第35話 ハプニングと待ち合わせ

 ……肉食系主人公とはまた大層な作品だなこれは。

 駅構内。約束の時間まで目崎を待つ傍ら、久留美に言われていたラノベを読んで頭痛がした。


 いや、作品自体は悪くないんだけどね。むしろこんなキャラをよく嫌味なく描けるなと感心すらする。話もドタバタラブコメの皮を被りつつ割と作り込まれている辺り俺好みだ。


 ただなんというか、主人公がヒロインの好意を察知して壁ドンばりの強引さで迫るシーンが、どうにも既視感を覚えてしまってもうなんか穴に籠りたくなった。


 いやだってこれ俺やったもん相川に……。勿論そんなつもりは無かったよ? でももし、相川が俺の言葉を強引に迫って来る感じで捉えていたなら、俺に好意を伝えてきた事との整合性が取れる。


 おかげで意志について相川に吹き込む必要は無くなったものの、多大なる犠牲を払う結果になった。主に草食系男子と名高い俺の誇りという犠牲を。


 休みの朝からとんだサプライズだと既に約束の時間より三十分過ぎている時計を睨み付ける。

 『ちょっと遅れそう、ぴえん(泣絵文字)』などという舐め腐った文章だけは送られてきたものの、それ以降一切連絡は無し。


 しかもちょっとどころの話じゃないので尚更たちが悪い。

 もう目崎とかどうでもいいから帰ってゲームしようかと本気で考え始めた頃、北出口からようやくそれらしき人影がテクテク歩いてくるのが見える。


「ごめ~ん守屋君! 遅くなっちゃった!」


 遅くなっちゃった☆ じゃねえよ。よくもまぁ息の一つもあげずに俺の前に姿を現したなこのツインテ。


「おう、全然いいって! 本読めるくらいの時間できたし?」

「そっかぁ~、それなら良かった良かった」


 いや良くねえよ。言外に責めたのわからない?


「でも本って頭いい~。なんの本読んでたの?」

「えっとね、走れメロス」

「あ~それ愛も知ってる~! 中学の時やった!」


 にも拘らず遅刻しない大切さ分からなかったかー。こりゃ義務教育の敗北だね☆


「お、よく覚えてるな。俺とか中学の時の授業とか全然よ? 目崎さんの方が頭よくない?」


 褒めて貰ったものを義務的に返したまでだが、目崎はしたり顔で主張の激しい胸を張る。


「ふふーん、こう見えて愛、国語は赤点取った事ないんだからっ」

「すげ~!」


 何が凄いってぶかぶかなセーターみたいなワンピース着てるくせに、はっきりとお山さんを確認できるあたりとかね。


 しかしこうしてみると、制服以外の姿ってのは新鮮ではあるな。ただ、ベレー帽みたいな帽子はトレードマークのツインテが見えにくいからやめてもらいたい。一瞬誰かと思っちゃったよね。


 こいつの私服姿なんて二度とごめんだと目が死んでいきそうなのを抑えていると、ふとその後ろになんかカリスマギャルモデルみたいな目立つ女が目に入った。


 おかげで目崎から意識が後方へと向かう。

 こ、これがミスディレクションか! などとびっくりしていると、少し動いた目崎の山に視界を遮られた。目崎、お前は影にはなれない……。


「え、嘘、もしかして守屋?」


 俺がしようもない事を考えていると、目崎の後ろから声がかかる。


「と、目崎さん⁉ うっそ⁉」


 声の主は野を越え(目崎の)山こえ(目崎の)谷こえて俺たちの見える位置までやってくる。


「あれ~、もしかして宮内さん⁉」


 目崎が素っ頓狂な声を上げるが、いちいちリアクションと胸のでかい娘だ。などと言いつつ俺も内心は阿鼻叫喚だが。


「え、まじ? ちょっと待ってまじ? ちょっと守屋!」


 何やら興奮気味の宮内が手をこまねいてくる。なんて面倒な……。目崎もいるのにさらに神経をすり減らさないといけないじゃないか。

 兎にも角にも女王が直々に呼んでくれているのに参上しないわけにはいかない。目崎に一言断りを入れつつ、宮内の元へ。


「ちょっとちょっと、もしかしてなに、付き合ってんの⁉」


 開口一番これだ。


「いやいやいや流石にそれはないないない!」


 むすっと否定したら気分悪くさせてしまいそうなので、テン上げを心がけ否定しておく。


「じゃあ何? 狙ってんの?」

「いやそういうわけでもないんだけどさ……」

「だったらどういうわけ?」


 俺が困っている事などお構いなしに宮内は追及の姿勢を見せる。

 まったく、この子も大概脳内お花畑だな。


「まぁ軽い感じで遊ぼっか的な話になってさ、ほら、文実一緒になったじゃん?」

「軽い感じ、ねぇ」


 トップグルならこれくらい普通普通的なノリで答えるが、宮内は納得いってないご様子。


 くっそ、どうせ色恋沙汰を期待しているんだろうが、俺と目崎の間に恋なんて言葉は微塵たりとも無い。にも拘らずそれをちらつかせるのは正直あまり気は進まないが……かと言ってそれ以外に宮内を喜ばす事ができそうな答えが思いつかないのも事実。

 はぁ、結局俺はこういうやり方しかできないのか。


「さーせん、実はワンチャンとか思ってました」


 これで満足かとおどけて見せるが、存外宮内の反応は薄かった。


「えーまじー? やっぱそうなわけ? ちょっと意外かもー」

「まじ?」


 予想と違った反応だったので、ついついオウム返しみたいな返事をしてしまった。

だが、律儀にも宮内は答えてくれる。


「いやさ、守屋は清水さんかなって思ってた」


 宮内の口から出た名前が、喉に引っかかった小骨のような痒さと共に頭に入って来る。


 ほお……ここであいつの名前が出てきますか。まぁそうか。何せ幼馴染だもんな。宮内の言動に不自然なところは無い。世間が幼馴染と聞いたらそっちの話と連動させるのは散々体験してきた。

 むしろ不自然なのは俺の方だ。


「ねーまだぁ?」


 あまりすぐれない気分をさらに悪化させるような声が後ろから届く。こいつほんとなんなの。宮内と話してまだ数分も経ってないと思うんだけど忍耐力無さ過ぎじゃないですかね? 宮内とかこいつマジで言ってる? みたいな顔してて草も生えない。なんなら困る。


「あ、いっけね。電車もうすぐだったな目崎さん!」


 目崎の印象が悪くなってはいけないのでフォローを入れる。


「え、そうな……」

「いや~気付いてなかったわあぶねー!」


 目崎が余計な事を言いそうだったのですかさず遮る。

 ほんとこいつ自分の事しか考えてねぇな。

 よっぽど目崎に非難でも浴びせてやろうかと考えていると、宮内が発車時刻の電光掲示板へ目を向ける。


「って、あたしもじゃん! あぶなっ!」 


 おい待て? 一応一通り時刻表には目を通したが、この時間でもうすぐって一本しかなくね? いやまぁ電車なんて一時間に何本もあるし、そうとは限らないがこの焦りっぷりだしな。

 嫌な予感が頭をよぎると、時刻から視線を外した宮内と目が合う。


「もしかして守屋もこの電車?」


 宮内が示した先には同じ行き先がある。


「あー、宮内も?」

「え、ほんと⁉ すっご~い!」


 突如降りかかった災難に辟易する俺の傍ら、目崎は珍しいものを見た子供のようにはしゃいでいた。

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