きだよ~」


 ナポリタンってマジで言ってんのかこいつ……。

 別の意味でドン引きだが、宮内もこの発言でようやく自分が誤解していた事に気付いたらしい。


「あーね? もうマジびっくりした~目崎さん超ウケる~」

「?」


 目崎は首を傾げるが、とりあえず変な誤解は解けたみたいだな。

 宮内グループに引き抜くためにも、宮内の中での目崎株は上げておかないといけない。


 一難去って安堵の息を吐くが、ふと何故こんな話になったのかという疑問が頭をよぎる。


 確か……ハハ。なんかたわいのない話でこうなったんだっけな。確かそうだ。そうに違いない。絶対そうだ。目崎は俺を食ったりなんかしないに決まってる。

 俺が心を落ち着けていると、ふと目崎のお腹の辺りからきゅーと音が鳴った。


「う~お腹空いたね、守屋君」

「え、あ、おおおおう! そそ、そうだな! ハハ」


 だ、大丈夫だ。安心しろ俺。目崎が俺の名前を言ったのは偶然だ。食べたいからじゃない。何故なら俺の肉はそれなりに硬いらしいからな!

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